雷撃の紋章

ユア教 教祖ユア

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「なんで…?杖が、私の杖が持てない…」

「そりゃあ、これが紋章の力だからだよ。」

楽園の紋章…数ある神の紋章の一つ。

発動してしまえば辺り一帯、戦意を失わせる力を持つ。

「範囲が馬鹿広すぎる…!」

「こんな力を持った奴を…俺はこいつを殺す必要がある。」

「やべえ敵を作っちまったな、こりゃあ。」

「呑気にお話している場合!?」

「だって、武器が持てねえもん。戦う気が起きねえと、どうにもならねえし…」

「確かにそうだけど…」

今のところ、こっちに奴が来なければいいという話ではある。

問題は何故紋章を発動しなければならないのか、という事だ。

「何の理由もなく紋章を使わない筈が無い。一体、何故だ?」

「バレてないかと思ったが…実はバレてるのか?」

「それヤバくね?」

その瞬間、紋章が光った場所から、再び光が現れた。

「エレスト!」

エウルが叫んだ瞬間、エレストに向かって、何かが発射された。

間一髪、エウルはエレストに飛び掛かり、その射撃を避けた。

「だ、大丈夫?」

「ああ。悪い。エウルも怪我はないか?」

「大丈夫よ。さっきの攻撃はいったい…」

「俺たちの存在がばれてるのか。まあ、元々俺も一回負けてるし。」

「重要な事を俺たちは初耳だが?」

「そんなことよりも、さっきのは吸血鬼の血による攻撃だ。超遠距離攻撃が出来るってことは、吸血鬼の中でも上位種っていう証拠さ。」

「そんな悠長に喋っていいの?」

「ん?言い訳無いだろ。」

「え?」

すると、エレスト達の真ん中に急に隕石が落ちてきたような衝撃と地響きが起きる。

「アッハハー!お久しぶりなのが一人と、初対面が二人いるねぇ!」

「あの距離から一瞬でここまで来れるのかよ…!」

「皆さんようこそお越しくださいましたぁ!わたくしの名前はヴァン。以後お見知りおきを。」

(どうする?俺たちは戦えない。こいつを殺すことはできない!)

エレストは冷や汗を流す。

「まあ、どうせ死ぬけどね。」

ヴァンはエウルの元にゆっくりと歩き始める。

「君は高貴な血が流れているみたいだ。きっと美味いだろうなあ。」

「…!」

エウルの手は明らかに震えている。

ヴァンはお構いなしにエウルの髪に触れる。

「ヒッ…」

「待て!何をするつもりだ!」

エレストは叫ぶだけで、何も行動できない。

「私は美女が好物でね。それに、こういう上物はあまり頂けない。」

エウルの顔に、ヴァンの顔が近付く。

「止めて…」

「そういう顔も好みだ。」

ヴァンがそう言った瞬間、エウルの顔が物凄い剣幕に変わる。

その瞬間、エウルはヴァンの顔を平手打ちをした。

紋章が光っている左手で、何かの魔導が発動した様子で平手打ちをした。

お陰でヴァンですら怯んだ。

「おお、結構痛いな…何が起きた?」

その怯んだ隙を逃さず、エレストは雷撃の紋章を起動させた。

エウルとトーラスを抱え、一瞬の内にヴァンから離れた。

「逃げたか。まあ、平手打ちに免じて今日は許してやろうかな。」

ヴァンは余裕そうに去っていった。

一方、エレスト達はというと…

「あー!死ぬ!無理!本当に無理!もう嫌!帰りたい、やっぱ帰らない!」

「どっちだよ。」

「あー!なんなのあの吸血鬼!許せない!死ねばいいのよ!殺してやる!早くここから抜け出したい!」

「だからどっちなんだよ。」

エウルが少しおかしくなっていた。

「まあ、エウルが一番怖かっただろうから…」

エレストがトーラスに優しく諭す。

「そうよ!怖かったのよ!死にたくないの!戦えないのが…!耐えられなかった!」

「でも、俺たちが逃げれたのは、エウルが平手打ちを奴にかましたからだ。ナイス平手打ちだった。」

「ああ。色々聞きたいことはできたが、後回しだ。何故…此奴はあのクソ吸血鬼に暴力を振るえた?」

平手打ちをしたという事は、即ち暴力である。

戦えないという状況で、暴力を行うことは、本来不可能なはずだ。

「紋章にとっての戦意から外れていた…?」

「今思ったけど、別にあの吸血鬼に攻撃できないような紋章じゃないよね。そうじゃなくて、ただ、戦う気が起きなくなるというだけで。」

「つまりなんだ?戦意が無い状態で、攻撃したら勝てるのか?無理じゃね?」

「まあでも、そうなんだろう。俺も無理だとは思うが。」

「…無心攻撃…無理ね。」

「お前行けてたろ。」

「同じことを私に何度もさせる気?」

「…いや、それは…スマン…」

トーラスは、しどろもどろになりながら謝った。

エレスト達は考え込む。

(いや、これは『最終手段』だな。)

エウルが言ってみる。

「逃げながら、攻撃するとかは?」

「戦う気満々じゃねえか。」

トーラスはあきれながら言うが、彼も良い案は浮かんでないようだ。

「それにしても、まだ夜だが…吸血鬼の気配がしないな。」

エレストは、ふと呟いた。

「紋章を使った日は、吸血鬼がビビり散らかすからな。あいつらは殺される可能性があるから、変に行動できないのさ。」

「吸血鬼が弱すぎて?」

「ああ、弱すぎて。」

エウルはトーラスに話しかける。

「…トーラスは、あんな吸血鬼を…本当に殺す気なの?」

「ああ。俺は、どんな手を使ってでも…殺すつもりだ。絶対に殺してやる。…妹の仇なんだ。俺は色んな身分を持って、いろんな名前を持ってるけど…俺の妹だけは偽れない。その妹を、あいつは…廃人にしやがった。」

色んな身分というのが少し気になるが、問題はそこではない。

「…生きてるのか?」

「ああ。もう二度と、会話はできないけどな。あれは基本的には戦意を無くすだけだが…あの力を受けすぎると、何もする気にも起きなくなる。廃人になっていく。」

「じゃあ、貴方の妹は…」

「これ以上は止そう。俺は、あいつを殺す。それが大事だから。」

すると、少し空が明るくなってきた。

今日の始まりだが、エレスト達にとっては終わりでもある。

三人は寝る支度をした。






「そうよ、だけどもっと滑らかに剣を動かすの。」

「アクア、流石にキツイって…」

俺は、アクアに剣を教えてもらっていた。

俺たちはまだ子供だけど、アクアは俺とは違って何でも知っていた。

俺は左手が無いから、親に捨てられたけど、アクアはそんな理由なんて無いのにこんな場所にいた。

俺はなんとなく、『逃げてきた』のかなと思っていた。

もしそうなら、アクアは貴族って事になるのかな。

だって…貴族に対する挨拶を何でも知っているのは、平民どころか、平民ですらない俺にとっては、ありえない事だから。

「でも、エレストならついてこれるでしょ?」

アクアは笑った。

当たり前だ。

俺にとって、アクアは…







「はーい、起きてー夜ですよー良い子は寝る時間ですよー」

「じゃあ、寝ていいじゃねえか。」

「私達は悪い子だから起きなきゃいけないの。」

二人の会話を横で聞きながら、エレストは起き上がる。

「…行くぞ。あの城目指して。」

大陸の中心部…ヴァンのいる場所は暗い時は分からなかったが、紋章の光で、あれは城であることに気付いた。

「吸血鬼も動き出すだろうから、気を付けないとな。」

「あーやだやだ。戦闘ばかりなのも困りものね。」

「ここから出たら、流石に美味しいものでも食べるか。」

「ええ、それが良いわ。」

「トーラスも一緒に食べるか?」

「は?」

「だから食べないのかって。」

「うん…?じゃあ、まあ、食うか。」

「さ、口約束もしたところだし、進むとするか。」

「おー…」

小声で喋りながら、進んでいく。

「今日は見ねえな。」

「普通は会わねえよ。」

「そうなのか?」

「お前らと会った日がおかしいんだ。」

ふーん、という言葉をエレストは言い、そこから無言で進み始めた。
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