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〈第9話〉
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オレたちは、悲鳴をあげてそれぞれ部屋の隅に逃げた。高知先生は、ヤマタ先生を羽交い絞めにしていた手をだらんと垂らして固まっていた。急に自由になったヤマタ先生は、恐怖の表情を浮かべながらも気丈に言い放った。
「な、なんとバカなことを! 真っ昼間、こんな繁華な商店街で銃を撃って、無事でい
られるはずがないだろう!? 」
でも、社長さんは、大きな目をむいて甲高く笑った。
「ほ~~~っ、ほっほっほっ! 心配ご無用ですわ~。この銃には、ちゃあんと消音
装置がついてますから。それに、こういう稼業(かぎょう)をしてますと、ずいぶん顔が広くなりましてね。こんなこともあろうかと、あらかじめ後始末してくれる知り合いを頼んでありますのよ。大丈夫、ニュースにもなりませんわ。出張中の大学教授が失踪(しっそう)するとか、左前(ひだりまえ)になったパン屋の一家が夜逃げするとか、よくあることですもの。そうそう、獣医さんたちはどうしようかしら? 往診したライオンに食べられた? ほほほほほ! でも、それじゃニュースになっちゃうわねえ。そうだ、お若いお二人には駆け落ちでもしてもらいましょうか、ねえ、杏美ちゃん? 」
「そうですね~~~ 」
杏美ちゃんは、社長さんの横に立ってにこにこ笑っている。
その時、ヤマタ先生が、社長さんの方へ向かってちょっと動いたから、社長さんはさっと銃を向けなおして叫んだ。
「じっとしてな! 」
みんなはまた悲鳴をあげ、頭をかかえてその場にしゃがみ込んだ。
「きゃああああああっ!! 」
それを見て、オレの脳みそがまた爆発した。
「わ~~~~っ! わ~~~~~っ! わ~~~~~~~っ!! 」
口から勝手に、今までで一番大きな声が出ている。足はらせん階段を駆け上っている。
社長さんが、大声で叫んだ。
「待ちなっ! 」
待つわけがない。ってか、オレにだって止められない。
「杏美! 」
「はいっ! 」
杏美ちゃんが、猫のように素早く階段を上ってくるのを背中で感じながら部屋に飛び込むと、バルコニーの鎧戸を両手で突き開けて、外に向かって叫んだ!
……つもりだったが、追いついてきた杏美ちゃんに一瞬早くタックルされて、オレは情けない格好で自分の部屋の床
に転がっていた。オレの口から、また叫び声が出てくる。
「わ~~~~っ! わ~~~~~っ! わ~~~~~~~っ!! 」
すぐにおばさんが上がってきて、オレにピストルを向けた。
「うるさい子ねっ、お黙り! 黙らないと、撃つよっ! 」
もう、どうなってもいい。オレは床をごろごろ転がりながら、叫び続けていた。
「ごめんよ~~、トースト~~~! ごめんよ~~、佳奈~~! ごめんよ~~~、母さ~ん! オレ、タレントにならなくてもいい! エッチ大学に入らなくてもいい! 星斗にバカにされたり、みんなに笑われたりするのは嫌だったけど、でも、わざわざみんなを見返そうなんてしなきゃよかった! 勉強できなくても、目立たなくても、何の取り柄もなくても、明日もトーストと一緒にご飯食べて、みんなで暮らしていければ……それなのに、それなのに、オレのせいで、オレのせいで、全部……全部なくなっちゃうなんて! うわ~~~ん、うわ~~~ん、うわ~~~~ん!! 」
おばさんが、オレの胸に銃口を突き付けて、静かに言った。
「その通りだよ。みんな、あんたのまいた種さ。さあ、黙って下においで 」
オレは涙も払わずに立ち上がると、背中に銃口を感じながら、らせん階段をとぼとぼ下りた。
下では、いつの間にか階下に下りていた杏美ちゃんが、玄関へ続くドアの前に立ちはだかっていた。みんなはあちこちの隅っこで抱き合って恐怖に震えながら、オレの方をじっと見ている。
トーストはオレの姿を見ると、みんなから離れて、オレの足が一番下の段まで下りないうちに、静かにらせん階段の下に進み出た。
「ダイゴ、ナカナイ デ。ダイジョウブ、ボク、アノ オバサン ト イク ヨ 」
おばさんが、オレを突き飛ばしてトーストに駆け寄った。
「トーストちゃん! 決心してくれたのね! 」
それから、思い出したように自分の手にあるピストルを見ると、晴れやかに笑ってこう言った。
「あ~~ら、あたくしとしたことが、ちょっと悪ふざけが過ぎてしまいました
わ! もちろんモデルガンですわよ~~。みなさん、ごめんあそばせ! 」
杏美ちゃんもトーストに駆け寄ると、トーストの首をしっかりと抱きしめて言った。
「トーストちゃん、だ~~い好き! これからは、ず~っと一緒だよ! 」
トーストは、悲しい目をしてじっとしている。
おばさんは、ピストルをバッグにしまって、杏美ちゃんと二人で両側からトーストを挟むように寄り添うと、玄関を指さした。
「さ、トーストちゃん、行きましょ! まずは、おばさんたちとおいしいもの食べましょう
ね~~。今日はお祝いだもの、おばさん奮発しちゃうわよ~~。ねえ、杏美、最高級松坂牛はどうかしら~~~? 」
杏美ちゃんは、トーストの首に回した手を緩めずに、にっこり笑って答えた。
「そうですね~~~ 」
そのとき、オレの口から思わず声が出た。
「トースト! 」
トーストは静かに振り向くと、涙がいっぱいたまった目でじっとオレを見て小さく言った。
「サヨナラ、ダイゴ。ゲンキ デ…… 」
おばさんたちが一瞬オレたちを見たその時、ヤマタ先生がドアの前に立ちはだかって叫んだ。
「トースト! なんという声だ……その声を聞いてしまったからには、黙ってお前たちに渡す訳にはいかん!!
高知先生が、立ち上がって叫んだ。
「だめです! 先生!! 」
でも、ヤマタ先生は、長い両腕を広げて大音声で言い放った。
「さあ、トーストを置いていけ! 私の学者人生をかけた研究だ! お前ら風情に取ら
れてたまるか!!
おばさんは、ヤマタ先生をじろりと見ると、鼻で笑った。
「ふん、相変わらず偉そうに。バカな学者ね! 仕方ないわ。せっかくトーストちゃんが賢い選択をしてくれたっていうのに……。あたくしだって、可愛そうなみなさんを巻き添えにしたくはなかったのよ 」
そう言いながら、おばさんはバッグに手を入れて、またピストルを出した。そして、目をかっと見開くと、突然、野獣のように吠えた。
「杏美! トーストと伏せときな! 」
「はい! 」
「きゃああああああ! 」
く
ぐもったような鈍い音がおばさんの銃から正確に六回聞こえて、みんなの叫び声が一つ一つ消されていった。
静かになったリビング・ダイニングで、母さんのうめくような声がかすかに聞こえる。
「佳……奈…… 」
佳奈の声は、しない。
「う、う、痛いよ~。痛いよ~。みんなオレが悪いんだ……母さ~ん、佳奈~~! 」
自分の声で目が覚めて、思わず跳ね起きた。
「わあっ! 」
目の前に、心配そうなトーストの顔がある。オレは、跳ね起きた。
「トースト!? 」
トーストは、くわえていたタオルケットの端を離して、首を傾げて言った。
「クウン? 」
「……………夢か 」
どうやらオレは、枕を抱き、タオルケットにくるまって、苦しんでいたらしい。
「ああ…………夢でよかった……… 」
起き直って、トーストの頭をクシャクシャとなでた。
「ほんと、よかった………でも、お前と話せるのだけは、ホントだったらよか
ったのになあ! 」
もう一度、トーストの頭をなでてから、携帯を探した。すぐに見つかってロック画面を見たら、信じられない時間が表示されていた。8時03分だと? 固まって自分の目を疑っているオレの横で、トーストがいつものように人間の声を真似して鳴いていた。それが今日はやけに日本語らしく聞こえるような気がしたけど、オレの頭の中は真っ白で、何も考えることができない。
「ホント ダヨ 」
え? 今、なんか言った?
でも、次の瞬間、ついにオレの脳みそは爆発した。
「あ、あ~~~、あ~~~~、あ~~~~~!! 」
オレは、スポーツ・バッグとユニフォームをひっつかむと、らせん階段から投げ落とした。下から、テーブルの辺りにいるらしい佳奈の悲鳴が聞こえる。
「きゃあ!……お兄ちゃん!
「太梧、危ないでしょう! 」
母さんが叫んでいたけど、オレはかまわず真ん中のポールを伝って一階まで一気に滑り下りた。
「あ~~~~~~~~! 」
「うるさ~~い! 」
佳奈がフォークを放り出し、耳を抑えて文句を言った。母さんは料理の載った皿を並べていた手を止めて、大きな声で言った。
「いい加減になさい! どうしたって言うの!? 」
「母さん、ヤバイ! 今日、遠征だった! 7時半集合だったんだ~~~~~! 」
「ええっ!? 」
母さんと佳奈が、同時に叫ぶのを尻目に、オレはバッグにユニフォームを放り込むと、玄関に向かって猛ダッシュした。トーストがらせん階段をとことこ下りてきて、首を傾げてオレの様子を見ている。こんな時でも、飼い主としては黙っていくわけにはいかない。
「起こしてくれてありがとな、トースト! 」
「クウン 」
そこへ、折悪しくドア・チャイムが鳴った。こんな朝から、誰だろう?
「あ、は~い 」
母さんは、オレに袋入りのパンをいくつか渡して言った。
「いいから、これ持ってすぐ行きなさい! 」
「分かった! 」
オレと母さんが急いで玄関に行くと、ドアの向こうから聞き慣れた声がした。
「ごめんくださ~~い! 西都さ~ん、朝早くからすみませ~~ん! 」
「斉藤監督だ! 」
「ほんとだわ!? はいっ、はいっ! 」
母さんが慌ててドアを開けると、玄関の外に斉藤監督と和多星斗が立っていた。
「まあ、先生! 星斗ちゃん! 申し訳ありません! 太梧ったら、今起きてきたところで…… 」
ところが、斉藤監督は、すまなそうに頭を下げるとこう言った。
「いや、申し訳ないのはこちらのほうです。 私が至りませんばかりに、太梧さんに嫌な思いをさせてしまいまして。」
え? 何のこと? 母さんも、目を丸くして言った。
「どういうことでしょう? この子ったら、何も申しませんで。まあ、立ち話も何ですから、よろしければ、どうぞ中へ 」
え? この感じ、前にもどこかで……。
「すみません。では、お言葉に甘えて 」
二人と一緒にリビング・ダイニングに戻ると、佳奈がびっくりしてフォークを握ったまま固まっていた。それで、母さんが部屋でいるように言ったら、急いでフォークを放り出し、パンだけ握ってらせん階段を上っていった。
オレたちは、ソファに座った。トーストがオレの足元にきて、小さくうずくまった。
それから、監督は、オレが集合時間になっても来なかったもんで、みんなが心配して昨日の練習試合の後の出来事が原因ではないかと言い出したこと、星斗も反省して謝りたいと言うから、遠征には行かずに二人で訪ねてきたことを説明した。今、みんなは、練習場で三木コーチと草取りをしているらしい。
「まあ、そんなことが…… 」
母さんは、複雑な顔をしている。
監督が言った。
「西都さん、今ではもうあたりまえのことですが、たとえどんなに優秀でも、いじめをするような人間は、これからの社会では絶対に許されません。今回のことで、私自身、監督として十分反省しなくてはならないと思っています。もしよろしかったら、これから太梧さんをチームにお連れして、みんなでじっくり話し合いたいと思うのですが、いかがでしょうか? 」
母さんは、静かに振り向くと、オレの目を見つめて言った。
「太梧、どうする? 」
どうしよう。オレ、オレ、ちゃんとしゃべれるかな? オレは、トーストを見た。トーストは顔を上げて、オレの目をじっとのぞき込むと、いつになくこう言った。
「クウウ~~ン ウン…… 」
それを聞いて、星斗がすっとんきょうな声を上げた。
「えっ、今、この子なんか日本語言わなかった!? 」
みんな穏やかに笑った。それから、母さんが言った。
「まさか。でも、この子は太梧の生まれる前からこの家にいるから、太梧や佳奈とはきょうだいみたいなものなの。だから、今、太梧に何か言いたかったのかもしれないわね 」
星斗はいっきに顔を曇らせると、立ち上がって言った。
「おばさん、すみませんでした。俺、トーストにも本当に申し訳ないこと言いました 」
それから、トーストの前に正座すると、手をついて言った。
「トースト、ごめんな。俺、悪いこと言っちゃったよ。どうも、すみませんでした 」
トーストは、きょとんとしてオレの方を見ると、おもむろに立ち上がった。オレも立って星斗の横に行き、膝をついて肩にそっと手を置いた。
「もういいよ、星斗。オレ、エクスタにトーストの動画上げたりしなくて、本当によかった 」
「えっ? 」
みんなびっくりして、オレを見た。
「い、いや、監督、オレ、行きます! 」
「そうか、太梧、ありがとう! 」
母さんが、言った。
「がんばってね、太梧。自分の気持ちをちゃんとまっすぐ人に伝えられることも、大事なことだからね 」
「うん 」
それから、オレは星斗と一緒に、監督の車で練習場に向かうことになった。
玄関ドアのところで振り向いたら、母さんと佳奈、そしてトーストが見送ってくれていた。トーストが、またあの声で鳴いた。
「クウウ~~ン ウン…… 」
「分かった。行ってくるね 」
オレは、玄関ドアを閉めた。
「ダイジョウブ ダヨ…… 」
オレには、ちゃんと聞こえたよ。ありがと、トースト。 〈おわり〉
「な、なんとバカなことを! 真っ昼間、こんな繁華な商店街で銃を撃って、無事でい
られるはずがないだろう!? 」
でも、社長さんは、大きな目をむいて甲高く笑った。
「ほ~~~っ、ほっほっほっ! 心配ご無用ですわ~。この銃には、ちゃあんと消音
装置がついてますから。それに、こういう稼業(かぎょう)をしてますと、ずいぶん顔が広くなりましてね。こんなこともあろうかと、あらかじめ後始末してくれる知り合いを頼んでありますのよ。大丈夫、ニュースにもなりませんわ。出張中の大学教授が失踪(しっそう)するとか、左前(ひだりまえ)になったパン屋の一家が夜逃げするとか、よくあることですもの。そうそう、獣医さんたちはどうしようかしら? 往診したライオンに食べられた? ほほほほほ! でも、それじゃニュースになっちゃうわねえ。そうだ、お若いお二人には駆け落ちでもしてもらいましょうか、ねえ、杏美ちゃん? 」
「そうですね~~~ 」
杏美ちゃんは、社長さんの横に立ってにこにこ笑っている。
その時、ヤマタ先生が、社長さんの方へ向かってちょっと動いたから、社長さんはさっと銃を向けなおして叫んだ。
「じっとしてな! 」
みんなはまた悲鳴をあげ、頭をかかえてその場にしゃがみ込んだ。
「きゃああああああっ!! 」
それを見て、オレの脳みそがまた爆発した。
「わ~~~~っ! わ~~~~~っ! わ~~~~~~~っ!! 」
口から勝手に、今までで一番大きな声が出ている。足はらせん階段を駆け上っている。
社長さんが、大声で叫んだ。
「待ちなっ! 」
待つわけがない。ってか、オレにだって止められない。
「杏美! 」
「はいっ! 」
杏美ちゃんが、猫のように素早く階段を上ってくるのを背中で感じながら部屋に飛び込むと、バルコニーの鎧戸を両手で突き開けて、外に向かって叫んだ!
……つもりだったが、追いついてきた杏美ちゃんに一瞬早くタックルされて、オレは情けない格好で自分の部屋の床
に転がっていた。オレの口から、また叫び声が出てくる。
「わ~~~~っ! わ~~~~~っ! わ~~~~~~~っ!! 」
すぐにおばさんが上がってきて、オレにピストルを向けた。
「うるさい子ねっ、お黙り! 黙らないと、撃つよっ! 」
もう、どうなってもいい。オレは床をごろごろ転がりながら、叫び続けていた。
「ごめんよ~~、トースト~~~! ごめんよ~~、佳奈~~! ごめんよ~~~、母さ~ん! オレ、タレントにならなくてもいい! エッチ大学に入らなくてもいい! 星斗にバカにされたり、みんなに笑われたりするのは嫌だったけど、でも、わざわざみんなを見返そうなんてしなきゃよかった! 勉強できなくても、目立たなくても、何の取り柄もなくても、明日もトーストと一緒にご飯食べて、みんなで暮らしていければ……それなのに、それなのに、オレのせいで、オレのせいで、全部……全部なくなっちゃうなんて! うわ~~~ん、うわ~~~ん、うわ~~~~ん!! 」
おばさんが、オレの胸に銃口を突き付けて、静かに言った。
「その通りだよ。みんな、あんたのまいた種さ。さあ、黙って下においで 」
オレは涙も払わずに立ち上がると、背中に銃口を感じながら、らせん階段をとぼとぼ下りた。
下では、いつの間にか階下に下りていた杏美ちゃんが、玄関へ続くドアの前に立ちはだかっていた。みんなはあちこちの隅っこで抱き合って恐怖に震えながら、オレの方をじっと見ている。
トーストはオレの姿を見ると、みんなから離れて、オレの足が一番下の段まで下りないうちに、静かにらせん階段の下に進み出た。
「ダイゴ、ナカナイ デ。ダイジョウブ、ボク、アノ オバサン ト イク ヨ 」
おばさんが、オレを突き飛ばしてトーストに駆け寄った。
「トーストちゃん! 決心してくれたのね! 」
それから、思い出したように自分の手にあるピストルを見ると、晴れやかに笑ってこう言った。
「あ~~ら、あたくしとしたことが、ちょっと悪ふざけが過ぎてしまいました
わ! もちろんモデルガンですわよ~~。みなさん、ごめんあそばせ! 」
杏美ちゃんもトーストに駆け寄ると、トーストの首をしっかりと抱きしめて言った。
「トーストちゃん、だ~~い好き! これからは、ず~っと一緒だよ! 」
トーストは、悲しい目をしてじっとしている。
おばさんは、ピストルをバッグにしまって、杏美ちゃんと二人で両側からトーストを挟むように寄り添うと、玄関を指さした。
「さ、トーストちゃん、行きましょ! まずは、おばさんたちとおいしいもの食べましょう
ね~~。今日はお祝いだもの、おばさん奮発しちゃうわよ~~。ねえ、杏美、最高級松坂牛はどうかしら~~~? 」
杏美ちゃんは、トーストの首に回した手を緩めずに、にっこり笑って答えた。
「そうですね~~~ 」
そのとき、オレの口から思わず声が出た。
「トースト! 」
トーストは静かに振り向くと、涙がいっぱいたまった目でじっとオレを見て小さく言った。
「サヨナラ、ダイゴ。ゲンキ デ…… 」
おばさんたちが一瞬オレたちを見たその時、ヤマタ先生がドアの前に立ちはだかって叫んだ。
「トースト! なんという声だ……その声を聞いてしまったからには、黙ってお前たちに渡す訳にはいかん!!
高知先生が、立ち上がって叫んだ。
「だめです! 先生!! 」
でも、ヤマタ先生は、長い両腕を広げて大音声で言い放った。
「さあ、トーストを置いていけ! 私の学者人生をかけた研究だ! お前ら風情に取ら
れてたまるか!!
おばさんは、ヤマタ先生をじろりと見ると、鼻で笑った。
「ふん、相変わらず偉そうに。バカな学者ね! 仕方ないわ。せっかくトーストちゃんが賢い選択をしてくれたっていうのに……。あたくしだって、可愛そうなみなさんを巻き添えにしたくはなかったのよ 」
そう言いながら、おばさんはバッグに手を入れて、またピストルを出した。そして、目をかっと見開くと、突然、野獣のように吠えた。
「杏美! トーストと伏せときな! 」
「はい! 」
「きゃああああああ! 」
く
ぐもったような鈍い音がおばさんの銃から正確に六回聞こえて、みんなの叫び声が一つ一つ消されていった。
静かになったリビング・ダイニングで、母さんのうめくような声がかすかに聞こえる。
「佳……奈…… 」
佳奈の声は、しない。
「う、う、痛いよ~。痛いよ~。みんなオレが悪いんだ……母さ~ん、佳奈~~! 」
自分の声で目が覚めて、思わず跳ね起きた。
「わあっ! 」
目の前に、心配そうなトーストの顔がある。オレは、跳ね起きた。
「トースト!? 」
トーストは、くわえていたタオルケットの端を離して、首を傾げて言った。
「クウン? 」
「……………夢か 」
どうやらオレは、枕を抱き、タオルケットにくるまって、苦しんでいたらしい。
「ああ…………夢でよかった……… 」
起き直って、トーストの頭をクシャクシャとなでた。
「ほんと、よかった………でも、お前と話せるのだけは、ホントだったらよか
ったのになあ! 」
もう一度、トーストの頭をなでてから、携帯を探した。すぐに見つかってロック画面を見たら、信じられない時間が表示されていた。8時03分だと? 固まって自分の目を疑っているオレの横で、トーストがいつものように人間の声を真似して鳴いていた。それが今日はやけに日本語らしく聞こえるような気がしたけど、オレの頭の中は真っ白で、何も考えることができない。
「ホント ダヨ 」
え? 今、なんか言った?
でも、次の瞬間、ついにオレの脳みそは爆発した。
「あ、あ~~~、あ~~~~、あ~~~~~!! 」
オレは、スポーツ・バッグとユニフォームをひっつかむと、らせん階段から投げ落とした。下から、テーブルの辺りにいるらしい佳奈の悲鳴が聞こえる。
「きゃあ!……お兄ちゃん!
「太梧、危ないでしょう! 」
母さんが叫んでいたけど、オレはかまわず真ん中のポールを伝って一階まで一気に滑り下りた。
「あ~~~~~~~~! 」
「うるさ~~い! 」
佳奈がフォークを放り出し、耳を抑えて文句を言った。母さんは料理の載った皿を並べていた手を止めて、大きな声で言った。
「いい加減になさい! どうしたって言うの!? 」
「母さん、ヤバイ! 今日、遠征だった! 7時半集合だったんだ~~~~~! 」
「ええっ!? 」
母さんと佳奈が、同時に叫ぶのを尻目に、オレはバッグにユニフォームを放り込むと、玄関に向かって猛ダッシュした。トーストがらせん階段をとことこ下りてきて、首を傾げてオレの様子を見ている。こんな時でも、飼い主としては黙っていくわけにはいかない。
「起こしてくれてありがとな、トースト! 」
「クウン 」
そこへ、折悪しくドア・チャイムが鳴った。こんな朝から、誰だろう?
「あ、は~い 」
母さんは、オレに袋入りのパンをいくつか渡して言った。
「いいから、これ持ってすぐ行きなさい! 」
「分かった! 」
オレと母さんが急いで玄関に行くと、ドアの向こうから聞き慣れた声がした。
「ごめんくださ~~い! 西都さ~ん、朝早くからすみませ~~ん! 」
「斉藤監督だ! 」
「ほんとだわ!? はいっ、はいっ! 」
母さんが慌ててドアを開けると、玄関の外に斉藤監督と和多星斗が立っていた。
「まあ、先生! 星斗ちゃん! 申し訳ありません! 太梧ったら、今起きてきたところで…… 」
ところが、斉藤監督は、すまなそうに頭を下げるとこう言った。
「いや、申し訳ないのはこちらのほうです。 私が至りませんばかりに、太梧さんに嫌な思いをさせてしまいまして。」
え? 何のこと? 母さんも、目を丸くして言った。
「どういうことでしょう? この子ったら、何も申しませんで。まあ、立ち話も何ですから、よろしければ、どうぞ中へ 」
え? この感じ、前にもどこかで……。
「すみません。では、お言葉に甘えて 」
二人と一緒にリビング・ダイニングに戻ると、佳奈がびっくりしてフォークを握ったまま固まっていた。それで、母さんが部屋でいるように言ったら、急いでフォークを放り出し、パンだけ握ってらせん階段を上っていった。
オレたちは、ソファに座った。トーストがオレの足元にきて、小さくうずくまった。
それから、監督は、オレが集合時間になっても来なかったもんで、みんなが心配して昨日の練習試合の後の出来事が原因ではないかと言い出したこと、星斗も反省して謝りたいと言うから、遠征には行かずに二人で訪ねてきたことを説明した。今、みんなは、練習場で三木コーチと草取りをしているらしい。
「まあ、そんなことが…… 」
母さんは、複雑な顔をしている。
監督が言った。
「西都さん、今ではもうあたりまえのことですが、たとえどんなに優秀でも、いじめをするような人間は、これからの社会では絶対に許されません。今回のことで、私自身、監督として十分反省しなくてはならないと思っています。もしよろしかったら、これから太梧さんをチームにお連れして、みんなでじっくり話し合いたいと思うのですが、いかがでしょうか? 」
母さんは、静かに振り向くと、オレの目を見つめて言った。
「太梧、どうする? 」
どうしよう。オレ、オレ、ちゃんとしゃべれるかな? オレは、トーストを見た。トーストは顔を上げて、オレの目をじっとのぞき込むと、いつになくこう言った。
「クウウ~~ン ウン…… 」
それを聞いて、星斗がすっとんきょうな声を上げた。
「えっ、今、この子なんか日本語言わなかった!? 」
みんな穏やかに笑った。それから、母さんが言った。
「まさか。でも、この子は太梧の生まれる前からこの家にいるから、太梧や佳奈とはきょうだいみたいなものなの。だから、今、太梧に何か言いたかったのかもしれないわね 」
星斗はいっきに顔を曇らせると、立ち上がって言った。
「おばさん、すみませんでした。俺、トーストにも本当に申し訳ないこと言いました 」
それから、トーストの前に正座すると、手をついて言った。
「トースト、ごめんな。俺、悪いこと言っちゃったよ。どうも、すみませんでした 」
トーストは、きょとんとしてオレの方を見ると、おもむろに立ち上がった。オレも立って星斗の横に行き、膝をついて肩にそっと手を置いた。
「もういいよ、星斗。オレ、エクスタにトーストの動画上げたりしなくて、本当によかった 」
「えっ? 」
みんなびっくりして、オレを見た。
「い、いや、監督、オレ、行きます! 」
「そうか、太梧、ありがとう! 」
母さんが、言った。
「がんばってね、太梧。自分の気持ちをちゃんとまっすぐ人に伝えられることも、大事なことだからね 」
「うん 」
それから、オレは星斗と一緒に、監督の車で練習場に向かうことになった。
玄関ドアのところで振り向いたら、母さんと佳奈、そしてトーストが見送ってくれていた。トーストが、またあの声で鳴いた。
「クウウ~~ン ウン…… 」
「分かった。行ってくるね 」
オレは、玄関ドアを閉めた。
「ダイジョウブ ダヨ…… 」
オレには、ちゃんと聞こえたよ。ありがと、トースト。 〈おわり〉
0
この作品は感想を受け付けておりません。
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