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訓練後の疲れ
しおりを挟む「ぜぇっ! はぁ……! んぐ……ぜぇっ! はぁ……!」
訓練後、床に座り込みながら流れる汗を拭い、激しい呼吸を続ける。
ひたすら木剣を振り続け、エアラハールさんに叱咤されながら集中して動いていたため、全身を心地良い疲れが覆っているようだ。
……うん、心地良いってのは言い過ぎたかな、かなり辛い。
「ふむ、まだ少し余裕があるようじゃの? もっと追い込むべきじゃったか?」
「はぁ、ふぅ……! そ、それはさすがに……ちょっと……ぜぇ、はぁ……話すのも辛い……ですから……!」
俺の様子を見てか、そう呟いたエアラハールさんに呼吸を整えながら、必死に抗議する。
さすがにこれ以上は、動けなくなるどころか酸欠やら何やらで倒れてしまいそうだ……。
エアラハールさんからの指示で連続した動きをする際には、ほとんど無呼吸状態が続いたりもしたかあらなぁ。
こんなに疲れて、汗だくになったのはこの世界に来て初めて……じゃなかったか。
つい昨日、結界を作ろうとして無理をしたせいで、似たような状態になってた。
まぁ、訓練でなるのと、無理して魔法を使おうとしてなるのとで、どちらがいいかと聞かれれば前者なんだけど。
訓練の場合は、体を動かす爽快感みたいなのが微かにでもあるからマシだけど、昨日のは全身の気怠さだけでなく気持ち悪さみたいなものもあって、全然爽快感とかなかったからね。
体を動かしたわけではないのに、全身運動を続けた辛さがいきなり襲ってくるなんて、できるだけ味わいたくない。
「まぁ最初じゃからの。段々と体も慣れて来るじゃろうし、徐々にってところじゃ」
「はぁ、はぁ……んぐ……まだ、これ以上があるんですか?」
「当然じゃろ? 今回はリク一人じゃったし、もっと制限をするか、逆にもっと全力で動き続けるか……いや、リクが全力で動くとワシが危険じゃの」
「はぁ……ふぅ……そ、そうですか……はぁ」
エアラハールさんの言葉に、息を整えるためなのか溜め息なのか、自分でもよくわからない息が漏れるのを自覚する。
今回はまだ序の口って事なんだろうけど、今は疲れや酸素が頭に十分に回っていないせいで、深く考えられない。
むしろ、言葉の意味を深く考えられない今の方が、いいような気もするけど。
「ともあれ、厳しくするばかりではあれじゃの。一応、瞬間的な激しさはともかく、ここまで長く続けられるのはリクくらいの者じゃ。体力という意味では、異常とも言えるじゃろうが……よく続けたの」
「それは……はぁ、ふぅ。褒めている……んですか……?」
少しずつ、息が整うのを感じつつそっぽを向いているエアラハールさんに聞く。
異常とか言われているし、自分でも自覚しているとはいえ誉め言葉なのかどうか、判断に困る。
「ま、まぁそのようなものじゃの」
訓練中は当然ながら、厳しい事ばかり言われたけどそれだけじゃなくて、ちゃんと認めて褒めてくれるって事だろう。
正直、褒められた期はあまりしないけど……でも、訓練について行けた事を含めて、嬉しい気持ちもある。
「……あそこまで続けるつもりはなかったんじゃが、リクの体力が尋常じゃないせいで、ついつい長くやってしもうたわい。そこらの人間、それこそヴェンツェルやマックスあたりでも、半分も保たなかったじゃろうのう」
「ふぅ……ん、なんですか? はぁ、ふぅ……エアラハールさん?」
「なんでもないわい」
相変わらずそっぽを向いたまま、ぼそぼそと呟くエアラハールさん。
よく聞こえなかったので尋ねてみると、さらに体も俺から背けられた。
なんだったんだろう?
「お疲れ様、リクさん」
「あぁ、モニカさんこそお疲れ様。ふぅ……」
そんなやり取りをしつつ、疲れはまだあるけど大分息が整った頃に、別で訓練していたモニカさんから声を掛けられた。
よそ見などを注意されてから、自分の訓練に集中していたから気付かなかったけど、モニカさん達の方は先に訓練を終えていたみたいだ。
訓練場の隅で、ソフィーやリネルトさん達が車座に座って、何やら話しているのも見える。
声をかけてきたモニカさんは若干疲れた様子はあるものの、汗も引いているようなので訓練を終えてから少し経っているのが窺えた。
「それにしても、すさまじい訓練だったわね。結構離れていたのに、こちらにまで風が届いていたわ」
「え、そう……?」
風なんてわざわざ発生させてはいないけど、動きの中で剣を振るったりなんだりで空気が動き、風のようになってモニカさん達の方に届いたって事だろう。
モニカさん達が訓練していた場所、ここから二十メートルくらいは離れているけど……だから、ユノやロジーナが叫ぶ声とか木剣を打ち合う音くらいは聞こえても、モニカさん達の声とかはほぼ聞こえなかったし。
「えぇ。ある意味、それでこちらも集中を乱さないような訓練にもなったかもしれないわ。終わってからリクさんの方を見てみると、剣の動きとか目を凝らしてようやく見える程だったもの」
「自分ではそんな感じはしなかったけど、離れて見たらそんなだったんだ……」
俺が動かしているんだから、自分で県の動きがわからないとか見えないなんて事は当然ないんだけど、モニカさん達からすると、目で追うのがやっとくらいの動きだったのか。
そんな激しい動きを数時間くらいずっと続けていたら、息も切れるし汗も出て、疲れるのも当然だよね……。
「リクは、二本の剣だとかでおかしな癖が付きかけていたからの。それを矯正させるために体に叩き込む必要がある。あぁいった事は、まず基礎を固めてからじゃ」
「あー……はい、すみません」
体を背けていたエアラハールさんがこちらに向き直り、鼻を鳴らしているのを見て、改めて謝る。
実は訓練前に、剣と鞘を持ったにわか二刀流をエアラハールさんに見せたんだけど、こっぴどく叱られた。
鞘はそれに見立てた木剣ではあったけど……自分ではある程度様になっているし、少し戦いやすい気もするスタイルだったんだけど……。
「そのせいで元々無駄な動きが多かったのが、さらに多くなっておった。二つの武器を同時に扱うなら流れるような動作で同時に、または連続で繰り出さねばならんのが基本じゃが、リクの動きには迷いがあったからの」
「そう言われると迷いというか、どう動けばいいのかというのを常に考えながらでした」
「動く際に考える事は悪いとは言わん。じゃが、本来一つの武器を扱うために考えるのを二つじゃ。考える前に体が動くくらいでないと、まず思考が追い付かんじゃろ」
「確かに、そうですね……」
格好いいから、という理由で始めたにわか二刀流だけど……エアラハールさんが指摘された通り、常に迷いみたいなのはあった。
選択肢が多くなったから、というのは以前にも考えたけど、だからこそどちらをどう動かすか、という思考で反応が鈍っていたのかもしれない。
まず考えて、こうしてこう……みたいな感覚がずっと付きまとっていたからね、それが上手くいくときもあれば、上手くいかない事も当然あった。
エアラハールさんが言うには、最低でもまず考えずに体が動かせるようになってから、ってところか――。
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