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ヘルサル最後の挨拶は獅子亭で

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「はぁ……なんというか強烈な人でした。人物としては侯爵様から聞いておりましたが、会ったのは初めてですし」
「ははは、この大きなヘルサルという街で代官をしているから、仕事ができる人なのは間違いないんでしょうけどね……」

 建物を出て、つい先ほどの出来事を思い出して息を吐くアマリーラさんに、苦笑をする俺。
 庁舎に到着後、どこをどうしたのか俺が来たことがクラウスさんに伝わり、建物内を全速力で駆けてきたクラウスさん。
 俺が王都に戻ると、寂しくなるとシュットラウルさんと同じような事を言いながら、男泣きを始めたのでちょっと困ってしまった……あと、周囲の目が痛かった。
 まぁ、ほとんどの人がクラウスさんがこうなると、予想していたみたいだけど。

 後から来たトニさんも溜め息を吐いていたし。
 ともあれそんなこんなで、一応クラウスさんには王都に戻る挨拶はできた。
 ずっと泣いていたし、俺に付いてくると言いかねない雰囲気……というか、実際に姉さんというか女王陛下にも会うため、俺に付いていくにはどうのこうのと、ブツブツ呟いていた。
 ともあれ最後には、トニさんにその考えを断ち切られたうえで引きずられて行って、終了だ。

「でもぉ、アマリーラさんもリク様を相手にするとあんな感じですよぉ? むしろ、実力行使という部分ではアマリーラさんの方がひどいかもぉ?」
「そ、そんはずはないだろう! あれは、自分のためにリク様とと考えている様子だった。私はリク様の事を第一に考えてだな……決して、決して同じではないはずだ!」
「んー、知らぬは本人ばかりなり、ですかねぇ。こういうのは自覚ってなかなかできないものなのかもぉ?」

 なんて、リネルトさんの指摘にアマリーラさんが焦って否定するのを、モニカさんと笑いながら眺めつつ、今度は獅子亭へと向かった。
 マックスさんやマリーさん、それに獅子亭で働く人達とも挨拶しておかないとね。
 お昼も結構過ぎていて、頭の上でエルサが無言の抗議とばかりに、俺の額をペシペシ前足で叩いているから、食事もしないといけないし。


「……というわけで、王都に戻る前に挨拶に来ました。多分明日も来るので、食べ収めではないですが料理も食べておきたいですからね」
「早く用意するのだわー」
「こらエルサ、食べ物をお願いするのにそんな偉そうに言うもんじゃないよ」
「はっはっは、何がというわけでかはわからんが、エルサは相変わらずのようだな。待ってろ、すぐに美味いものを用意してやる」

 獅子亭はお昼の営業を終えて、夕方に向けての準備中だったけど、エルサの偉そうな物言いも笑い飛ばして、すぐにマックスさんが準備に入ってくれる。
 ちなみにそのあとすぐ「父さんが相手だからあれでもいいけど、ちゃんと素直になりなさいって言ったでしょ?」と、モニカさんがエルサに対してボソッと言っていた。
 「わ、わかったのだわ」とエルサが言いながら体を震わせるのが、頭に伝わってきたけど……モニカさん、マリーさんの血を受け継いでいるだけはある、なんて言葉が浮かんだのはどうしてだろう?
 あんまり、深く考えない方が良いのかもしれない。

「それにしても、リクやモニカ達がいなくなるのは寂しいわねぇ。わかっていた事だけど……それだけ、この辺りの問題も片付いたって事だから、喜ぶべきなんだろうけど」

 マックスさんが厨房に向かって代わりに、マリーさんが俺達の所にきた。
 笑っているけど、確かにちょっと寂しそうな雰囲気を感じる。
 俺だけでなく、娘のモニカさんとも離れるわけだから、それも当然か。

「俺も、マリーさんやマックスさんと離れるのは、寂しく感じますよ。いっぱいお世話になりましたし、本当にありがとうございました。……そう言いつつ、明日もまた来ると思いますけど」
「はは! リクも少しはしたたかになったのかしらね。最初はもっと遠慮していたと思うけど。あの頃なら、私達が来なさいと言わないと、迷惑が……とか言ってそうだわ」
「ま、まぁ確かに……」

 この世界に来てすぐの頃だったら、別に心を閉ざしているというわけではないけど、遠慮する事が多かったからね。
 今も全く遠慮しないというわけじゃないけど、こういう時くらいは甘えてもいいだろう。
 というかその方が、マックスさんやマリーさんが喜んでくれるって、わかって来たから。

「料理に関しては、あの人が喜んで腕を振るうと思うけど……そうさね、リク達はあっちと話した方がいいいんじゃないかい?」
「え?」
「さっきから、ジーッとこっちを見ているわね……何をしているのかしら。はぁ」

 マリーさんの示した方、溜め息を吐きながらモニカさんが視線をやった先には、ルギネさんがこちらを窺うように見ていた。
 何故か、テーブルに体を隠すようにしながら。
 隠れなくてもいいと思うんだけど……隠れられていないし、アンリさんやグリンデさん、ミームさんも揃って後ろにいるから、むしろ目立っている。

「話はある程度聞いているよ。まぁ人手が少なくなるのはうちとしちゃ困るけど、ここでずっとってわけにもいかないからね。ほら、話して来な」
「は、はい……」
「もう母さんったら、強引なんだから……」

 俺とモニカさんの背中を叩いて、ルギネさん達の方に押し出すマリーさん。
 話を聞いているというのは、クランに関する事などだろう……アンリさん達の過去に関してまではわからないけど、クランに入るというか俺が誘っているっていうのは聞いているってところかな。
 とりあえず、あれからちゃんとルギネさん達と話していないし、いい機会だからマリーさんの言う通り話をしておいた方がいいか。
 まぁ王都に戻る前に一度話しておこうとは考えていたからね。

「ジュル……」
「アマリーラさん、鼻がヒクヒクしていますよぉ? まぁ、気持ちはわかりますけどぉ。あと、涎も……」
「し、仕方ないだろう! こんなに美味しそうな匂いをさせられたら! いや、美味しいのは既にわかっている事なのだからな!」

 などと、厨房の方に興味津々で尻尾や耳を揺らしているアマリーラさん達は置いておいて、とりあえずルギネさん達の所へ。

「え、えーっと。ルギネさん?」
「あ、あぁ、リクか……」

 今気づいた、と言う風に隠れるのを止めて俺の前に立つルギネさん。
 全然隠れられていなかったし、こちらをずっと見ていたのは気付いていた、というのは言わない方が良いだろうか。

「クランの事ですけど……さっき冒険者ギルドに行って確認してきました」
「直接はまだ伝えていなかったな。その、アンリやグリンデ、ミームとも話して決めたんだが、リクの誘いに乗って、クランに入らせてもらう事に決まったんだ」
「そうみたいですね。うん、ありがとうございます」
「いや……礼を言うのはこちらの方だ。それと、今まで伝えられずにすまない」

 そう言って、頭を下げるルギネさん。
 続いて、後ろにいるアンリさん達も一斉に頭を下げた。
 グリンデさんが俺に頭を下げる、と言うのは少し驚いたけど……ルギネさん達に何か言われたのか、それともアンリさんと一緒に事情を聞いた時の事があったからか。
 ともかく、リリーフラワー全員の意思としてクランに参加すると固まったみたいだね――。


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