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58 神界
しおりを挟む神界には何もなかった。
ただ黄金色の空間が続くだけだ。
時々、布が風で揺らぐような歪みが見えるだけで、どこを飛んでいるのかさえ分からなかった。
「——何もないだろう?」
「はい」
ゼウスの問いかけに、ロディユは緊張しながら答えた。
ロディユは神域と同じような景色を想像していたので、驚きを隠せない。
「神々はこの神界で自分の領域を持っている。そこに入れば、双子星のような景色も存在するだろう。永遠に生きづつける神は基本的に暇であるから、いろんな趣向を凝らしているのだ」
「そうよ! こんな退屈な場所はもうこりごりよ! あなたもね!」
ゼウスに向かって文句を言ったヘラは、ロディユの結界の中にいた。
「黙れ。お前は我をはめてデュポーンに食わせるなど……」
「でも、無事だったからいいじゃない?」
「そういう問題ではない!」
ヘラは大声でゼウスに怒鳴られたので黙り込んだ。
「あの……。ゼウス様……?」
ロディユは知り得ない情報を耳にし、思わず話しかけてしまった。
「何か聞きたいことでもあるのか?」
「はい……。どうやって復活されたのですか?」
「マスターエルダーがデュポーンに呪いをかけてくれたおかげで、完全にはデュポーンに取り込まれなかった。ヘラはそれに気づいていたようで、定期的にデュポーンの体を交換し、我の封印を維持していたようだが……」
ゼウスはヘラを睨みつけた。
ヘラは慌てて視線を逸らす。
「力を奪われた我は、どうすることもできなかった。しかし、お前がデュポーンから助けてくれた。感謝する、ロディユ」
ロディユは虹の聖石を完成させた後、デュポーンを倒す前にその体内からゼウスの魂を見つけ、取り出していた。
「いえ、他の仲間がいなかったら不可能でした」
ロディユはそう言いながらポセの顔を思い浮かべた。
「——さて、おしゃべりはここまでにしようか。天罰神アラストルの根城だ」
ゼウスがそう言うと、何もなかった黄金の景色に穴がぽっかりと空く。
そこを覗き込むと、黒炎で燃えさかる黒い城がそびえ立っていた。
「あの……。もう一つだけ質問をよろしいでしょうか?」
「構わんぞ」
「ヘラが飲み込んだアテナさんは復活できますか?」
「それは天罰神に相談してみる。ついてこい」
「はい」
ロディユがヘラに視線を向けると、ヘラの顔は真っ青になっていた。
「ゼウス、私は自分の領域へ帰る! 天罰神のところは嫌よ! ねえ、夫婦に戻りましょう?」
「我はお前に何度裏切られていると思っている? もうこりごりだ!」
「なぜ私がこんな目に!」
ヘラはそう叫びながら両手で顔を覆った。
ロディユは子どものように駄駄を捏ねるヘラに対して、怒りを抑えこむのに必死だ。
『——アラストル! 我はゼウス! 罪人ヘラの審判を頼む!』
ゼウスは大きな声を轟かせた。
すると——。
城から黒い炎の通路が3人のところまで伸びてきた。
同時にヘラを閉じ込めていた結界は消え、代わりにヘラの首へ黒い炎の鎖がつけられる。
両腕と両足も同様に縛り付けられていた。
「はっはっはっ! これで無駄口は聞けなくなるな」
ゼウスは笑いながらヘラに言った。
ヘラはその鎖のせいで体が全く動かなくなっていた。
「では、行こうか」
「はい!」
ロディユは恐る恐る黒い炎の通路へ足を踏み入れた。
「あれ? 熱くない……」
驚いたロディユは声を漏らした。
「神はこの炎に対して何も感じないのだ」
「そうですか。神になれてよかったです」
ロディユはホッと息を吐いた。
3人は通路を抜けると、全身が真っ赤で髪が黒い炎の神——アラストルが鎮座する部屋に入った。
「ゼウス、久しいな」
アラストルの声は、腹に響く重い声だった。
「ヘラのせいでこの数千年ひどい目にあった。審判を頼む」
「いいだろう」
アラストルの目から炎が燃え上がる。
すると、ヘラの体は勝手に動き始め、その場に跪いた。
「お前は道楽で星を創造し、生命を弄んだ。私利私欲にまみれた行いは、神としてあるまじき行為。その上、禁忌とされる神由来の生命創造を犯した。重罪なり!」
アラストルは、ヘラの罪を口にした。
「汝の刑を言い渡す。神界から一生出ることを禁じ、神の力を剥奪する。そして、向こう一万年、『暗黒の間』に投獄する!」
声を出せないヘラはひたすらもがき、涙を流していた。
「一つだけ恩赦を与える。生命創造は神界外で行われたこと故、子に罪はない」
アラストルはそう言うとヘラを炎で包み込み、胸から光の玉を取り出した。
その光は形を変え、立ち姿の人型へ。
それは、アテナだった。
アテナは目を開くと、アラストルが口を開く。
「アテナよ。お前は神ではあるが、神界の者と認められない。ここを出た後、神界の立ち入りを禁じる。ヘラが壊そうとした世界の復活に従事せよ」
アテナは片膝をつき、胸に手を添える。
「はい。仰せのままに」
*
アラストルの審判が終了した後、ロディユ、アテナ、ゼウスは神界の門の外へ移動していた。
「ゼウス様、お力添えを心から感謝いたします」
ロディユがそう言った後、アテナと二人で深々と頭を下げた。
「ロディユ、お前は本当に神界で暮らさなくていいのか? お前がいた世界よりはよっぽどいい場所だと思うのだが」
「魅力的なお話ですが……。双子星にはやり残したことがたくさんありますので」
「そうか、ではもう言うまい。ロディユとアテナ、亡きマスターエルダーの思いを引き継ぎ、良い世界を再建するがよい」
「「はい」」
「我はヘラの暴走を止められなかったゆえ、後ほど詫びをいれるとしよう——」
二人はゼウスの言葉を聞いた直後、視界が真っ白になった。
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