猫とランチ

ゆい

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潮風のランチタイム

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淡路島の海辺、車一台がやっと通れるほどの細い坂道を登ると、小さな森の中にぽつんと建つ一軒家がある。屋根はくすんだ青緑のトタン、壁は白く塗られ、時間の経過で少しひび割れている。だがそれがまた、店の静けさと温もりを引き立てていた。

猫のレオンは、その店の常連だった。グレーのスーツに細いネイビーのネクタイ。春の海風に毛並みがふわりと揺れ、革のブリーフケースを片手に、軽やかに木の階段を上る。階段の両脇には、島の花々――ハマナスやツワブキが自然なまま咲いていた。

扉を押すと、小さな鈴がチリンと鳴る。潮の香りと、焙煎した豆の香ばしさがほんのりと混ざって、鼻腔をくすぐった。店内は、海を背にした大きな窓が特徴的で、午後の光がレースのカーテン越しに柔らかく差し込んでいた。

床は白く塗装された杉板で、ところどころに木目が透けて見える。壁には島の古い写真が無造作に並べられていて、その横に飾られている陶器や手編みのカゴは、地元の作家によるものだという。椅子とテーブルはすべて違うデザインだが、色調は統一されていて、木の温もりと海辺の風景に溶け込んでいた。

レオンが選んだのは、背もたれがゆるやかにカーブしたアッシュ材のアームチェア。クッションは生成りのリネンで、触れると涼やかだった。テーブルはアイアンの脚に、厚みのあるチーク材の天板が乗せられている。端の丸みが手仕事の跡を感じさせ、爪で軽く叩くとコツンとやわらかな音が返ってきた。

ほどなくして、ランチが運ばれてくる。料理は、地元の陶芸家が焼いたグレイッシュブルーの皿に盛られていた。釉薬の濃淡が海の深さを思わせる。レオンはナイフとフォークを手に取り、ひと口目を静かに運ぶ。

味は、やさしく、けれど芯があった。表面はカリッと香ばしく、中はほろりと崩れるようにやわらかい。素材の持つ塩気と甘みが絶妙なバランスで、舌に残る余韻は、まるで波のようにじんわりと広がっていく。島の風土をそのまま味にしたような、そんな一皿だった。

窓の外では、ウグイスが短く鳴いた。店内にはレコードのジャズがかすかに流れている。バド・パウエルのピアノが、春の午後をとろけるように包んでいた。

レオンはナプキンを膝に戻し、ゆっくりとコーヒーを口に運ぶ。カップはぽってりと厚みのある白磁で、持ち手は手のひらにしっくりと馴染む。一口すすると、深い苦味のあとに、どこか潮風を思わせるミネラル感がふわりと抜けた。

「また、来よう。」

誰にも聞かれないように、レオンは小さく呟いた。時計を見ると、まだ午後の早い時間。ブリーフケースを持ち直し、彼はまた坂道を下りていく。

森の中に消えゆくスーツの猫の後ろ姿を、店の窓がそっと見送っていた。
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