素材採取家の異世界旅行記

木乃子増緒

文字の大きさ
表紙へ
260 / 295
17巻

17-3

しおりを挟む
「ピュピュ? ピュー」
「ギルド外の依頼を持ち込む場合があるからな。屋敷に来る依頼は基本的に無視して良いとは言われているけど、もしかしたら緊急を要する素材を欲しがっているかもしれないからさ」

 屋敷に行くのは転移門ゲートを使うためでもあるが、蒼黒の団へ依頼をする人がひっきりなしに屋敷を訪れているため、その依頼もひと通り把握はあくしておかなければならないのだ。
 基本的には冒険者ギルドを通さなければ蒼黒の団は依頼を受けないのだが、冒険者ギルドを通さないで無理難題を言う貴族やら豪商やらがいる。そういったのは放置していたら後々面倒なことになるので一応確認しておかなければならない。
 いつもはグランツ卿が後見人を務めている商会の人が対応してくれているのだが、いかんせん今はトルミ特区の建設にかかりっきりになっており、そのうえ有翼人たちとの交易も任せてしまったため多忙を極めているのだ。
 俺もそこそこ忙しい身の上ではあるが、こんにゃくの調理法を伝えるのは俺が適任ということで王都へのお使いを任された。ビーのご機嫌取りとも言う。
 屋敷に届いた依頼書やら手紙やらは管理人ご夫婦が開封せずに保管しているので、俺はそれを受け取って全てグランツ卿へと渡す。緊急性のあるものとそうでないもの、俺たちは絶対に受けないだろう依頼を精査してくれるのだ。
 依頼の中には国にとって旨味うまみのあるもの、グランツ卿の手札となるものなどが交じっている。そういうものはグランツ卿が改めて冒険者ギルドに任せ、冒険者ギルドが更に精査して俺たちに依頼する手筈てはずとなっている。
 屋敷を直接訪ねた人の依頼は一度も受けたことはないけども。

「ピュピュピー?」
「ちょっと食いすぎじゃないか? 夕飯が食べられなくて泣いても知らないぞ」
「ピュピュッピュピー!」
「いや、端から端まで屋台の料理買わせて全部食って、それでもまだ欲しいなんて」
「ピュピィ……?」
「反則だぞお前! そんな可愛い顔して! ぐるぐるソーセージで最後にしなさい!」
「ピュイ!」

 そんな他愛のない会話をしながら歩いていると、やっとこさ蒼黒の団の屋敷の門前にたどり着いた。
 四方を巨大な壁――もうこれ城壁って言っちゃうよ――に囲まれているため、なるほどこれは馬車で移動したほうが早いなと思う。歩いても歩いても壁だった。
 うーん。
 相変わらず立派すぎる屋敷。いや、城。
 王都の王城はこの屋敷の数百倍はあるのだけど、それでもトルミ村のあるルセウヴァッハ領の領主であるベルミナントの城よりでっかいのは気が引けてしまう。
 ベルミナントは蒼黒の団はこの城に見合うだけの働きをしているのだからと笑っていたが、グランツ卿が気軽に息抜きするための別宅として利用していることを俺は知っている。
 しかも、グランツ卿の屋敷と王城と蒼黒の団の屋敷は地下で繋がっていて、時々国王陛下が執政のパリュライ侯爵を連れてお忍びというか公務の息抜きというか、要はさぼりのためにこの屋敷を利用しているのも知っている。陛下何やってんだろうね。
 西の大陸エポルナ・ルトにある大帝国ストルファスで竜騎士ドラゴンナイトをやっていたクレイすら、この屋敷は国王陛下が滞在するにふさわしい造りをしていると言っていた。実際に陛下が隠れて来ているらしいからさ。陛下何やってんだろうね。本当に何してくれてんだろうね。
 蒼黒の団の所有物なのだから蒼黒の団のお財布から管理費を出しますよと言ったのだが、グランツ卿ではなく国王陛下が首を縦に振ってくれなかった。
 話を聞けば蒼黒の団予算というのが組まれ、多少なりとも蒼黒の団に恩を返すための出金はその予算から出ていると。
 そんな予算組むなとクレイは怒った。だがしかし、この予算にトルミ特区建設費用も盛り込まれているため、今更なくすことはできぬふふんとグランツ卿に言われてしまえば黙るしかない。

「こんちはー」
「ピューィー」

 屋敷の門に直立不動で警戒中の騎士三人に声をかけると、三人は一斉に俺に向かって敬礼をしてくれた。

「お待ち申し上げておりました、タケル殿!」
「ただいま屋敷に伝令を放ちます、このまま少々お待ちいただけますか!」
「こんにちは。こっち二人は新人だから硬いけど、気にしないでね」
「ピュピュ」
「うんうん、ビーちゃんもこんにちは~」

 騎士三人のうち、気さくに話しかけてくれるのは第三騎士団第一竜騎士飛竜隊、通称サンイチ所属だった元竜騎士。
 治癒術を得意としており、竜騎士兼治癒士として活躍していた犬獣人のエーレンフリート氏。
 六十七歳って言っているけど、見た目はとても若々しいドーベルマン顔。いかつくて怖そうだが、気さくなおじさんだ。
 サンイチはとっくに退任していたが、暇すぎて冒険者として名を馳せていたところをサンイチの大隊指揮官マルス大佐が屋敷の門番に推薦してくれた。
 屋敷の門番は屋敷に常駐してくれていて、屋敷の別邸にある管理者やそのほか屋敷に住み込みで働いている人たちの住居に家族ごと住んでいる。
 エーレンフリート氏の娘さんは王城の何番目かのお姫様の専属侍女。息子さんは第四大盾おおだて部隊に所属している騎士だ。奥さんは蒼黒の団の屋敷の筆頭侍女を務めてくれている。公務員一家ということかな。

「フリートさん、御無沙汰ごぶさたをしていました」

 俺が頭を下げると、エーレンフリート氏は満面の笑みを返してくれる。

「なんのなんの、蒼黒の団があっちこっちで活躍している話は聞いているよ。閣下の『噂話』やひかりの君の『愚痴ぐち』なんかをそれとなくね」
「あはは……」

 どんな噂をしているんだ。
 光の君っていうのは国王陛下をお呼びする時の隠語。陛下の愚痴って何だろう。有翼人たちを紹介した時は目ん玉かっぴろげて驚いていたけども、あれは俺の責任じゃない。僧兵ファドラがクレイ並みにでっかいから驚くのはわかる。
 国の歴史書や神話書に描かれている有翼人は、どれもエルフのように綺麗な見目で華奢きゃしゃな天使のような存在だったからな。そんな神々こうごうしい存在を想像していたら、ナイスバルクなキレキレの肉体美を誇った鳥顔のファドラだもんな。後で陛下の愚痴とやらを教えてもらおう。
 エーレンフリート氏は領地を持たない騎士爵。
 騎士は騎士と任じられた時から騎士爵という爵位を陛下からたまわる。爵位がなければ王城には入れないし、爵位がないと話すことすら許されない人も騎士団の中には在籍しているからだ。
 陛下の愚痴を聞くということは、エーレンフリート氏は陛下や執政パリュライ侯爵から相応の信頼を得ているのだろう。そうでなければ、あっちこっちで問題を起こす蒼黒の団の屋敷の門番なんて任せられないか。

「報せは届いていると思うが、新しく常駐騎士として着任した騎士だ。こっちがカルステン・ドゥールルラアン・エッヒハルド。そっちがアラステイライン・ペルトン・ワフィン。カールはエッヒハルド伯爵のところの四男で、ペルトンはアラステイライン子爵のところの次男だ」
「よろしくお願いします。蒼黒の団の素材採取家、タケルです。こっちは相棒のビー」
「ピュピュー」

 俺は頭を深く下げると、ビーも俺の真似をして頭を下げる。
 アルツェリオ王国の貴族名というのはややこしくて、名前・ミドルネーム・苗字となっているわけではない。苗字・名前・ミドルネームの順だったり、ミドルネーム・苗字・名前だったりする。ミドルネームというか、洗礼名のようなものらしい。それぞれの家が信仰する神をまつる神殿で神官に名付けられるとか。ナントカ族の古語だったり、エルフ語だったり、リザードマンは過去の偉大な英雄から名前の一部をいただくこともある。
 貴族との初対面の際は身分が下の庶民から名乗るのが礼儀。
 つまり貴族の一員である彼らに対し俺が名乗るのが先なのだが、この屋敷の住人である俺のほうが身分は上になる。身分というか立場というか、ややこしいな。
 ところでまた名前が長い。一度で覚えられない。

「ゲープハルト・タタンベル・エッヒハルドが子息、カルステン・ドゥールルラアン・エッヒハルドと申します! 自分のことはカールとお呼びください!」

 俺より背は低いが、ブロライトよりは高いであろう上背。屈強な身体つき。右手には槍を装備している。ピンと尖ったままのしましま尻尾しっぽ。あの尻尾と頭の耳を見る限り、カールは虎獣人なのだろう。人が混ざった獣人族は、耳や尻尾、体毛などにその特徴が出る。

「アラステイン・バルトラン・タタンが子息、アラステイライン・ペルトン・ワフィンと申します。私はペルトンとお呼びください」

 カールより穏やかに自己紹介をしてくれたのは、リザードマンのペルトン。ペルトンも装備は槍、と。
 槍を武器として愛用している騎士は、ほぼ元竜騎士であるクレイに憧れていると聞く。
 クレイが扱う槍術はクレイ自身が編み出したオリジナルであり、魔王ドラゴニュートに進化したクレイにしか扱えない。だがそれでもクレイの武勇にあやかって槍を武器に選ぶ騎士が多いのだ。
 クレイが竜騎士だったのは西の大陸にあるストルファス帝国でのこと。リザードマンとして初の竜騎士に選抜されたとあって当時は注目されていた。
 今はランクS冒険者であり、国王陛下から黄金竜の称号をいただいた栄誉ある冒険者チームのリーダー。子供からお年寄りまで、貴族から奴隷まで、幅広くクレイに憧れている人は多い。
 二人ともクレイに憧れている槍術使いの騎士というわけか。二十代後半くらい。俺よりも年上ではあるが、この年齢で蒼黒の団の屋敷の門番に選出されたということは、縁故だけではなく腕も確かなのだろう。
 愛称で呼ぶことを許してくれたのはありがたい。聞いた傍から家名を忘れるなんて失礼なんだけども、やはり長い名前は覚えにくい。

「カールさん、ペルトンさん、どうぞよろしく。今回はクレイ……青龍卿じゃなくて申し訳ない」

 俺が苦く笑うと、二人は顔を見合わせてから背筋を正す。
 青龍卿とは王都におけるクレイの総称。ストルファス帝国では聖竜騎士サン・ドラゴンナイトという騎士爵の中では最高位の爵位を持っているクレイ。出自が庶民なのに最高位の騎士爵まで到達した騎士は過去でも現在でもクレイのみ。
 クレイの見た目のうろこの青を青龍ともじり、尊敬を込めて騎士たちはそう呼ぶのだ。
 もっとも、クレイは聖竜騎士の爵位を賜ったのち、早々に役目を辞しストルファス帝国を後にしてアルツェリオ王国へと流れてきたらしいが。
 そんなクレイは空飛ぶ島で光るハムスターを数匹くっつけてきて、今もなおハムズはクレイの周りをふわふわと飛んでおります。

「いいえ! オールラウンダー冒険者であるタケル殿にお会いするのも楽しみにしておりました!」

 カールがうれしそうに溌溂はつらつと言った。虎尻尾がゆらゆら。獣人族の尻尾が穏やかにゆらめくのは、喜んでいる証拠。あらやだ本心? 嬉しい。

「ピュイィ」
「はい! ブラックドラゴンの幼竜であるビー殿にお会いするのも楽しみにしておりました!」
「ピュイ!」

 そうだろう嬉しいだろうと胸を張るビーが可愛い。幼竜と言われて噛みつかずに受け入れたのはめてあげよう。屋台の美味い飯をたらふく食べさせてご機嫌にしておいて良かった。

「これこれ、屋敷の主人を門前で立たせたままにするんじゃないよ。嫁さん……じゃなくて、筆頭侍女様のおなりだ」

 門の向こう、遠い遠い屋敷入り口からこちらを目指して来るのは小型の馬車。
 本来ならば馬車で門をくぐって屋敷の入り口まで行くのが通例なのだが、俺は徒歩で屋敷まで来てしまったので馬車を用意してくれたのだろう。
 いつもは転移門ゲートで来るから気付かなかったけども、門から屋敷の正面玄関までおよそ……五百メートルはあるんじゃなかろうか。うん。次からは馬車で来よう。

「フリートさん、カールさん、ペルトンさん、お疲れ様です。良かったら休憩時間に、えっと、これを食べてみてください。試作中の新作焼き菓子です」

 俺が鞄から巨大なかごを取り出すと、三人はワッと声を上げて喜んでくれた。

「タケル殿、宜しいのですか? タケル殿はそこいらの料理人に負けぬ腕をお持ちだと聞き及んでおります。無論、いただけるのであれば大切に頂戴いたします!」
「試作中ということは、まだ鮭皮亭でも扱いがないということですか? うおぉ……こりゃ友に自慢できるぞ」
「自分は甘いものが大好物なのです。嬉しいです。ありがとうございます」

 フリート、カール、ペルトンと三者三様の反応を見せてくれた。

「できればここだけで消費してください。まだ試作中なので。フリートさんのご家族と屋敷で働いてくれている皆さんには別に用意してありますので、ご遠慮なく」

 試作中の焼き菓子は、「食べたらちょっと疲労回復するマドレーヌ」だ。本来のマドレーヌよりも形は小ぶりだが、初期の風邪の症状や肩こり腰痛くらいなら沈静化する作用がある。
 本当は一つ食べれば持病も吹き飛ぶようなマドレーヌが作りたかったのだが、グランツ卿に止められた。


 ――我々の健康状態を気遣ってもらうのはありがたいことだが、治癒士や薬師くすしの仕事を奪うな。


 と、言われてしまったのだ。考えなしに作ってしまった俺は猛省。
 以来、成分を抑えて「ちょっと疲労回復」程度にしたのだ。
 この菓子は鮭皮亭でも扱ってもらう予定ではあるが、専門店を構えることをグランツ卿に推奨されている。推奨というかもう店候補はいくつか決まっており、従業員も決まっており、商品名もただの焼き菓子ではなく、「まーど・れぃぬ」という名前。グランツ卿のお仕事、早い。
 マドレーヌという言葉が上手く伝わらなかったのだが、なんだかお洒落しゃれな響きになったので良しとする。
 重厚な格子状の門がゆっくりと開くと、小ぶりだが豪奢な馬車が到着した。
 馬車を引くエグラリー産の漆黒の馬は俺の背丈よりも大きい。ばんえい競馬用の重種馬じゅうしゅばにも似ている。立派な角は黒くてピカピカ。毛艶も素晴らしい。
 馬車は小ぶりと言っても俺やクレイが乗るには、だ。
 ベルミナントの屋敷に赴いた時に乗った馬車より少し大きい。最大六人乗りらしいが、俺とクレイが乗った時点で馬車内部はキッツキツ。
 蒼黒の団専用として用意された馬車だが、俺たちは滅多にというか殆ど使わない。
 屋敷の地下にある転移門ゲートで直接屋敷に入ってしまうからな。
 だけど今日は鮭皮亭にも用事があったため、転移門ゲートは使わずに来たのだ。プニさんに新種のキノコグミ、メロンソーダ味を大量にあげたらご機嫌で空を飛んでくれました。
 メロンソーダ味ができたのは全くの謎。緑の精霊王あたりが悪戯いたずらに生えさせたのかもしれないが、味はとても美味いのでリベルアリナに感謝しておいた。
 帰りはこの馬車で王都の入り口まで送ってもらう予定。そこらへんを飛んでいるプニさんを王都屋台の料理で引き寄せ、再び背に乗せてもらってトルミ村まで帰るのだ。

「タケル様、お帰りなさいませ」

 馬車の御者台から降りてきたのは、黒のドレスに水色のエプロンをまとった侍女。
 門番であるフリートさんの奥方であり、蒼黒の団の屋敷の筆頭侍女であるアレンカさんだ。
 屋敷に常駐している侍女六人のリーダーでもあるアレンカさんは、黒縁の丸い眼鏡が特徴の厳しい女性。
 厳しいと言っても人に対してではなく、自分に対して。
 完璧主義者というわけではないが、少々潔癖なところがある。仕事に対してとても真面目。

「アレンカさん、こんにちは。依頼書や手紙なんかを回収しに来ました」
「ピュ」

 ビーと揃ってアレンカさんに頭を下げると、アレンカさんは眼鏡のふちをくいっと指で上げ。

「使いを寄越してくだされば冒険者ギルド経由でお届けしましたものを。わざわざ足をお運びさせてしまいまして申し訳ありません」
「あ、いや、そんな深く頭を下げないで。俺が来たかっただけだから。ビーも屋台でたくさん料理を食べられたことだし」
「ピュイピュー」
「お気遣いありがとうございます。至らぬわたくしは本日より三日、罰として食事を抜きにして……」
「三食しっかり食べましょう! 食べないのは駄目、絶対! さっ、行きますよ! 皆さんお疲れ様です! 失礼します!」

 深々と頭を下げてしまったアレンカさんを促し、門番の騎士三人に早々に別れを告げて馬車の中に飛び乗る。
 アレンカさんの何が至らないのか貴族でない俺はわからないし、暗黙のルールとやらもわからない。罰で食事抜きとかあるの? 信じられない。俺にとっても最悪の罰になるじゃないか。

「あああ、もうちょっと気楽に仕事をしてくれたらありがたいのに。俺相手にあんなにかしこまられるのは困るよ」
「ピュピュピュピュ」
「笑うなって。トルミ村を田舎だと言うのなら、俺は田舎者がいい。畏まった会話は疲れるだろう?」
「ピューピュィピュー? ピュピュピュ」

 ビーがそれもそうだと笑うと、俺も笑ってしまった。


 + + + + +


 蒼黒の団はアルツェリオ王国の国王陛下より黄金竜の称号を得た冒険者チームであり、大公閣下の後ろ盾とエルフ族とドワーフ族とユグル族と……ともかく、様々な種族のおさたる尊いお血筋の方々から信頼されているまれな存在だ。
 リーダーのクレイストンのほか、団員その1である双短剣使いのハイエルフ族のヴェルヴァレータブロライトもランクSの冒険者。
 この時点でランクS冒険者を二人も抱えている冒険者チームは他になく、マデウス全土にあるギルド支部において、ベルカイムの「エウロパ」に所属する蒼黒の団だけ。
 そして団員その2は滅多に前衛職には就かない小人族である、ランクBのスッス。
 小人族は身軽な身体を生かして斥候せっこうやら追跡、他雑務をするものなのだが、蒼黒の団のスッスはビーと競いながら前線に突っ込む忍者。料理の腕も抜群。気遣いは蒼黒の団の中でも随一で、かゆい所を痒いと言う前にいてくれるような、そんなとてつもなくありがたい存在。
 団員その3であるビーは言わずもがなのアイドル、ビーちゃん。
 世間ではブラック・ドラゴンの幼竜だと思われているが、そもそもドラゴンのが人に懐くのが珍しいこと。
 竜騎士を目指す者は幼少期から徹底した訓練と竜に対する知識を学ぶ。
 そういった学習環境が整った場所で学ぶにはある程度の金銭が必要になり、アルツェリオ王国では奨学金制度はない。支援制度もない。故に、ふところが潤っている家の子が必然的に竜騎士へと挑戦できるのだ。
 それなのにビーは俺という庶民の素材採取家に懐いているもんだから、どうやって懐かせたのか教えろという手紙が多方面から届いている。
 蒼黒の団が王都の貴族街の一等地に屋敷を構えた今でも、その手紙が止まることはない。
 グランツ卿曰く。
 どれだけ阿呆な内容をしたためた手紙でも受け付けろ、阿呆が手紙によってあぶり出されれば僥倖ぎょうこう――などと本人は腹黒く微笑んでいた。

「これはーこっち、これはー……ファウゼリウスの根っこなら在庫がいくつかあったな。面倒がらずにギルドに頼んでくれよ。仲介手数料をケチるな。ええと、それじゃあギルドへ」
「ピュ」
「これはー? クレイは生涯亡くなった奥さん一筋です。どっかの誰かさんの十五歳の娘さんとお見合いなんてさせません。はい、グランツ卿宛て」
「ピュ」
「これ……も。今は恋人も婚約者も必要ありません。俺はやりたいことややらなきゃならないことが盛りだくさんだからな。そんなわけで、まあ、いらない箱に入れてくれ」
「ピュ」

 中央執務室と名付けられた屋敷内でもひときわ大きな執務室には、窓辺に大きな黒檀こくたんの執務机が一つ。
 この執務机はたまにグランツ卿や国王陛下や執政官パリュライ侯爵が使うこともある。
 ある日、引き出しに入れていた保管袋に入った蜂蜜飴玉を食べようと開けたらば、国王陛下の印鑑である玉璽ぎょくじがゴロリと転がっていたのには悲鳴をあげた。
 玉璽は国王陛下のみが扱える特別な印鑑。この玉璽自体が魔道具であり、陛下本人の魔力がなければ印を押せない仕組みになっている。
 チェスの駒か何かだと思って無造作に掴んじゃったんだからな。あんな貴重なもの、陛下の執務室に厳重に保管しておかにゃならんものなのに、なんで何の鍵もかかっていない机の引き出しに転がしておくかね。
 それだけ陛下たちが俺たちを信用してくれているからだろうけども、信用しすぎて警戒心のかけらもくすのはやめてほんとにもう。
 そりゃあ、この屋敷には俺とユグル族が精魂込めて作った結界魔道具があちこちに設置してある。だからといって万が一もあり得るかもしれないから、大いに気を付けてもらいたい。
 そんな机にふさわしいひじ掛け付きのふかふか座布団付きの椅子に座り、山盛りになった手紙を仕分けするのが屋敷を訪れた時の仕事。
 と、言ってもこの屋敷の中央執務室に入るのは蒼黒の団でも俺とビーだけだ。
 クレイは書類仕事は苦手というか嫌いというか、事務仕事全般を俺に全て任せている。
 ブロライトはそもそもグラン・リオ・エルフ族の王族であり、アルツェリオ王国の民ではない。王国の政治に関わらせたくないので、貴族らの面倒な手紙は読ませないようにしている。
 スッスはアルツェリオ王国の冒険者ギルドの職員として籍を置いているため、ギルド贔屓びいきにならないよう蒼黒の団宛ての手紙や依頼書の選別には自ら関わらないようにしている。
 普段はグランツ卿がふらりと屋敷を訪れ、手紙を簡単に仕分けしておいてくれているのだが、そのグランツ卿はご夫人と執事と数名の侍女侍従を引き連れてトルミ村に長期滞在中。トルミ特区の進捗しんちょくを監督するのと、単に村の居心地がことのほか気に入ったから。
 グランツ卿には様々な面でお世話になっているので、たまには俺が手紙の選別をしなければならない。

しおりを挟む
表紙へ

あなたにおすすめの小説

家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜

奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。 パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。 健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

母は何処? 父はだぁれ?

穂村満月
ファンタジー
うちは、父3人母2人妹1人の7人家族だ。 産みの母は誰だかわかるが、実父は誰だかわからない。 妹も、実妹なのか不明だ。 そんなよくわからない家族の中で暮らしていたが、ある日突然、実母がいなくなってしまった。 父たちに聞いても、母のことを教えてはくれない。 母は、どこへ行ってしまったんだろう! というところからスタートする、 さて、実父は誰でしょう? というクイズ小説です。 変な家族に揉まれて、主人公が成長する物語でもなく、 家族とのふれあいを描くヒューマンドラマでもありません。 意味のわからない展開から、誰の子なのか想像してもらえたらいいなぁ、と思っております。 前作「死んでないのに異世界転生? 三重苦だけど頑張ります」の完結記念ssの「誰の子産むの?」のアンサーストーリーになります。 もう伏線は回収しきっているので、変なことは起きても謎は何もありません。 単体でも楽しめるように書けたらいいな、と思っておりますが、前作の設定とキャラクターが意味不明すぎて、説明するのが難しすぎました。嫁の夫をお父さんお母さん呼びするのを諦めたり、いろんな変更を行っております。設定全ては持ってこれないことを先にお詫びします。 また、先にこちらを読むと、1話目から前作のネタバレが大量に飛び出すことも、お詫び致します。 「小説家になろう」で連載していたものです。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~

北条新九郎
ファンタジー
 三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。  父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。  ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。  彼の職業は………………ただの門番である。  そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。  お気に入り・感想、宜しくお願いします。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。