【完結・R18】結婚の約束なんてどうかなかったことにして

堀川ぼり

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初恋の人

3-4.それは知らないエピソード

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 比較されていたかもしれないなんて、リーシャの勝手な想像でしかない。現に目の前で談笑する二人の姿は楽しそうで、兄弟の仲は良好そうに見える。
「久しぶりですね」「クリスも元気そうだね」と会話している空気は穏やかで、互いに何かしらの確執があったらこんな雰囲気にはならないだろう。
 フリシアラからそういう噂があると聞かされていなければ、リーシャだって最初から気にも留めなかったはずだ。
 普段からたくさん好きだと言ってもらっているし、子供の頃から続いた気持ちがそう簡単に変わらないとダニスは伝えてくれているのに、一体なにを不安になっているのだろうと自嘲する。
 リーシャが気にしないように、ダニスは態度だけでなく言葉でもしっかり好意を伝えてくれているのだ。それなのにいつまでもフリシアラに言われたことを引き摺るなんて失礼すぎる。
 胸を過った不安を掻き消すように首を振り、胸の前できゅっと拳を握りしめる。
 そんなことを一人でぐるぐると考えていると名前を呼ばれ、顔を上げると二人分の視線がリーシャに向いていた。
「クリスとはもう知り合いみたいだけど、それじゃあ改めて」とダニスに婚約者として紹介されたリーシャは、再びクリスと視線を合わせることになる。

「ふふ、なんだかこんな形でリーシャさんと会うことになるなんて不思議な感じですね。お久しぶりです」
「確かにちょうど一年振りくらいになるし、リースくん……じゃなくて、あの、クリス様は」
「そんなにかしこまらなくて構いません。どうぞいつも通りに話してください」

 柔らかい口調も優しい表情もよく知った人と同じもので、話をする場所と服装だけがいつもと違っている。緊張が解れたのと同時になんだか少しだけおかしく感じて、顔を合わせるとふふっと自然に笑みが溢れた。
 それなりに打ち解けた雰囲気に、今さら自己紹介する必要はないとダニスも判断したのだろう。
 リーシャ達のやりとりを見ていた国王陛下に向かい、「そういえば、呼び出しはクリスの件で?」とダニスが質問を投げ掛けた。

「ああ、そうだ。今日は早い時間からダニスは不在になるだろう? 二人揃った状態で会うにはこの時間しかないと思ってな」
「急に時間を作ってもらってすみません。兄さんの婚約が決まったと聞いてすぐにスケジュールの調整をしたんですが、今日くらいしか帰る時間を作れなくて……。婚約パーティー当日にはもちろんまた帰国しますが、その前に一度会って挨拶したいなと思って父上にお願いしたんです」

 どうやらクリスは魔道院で助教になったばかりで、今の時期ちょうど忙しいタイミングだったらしい。そのため今日も夕方にはマラハカに戻らなくてはいけないらしく、ダニスと顔を合わせる時間が朝しかとれないようだった。
 申し訳なさそうにクリスは話をするけれど、急に婚約を決めたのはこちらの都合である。ダニスも同じことを思ったようで「こっちこそ、急に忙しくさせて悪かったね」と謝罪の言葉を口にしていた。

「ああ、それともう一つ。ほら、今日は仕立て屋が来る日だろう? クリスの衣装も彼女の店に任せる予定だ。その時にクリスも同席させて、ついでに採寸を任せても構わないか訊こうと思ってな」

 この質問はアンネと約束してしているリーシャに投げられたものなのだろう。特に断る理由もなく、「ええ、もちろん構いませんよ」とリーシャが返事をすると、安心したようにクリスがほっと表情を緩めた。
 近況の報告と、ちょっとした会話。そんな話をしているうちに、ダニスが城から出る時間になってしまう。
 一先ず話が終わったということで一度解散の流れになり、出掛けるダニスを見送ったあと、アンネを待つためにリーシャも一度自室へ戻った。
 あと数十分でアンネが来る時間だ。軽く準備をしている間に約束の時間になるだろう。
 そんなことを考えながら室内で資料をまとめていると、コンコンと控えめなノックの音が響く。扉を開くとそこにいたのはクリスで、小首を傾げながらリーシャに視線を合わせてふわりと笑った。

「時間になったらアンネさんがこちらにいらっしゃると聞いたので、一緒に待っていても構いませんか? せっかく久しぶりに会えたので、リーシャさんともお話ししたいですし」

 確かに先ほどの場ではあまり話せていないし、せっかくなら話したいと思ったのはリーシャも同じだ。
 もちろんどうぞと部屋に招き入れると、マラハカで話していた頃と変わらない笑顔でクリスが頷いた。
 第二王子と聞いた時は驚いたけれど、こうして話しているとやっぱりいつもと変わらない。リーシャと同じ、十九歳の男の子だ。
 それでもやはり兄弟というか、笑う時の顔が少しだけダニスに似ているなとも思う。

 二人分のティーセットが卓上に用意され、クリスとお茶を楽しみながらアンネの到着を待つことになった。
 ダニスのことを昔から知っているのはクリスも同じせいか、他の人と同じように、まさかダニスが結婚するとはという話題から会話が始まる。

「婚約パーティーの報せを聞いた時、あまりにも急だったので本当に驚きました。正直なところ、兄さんはもう誰とも結婚する気がないと思っていたので」
「……同じこと、いろんな人に言われるの。ダニス様って本当にそんな風に思われていたの?」
「僕も全部は知りませんが、縁談の話はいくつもありましたし、その度にいつも想う相手がいるからと断っているようでしたね。これだけ待っても会いにこないのだからもう無理だと思っていましたけど、まさかその相手が今になって現れた上、会ってみたら僕の知り合いだったので本当にびっくりしました。リーシャさんが、兄さんがずっと好きだった喧嘩別れした女の子ってことですよね?」
「え……?」
「ああ、でも結婚するってことは仲直りできたんですよね。よかった」

 自分の全く覚えていない話をされ、リーシャの頭の中にハテナが浮かぶ。
 しかし、リーシャはダニスとのやり取り全てを思い出したわけではないのだ。喧嘩したこともあったのかもしれないなと思い直し、クリスには簡単に説明をしておこうと口を開く。

「その、喧嘩別れしたかもしれないとか、詳しいことは覚えていないの。ただ子供の頃に結婚の約束をして、それがきっかけで今こうやって好きになったから婚約した形というか……」
「……結婚の約束?」

 今、何かおかしなことを言ってしまったのだろうか。
 急に言葉を止めたクリスを見つめていると、クリスの金色の瞳が一瞬不安気に揺れて見えた。

「クリスくん?」
「……っあ、その。子供の頃にずっと兄さんの機嫌が悪かった時期があって、どうしてなのか気になって、覚えたての魔法で頭の中を見てしまったことがあるんです」
「うん……?」
「あの時覗いたものが間違っていなければ、兄さんは好きな子にプロポーズをして一度断られていると思います」

 言われた意味が分からず、は、と息を吐いた瞬間に部屋の扉が開く。
「完成したドレスお待ちいたしましたよ~!」というアンネの元気な声に遮られ、詳細を聞き返すことも出来なくなってしまった。

「まあ! あらあら、クリス様? お久しぶりですわ。帰っていらしてたのですね」
「ええ、お久しぶりです。またすぐに戻らなくてはいけないので採寸だけでもお願いしようかと思って、彼女と一緒にアンネさんを待っていたんです」

 二人が会話するのを前に、口から飛び出しそうになった質問をリーシャは飲み込む。
 クリスと二人でないと続きが話せないが、仕事をしに来てくれたアンネを追い出すわけにもいかないのだ。
 あとでまた話せばいいと自分を納得させ、アンネにクリスの採寸を任せる。
 リーシャの胸に不安を投げ入れたまま、気になる話は一旦そこで終わってしまった。
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