猫とランチ

ゆい

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午後の陽だまり、君のしっぽ

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トアロードを少し北に上ったあたり、煉瓦造りの壁と黒いアイアンの看板が目印のカフェは、いつものように静かなジャズを流しながら、穏やかな午後を迎えていた。店先の黒板には手描きのイラストが添えられ、道ゆく人々の足をさりげなく止めていた。

重厚な木製の扉が軽く軋む音を立てて開くと、ベルが控えめに鳴った。店内の空気がわずかに揺れる。その瞬間、数人の客がちらりと入口を見たが、すぐに視線を戻した。なぜならそこに立っていたのは、一匹のスーツを着た猫だったからだ。神戸では、奇抜なファッションや変わった趣味の客も珍しくない。だが、グレーのスリーピースに身を包み、シルクのネクタイをきちんと締めた猫は、さすがに一線を画していた。

彼の名はロラン。短毛のロシアンブルーで、爪先まで気品をまとっていた。彼はゆっくりと歩を進め、奥の窓際の席に腰を下ろす。腰を下ろす、というのは語弊があるかもしれないが、彼の所作は確かに“座る”という動作以上の美しさを持っていた。

店内はアンティーク調のインテリアで統一されていた。重厚な一枚板のテーブルに、背もたれが曲線を描く古いチェア。窓辺にはフランス映画のポスターとドライフラワーのリースが飾られている。天井から吊るされたガラスのペンダントライトが、淡く琥珀色の光を投げかけ、時間が少しだけ緩やかに流れているように感じさせた。

ロランは、メニューに目を通すこともなく、軽く手を挙げて合図する。店主は慣れたように頷き、すぐに厨房の奥へと消えていった。

やがて運ばれてきた皿は、目にするだけで食欲を誘う彩りだった。蒸気が立ち上り、ふわりと香る香草とソテーの香り。ソースは丁寧にかけられ、食材それぞれの輪郭が失われることなく、美しくまとまっていた。ナイフを手にしたロランは、器用に切り分け、静かに口元へと運ぶ。柔らかな舌触りと共に、彼の瞳がほんのわずかに細められる。

店内の音楽が、スタン・ゲッツのサックスに変わる。外では猫柳が揺れ、ガラス越しに春の陽が差し込んでいた。

窓の外を通りかかった子どもが、驚いたようにロランを見つめた。彼はふっと目を細めて、軽くウィンクを返す。子どもは小さく笑い、手を振る。

神戸という街には、不思議と、こういう光景が似合う。スーツを着た猫が、静かな午後を、アンティークの椅子に身を沈めて過ごしている。そこに違和感はない。ただ、どこか優雅で、夢の続きを歩いているようなひとときだけがあった。
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