トースト

森山 藍

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〈第4話〉

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 吠え続けるトーストを見つめながら、みんなはどうしたらいいか分からないというふうに立ち尽くしていたけど、ヤマタ先生だけは薄笑いを浮かべて、トーストの気持ちを見透かしているような顔をしていた。そして、先生がスリッパをはいた足をトーストのほうにそうっと踏み出そうとしたその時、また、ドア・チャイムが鳴った。なんでまた、今朝はこんなにお客さんが多いんだ?

「ごめんくださいませ~。ベーカリー・サイトーさんのお宅はこちらでしょうか? 」

「ごめんくださ~い! 」

 あれ、女の人の声があんなに大きく聞こえる。もしかして、鍵閉めなかったの、さっき?

「あ、は~い 」

母さんはお客さんたちに会釈すると、ちょっといぶかし気な顔をして玄関に向かった。

 それで、オレも付いて行ってみたら、やっぱり鍵は開いていたみたいで、三和土(たたき)には、濃い化粧に大きく巻いた髪をして派手なスーツに高そうな革のバッグを提げた、えらく圧の強いおばさんと、小さな上着を着てミニ・スカートをはいたものすごく可愛い高校生くらいの女の子が立っていた。あれ? この子どっかで見たことあるぞ。
おばさんは、今度は普通の大きさの声で繰り返した。

「あ~ら奥様、ごめんくださいませ。鍵が開いておりましたものですから、失礼してしまいましたわ~。ベーカリ
ー・サイトーさんのお宅はこちらでしょうか? 」

「え、あ…… 」

 それからおばさんはオレの顔を見て、ぱっと明るい表情をすると、びっくりしている母さんの返事を待たずにこう言った。

「あ~ら、おはようございます、太梧ちゃん! お休みの日なのに、早起きでえらいのねえ! じゃ、おじゃまいたしますわ~ 」

 え、なんでオレの名前知ってるの? それに、『じゃ 』って何? 

「おじゃまいたしま~~す 」

 二人はそう言いながらさっさと靴を脱ぐと、オレたちを押し返すようにしてずかずかとリビング・ダイニングまで入ってきた。会話は丸聞こえだから、ヤマタ先生まであっけにとられて、突っ立ったままこっちを見ている。佳奈なんか目を丸くして、中井さんの影から身を乗り出してきた。

オレは、なんとかおばさんの前に回り込むと、こう言ってやった。

「あの~、うちはサイトーじゃなくて西都(さいと)っていうんです 」

 おばさんは立ち止まって、口を尖らせた。

「あらだって表に……あ、あ~、S・A・I・T・O、サイトー じゃなくってサイト! あ~あ、そういうこと!英字で書くと同じになっちゃうのね~~! 」

「そうなんです。西都(さいと)って珍しいから、学校でもよく間違えられるんです 」

「あら~~、そうなの~~。それは、困るわねえ 」

おばさんは同情するように目を細めてくれたけど、すぐ真顔になって小さな声でこう言うのが、オレにはしっかり聞こえてしまった。

「なら漢字で書けばいいのに。紛らわしい! 」

 このすきを見て、母さんが遠慮がちに言った。

「あのう、お客様。申し訳ございませんが、こちらは自宅となっておりまして。ベーカリーSaito(サイト)にご用のようでしたら、すみませんが、お店の方にお回りいただけますか? 」

「あら、ごめんなさい。もちろんご主人のパンは後でた~~くさん買わていただきますわ。でも、今日はあたくし、
お宅のほうに用があってまいりましたの。今、ワンちゃんの吠え声を聞いたものですから、ついご案内も待たずに。お許しくださいませねえ、奥様~~! 」

 続けて女の子が、まるでテレビの司会者みたいににっこり笑って言った。
 
「どうぞお許しくださ~い! 」

 え、この感じって? 佳奈も声を出さずに「あ、あ、あ……」という口をしてオレを見ながら女の子を小さく指さしている。えっと、誰だったっけ?
 
「あら、佳奈ちゃん!写真で見るよりずっと可愛いわ~~ 」

突然言われて、佳奈はきょとんとなった。それからおばさんはオレの顔をちらっと見ると、急に声を高くして言った。

「あ~ら,よく見たら太梧ちゃんも結構可愛いわねえ。この際だから、杏(あ)美(み)ちゃん、あなたと大悟ちゃんでコンビ組んだらどうかしら? 」

 すると、その杏美ちゃんは、オレのことをじろじろ見回しながらこう言った。え、杏美って? コンビって何?

「そうですね~、あたしと組むにはかなり不足があるけど、そこはトーストちゃんの魅力でカバーするとして、トリオでいっちゃうってどうですか? 」

「あら、それいいわね! ほほほほほ! 」

 え? え? 今度はトリオ? トーストと? 訳が分からなくてみんなを見たら、やっぱりきょとんとして二人を見ている。佳奈だけが、顔を青黒くしてオレをにらんでいた。え、なんで? 
 仕方ないから、自分で聞くことにした。

「おばさんたち、どうしてオレたちの名前知ってるんですか? 」

おばさんは、いかにも愉快そうに笑って言った。

「ほ~ほっほっほっほっ! 太梧ちゃん、おばさんたち、あなたたちのことならな~んでも知ってますわよ~~! ちゃ~んと調べましたからね! 」

 あんまり自信たっぷりに言われて、びっくりして二の句が継げないオレの代わりに、母さんが言った。

「あのう、調べたってどういう…… 」

「あら、お母様ったらご存じないの? 」

「え、な…… 」

「エクスタですわよ。ね、杏美ちゃん 」

杏美ちゃんが、にこやかに言った。

「はい! 」

 「エクスタ? 」

母さんが、繰り返した。え? エクスタ?

 その時だ。ヤマタ先生が、突然ぐいっと母さんの隣にきて言った。

「そうです。実は私も、エクスタを見てまいりました 」

そして、おばさんをにらみつけた。

「ですが、ご婦人。念のため申しあげておきますが、このお宅にまいったのは私のほうが先ですからね。あなた、まだ名前も名乗っておられないのでは? 」

 すると、おばさんは目をかっと見開いて、突拍子もない大声を出した。

「あ~~~~~~~~ら、これはあたくしとしたことが、ちょっとした話の流れでとんでもない失礼をいたしておりましたわ! 」

そう言うと、おばさんはバッグがら四角いカードを取り出して、まるで手裏剣を投げるみたいに素早くみんなに配りながら続けた。

「あなたね、どこのどなたか存じませんけど、こういうことは先着順っていうより条件、つまり交渉の問題じゃありません? 」

 すると、ヤマタ先生も目をギラギラさせて、また四角いカードを取り出した。

「いや、これは私も失礼を。私、こういう者でございます 」

おばさんはさっと受け取ると、口をへの字にしてあごを突き出しながらどうでもいいというような感じでそれを見た。

 オレたちは、おばさんのカードを一生懸命見た。お、今度は読めるぞ。

「アニマルプロダクション……MA……RU……YA……MA……代表…… とり……とり…… 」

「取締役社長 丸山祥子(さちこ) 」

ヤマタ先生はそう読み上げると、その社長のおばさんをうさんくさそうにじろじろ見た。でも、おばさんは鼻であしらうような表情を浮かべてこう言った。

「はあい。たいっへん遅くなってしまいましたけど、 あたくし、営業実績十年連続業界第一位、アニマルプロダクションMRUYAMAの創立者にして代表取締役社長、丸・山・祥・子、と申します。そして、この子が我がプロダクションのナンバー・ワン・タレント…… 」

 その時、佳奈が飛び出して叫んだ。

「知ってる! 『どうぶつ集まれ! 』の杏美ちゃんだ! 」

「は~い! 見てくれてたのね、佳奈ちゃん! 杏美で~~~す! 」

「きゃあああああ、杏美ちゃん! やっぱり本物の杏美ちゃんだったんだ~~~! 」

「きゃああああ、そんなに喜んでくれて、杏美うれし~~~い! 」

 杏美ちゃんと佳奈が手を取り合ってぴょんぴょん跳び上がりながら叫んでいるから、オレも後ろで一緒に跳びながら叫んだ。

「きゃああああああああ! 」

社長のおばさんはオレたちを見て満足そうに笑うと、母さんにもにっこり笑いかけて言った。

「ど~うぞ、お見知りおきを 」
 
 でも、母さんは思いっきり混乱していた。

「そ、それで、その、えっと丸山さん? あ、ヤマタ先生も。一体何をご覧になったんですか? その、エ、エク、エクスタで? 」

すると、ヤマタ先生と社長の丸山さんが同時に言った。

「もちろん、トーストです! 」「もちろん、トーストですわ! 」

母さんと佳奈とオレが同時に言った。

「えっ、トースト!? 」
 
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