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ゲオル……ララさんの威圧

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「ふしゃー! ふしゅー!」

 まだ興奮している様子のアマリーラさん、ここに来るまでの一応理性的な様子は見られず、猫科の本王が剥き出しになっているような感じだ。
 ララさんが悪い事をしたわけじゃないのになぁ……。
 とりあえず、落ち着いてもらわないと話もできない。
 アマリーラさんを連れて来るべきじゃなかった、と少し後悔しながらもリネルトさんと押さえ続ける。

「ふぅん、成る程ね。時折、獣人の子には同じように見られる事があるけど……なんだか好かれない体質みたいなのよねぇ。特に、男女で一緒にいる女の獣人からは、ね。多分、私が魅力的で取られるって思うからかしら……?」

 いえ、単純に見た目と香水か何かの香りのせいだと思います。
 と、声には出さず内心で呟く。

「確かに、ご主人様を守りたい気持ちはわかるわぁ。健気に吠えて、威嚇して近づけさせたくないんでしょうけどでもね……」

 そう言って、目を細めるララさん。
 その瞬間、一気に周囲の温度が下がった。
 いや……実際に気温が下がったなんて事はなく、寒気、悪寒が通り抜けただけだ。
 これは、殺気というやつだろうか……。

「躾のなっていない子猫は、ご主人様も困らせるわよぉ? なんなら、その背中の大層な剣ごと、この場で叩き伏せてもいいんだぞ、あぁ!?」

 野太いララさんの声が、さらに低く、ドスの聞いたような声。
 それと共に周囲を凍り付かせるような鋭い殺気と眼光。
 もしかしたら、声にも何かが含まれていたのかもしれない。

「ふしゅ!? きしゃ……にゃっ!!」
「え、ア、アマリーラさん!?」

 途端、今まで抑えていたはずのアマリーラさんが俺やリネルトさんの後ろに隠れ、体を縮こまらせる。

「えーっと……」
「あらぁ、すっかり怯えちゃったわねぇ。まだまだかわいい子猫ちゃんだこと」

 剣呑な雰囲気を醸していたのはいずこかへ、ハートマークを飛ばしそうなウィンクを決めるララさん。
 あのアマリーラさんを、ヒュドラーだろうと気後れせずに立ち向かい、森では木々をなぎ倒して駆けるアマリーラさんを、ひと睨みで怯えさせるなんて……。

「ララさんは一体……何者なんですか?」

 なんて、直球な質問をしてしまうくらい、驚いている。
 ちなみにリネルトさんは、俺と一緒にアマリーラさんを抑えていたため、ララさんの殺気をまともに受けて、尻尾を挟んで体をかすかに震わせていた。
 寒さに震えているわけではない……ただ、ララさんに怯えているんだ。
 アマリーラさんのように、混乱して本能で動いていなかったおかげなのか、後ろに隠れるまではなっておらず、なんとか耐えてはいるんだろうけど。

「さすがねぇ、リク君は。英雄と呼ばれるだけあるかしら? 私のあれを受けても、平然と質問を返してくるなんてね? アメリちゃんや、カーリンちゃんだったかしら? あちらには向かないようにはしたんだけど、ね」
「平然と、とまでは自信を持って言えませんけど……なんとか」

 これまでの経験、という意味ではアマリーラさん達の方が圧倒的に上だろうけど、俺には破壊神に殺意に近い何かを向けられた事があるからね。
 あの圧倒的な破壊の力を持つロジーナを目の前にした時と比べれば、全然マシだ。
 まぁ、寒気がして体が震える思いくらいはしたけども。

 ちなみにアメリさんとカーリンさんは、ララさんの後ろ側にいるので、ドスの利いた声に驚いている以外特に変化はない。
 戦うような人たちじゃないし、アマリーラさん達ですら怯えるくらいなんだから、まともに正面から受けなくて良かったと思う。

「昔ちょっとねぇ、色々とやって来たからあれくらいの事はできるのよ。――ち・な・み・に! 本当に私がそっちの子から剣で攻撃されていたら、簡単に捻り潰されるのは私の方だったわよぉ? ふー!」
「ひゃっ! ちょ、ちょっと変なところに息を吹きかけないで下さい!」

 俺の質問に答えつつ、ついっと近付いてきたララさんが俺に耳打ちするついでに、息を吹き替えられた。
 変な声出ちゃったじゃないか……。

「おほほほほ、敏感なのねぇ」
「誰でも耳は敏感だと思いますけど……はぁ」

 笑っているララさんを見て、これ以上文句を言ってもあまり意味はなさそうだと諦める。
 それはともかく、あのまま戦闘になっていたらやられていたのがララさんだ、というのはちょっと信じがたい。
 アマリーラさん達が怯えた事もそうだけど、俺自身が感じたララさんの殺気はただ事じゃなかったし。

「昔って、何かやっていたんですかララさん……」
「んー、元々冒険者だったのよねぇ。ただ、あまり活躍できずに引退したけど」
「元冒険者……そうだったんですね」

 冒険者だからって、簡単にあんな殺気を放つ事なんてできるとは思えないけど、ただの元鍛冶師で今は鞄屋の店主。
 というのよりは説得力がある。
 あまり活躍できなかった、というのは信じがたいけど。

「あ、その様子だと信じていないわねリク君? リク君も冒険者ならわかると思うけど、私はずっとCランクだったの。素行が悪かったわけじゃないわよ? むしろ、真面目な方だったわ。ただ実力が足りなかっただけ」
「Cランク……」

 冒険者ギルドのランクは、昇格するのに実力がなければ不可能というのは当然の事ながら、それ以外にも普段の素行なども考慮される。
 エアラハールさんが、素行が悪くて実力はあってもSランクになれなかったようにね。
 まぁAランクからSランクと、CランクからBランクへの判断は差があるだろうけども。

「ただ、相手を威圧する事に関してだけは、ランク不相応と言われていたわ。まぁそこから色々あって、結局芽が出そうになかったから鍛冶師になったのよ。力には少しくらい自信があったしね」

 その色々あって、というのが気になるけど……ともかく、腕を曲げて力こぶしを作るララさん。
 大柄な見た目からだけでもよくわかるけど、多分単純な力比べだけなら、ヴェンツェルさんやマックスさんにも引けを取らないんじゃないだろうか? と思う。
 もしかたら、アマリーラさんにも負けないくらいに。

「でも鍛冶師になった後もなんだかんだあって、結局ここで人気の鞄屋さんをやっているってわけ。さっきのあれは、鍛冶師をやっていた際に磨きがかかって、ちょっと便利なのよねぇ。今は役に立つ事が減ったけど。ほら、鍛冶師の所って荒くれの冒険者が良く来るでしょ?」
「はぁ、まぁ……多分?」

 人気の鞄屋さんっていうのはちょっと疑問が残るけど……こうして店先で話ていてもお客さんが来る事はないし。
 二度目だけど、ララさんのお店に俺達以外のお客さんが来るところを見た事がないからなぁ。
 それはともかく……冒険者である以上、魔物との戦いは酒らあれない事が多いから、自分の武具のためにオーダーメイドなどで鍛冶師に直接頼む人っていうのはいるようだからね。
 命を預ける道具なんだから、当然でもある。

「そう言った逞しい男達をわからせるのに、ちょうど良かったのよ」

 わからせる、と言った瞬間にちょっとだけ頬を染めたのはなんだったのか……あまり気にしない方がいいような気がしたので、このままスルーしておこう――。


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