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17巻
17-3
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「ピュピュ? ピュー」
「ギルド外の依頼を持ち込む場合があるからな。屋敷に来る依頼は基本的に無視して良いとは言われているけど、もしかしたら緊急を要する素材を欲しがっているかもしれないからさ」
屋敷に行くのは転移門を使うためでもあるが、蒼黒の団へ依頼をする人がひっきりなしに屋敷を訪れているため、その依頼もひと通り把握しておかなければならないのだ。
基本的には冒険者ギルドを通さなければ蒼黒の団は依頼を受けないのだが、冒険者ギルドを通さないで無理難題を言う貴族やら豪商やらがいる。そういったのは放置していたら後々面倒なことになるので一応確認しておかなければならない。
いつもはグランツ卿が後見人を務めている商会の人が対応してくれているのだが、いかんせん今はトルミ特区の建設にかかりっきりになっており、そのうえ有翼人たちとの交易も任せてしまったため多忙を極めているのだ。
俺もそこそこ忙しい身の上ではあるが、こんにゃくの調理法を伝えるのは俺が適任ということで王都へのお使いを任された。ビーのご機嫌取りとも言う。
屋敷に届いた依頼書やら手紙やらは管理人ご夫婦が開封せずに保管しているので、俺はそれを受け取って全てグランツ卿へと渡す。緊急性のあるものとそうでないもの、俺たちは絶対に受けないだろう依頼を精査してくれるのだ。
依頼の中には国にとって旨味のあるもの、グランツ卿の手札となるものなどが交じっている。そういうものはグランツ卿が改めて冒険者ギルドに任せ、冒険者ギルドが更に精査して俺たちに依頼する手筈となっている。
屋敷を直接訪ねた人の依頼は一度も受けたことはないけども。
「ピュピュピー?」
「ちょっと食いすぎじゃないか? 夕飯が食べられなくて泣いても知らないぞ」
「ピュピュッピュピー!」
「いや、端から端まで屋台の料理買わせて全部食って、それでもまだ欲しいなんて」
「ピュピィ……?」
「反則だぞお前! そんな可愛い顔して! ぐるぐるソーセージで最後にしなさい!」
「ピュイ!」
そんな他愛のない会話をしながら歩いていると、やっとこさ蒼黒の団の屋敷の門前にたどり着いた。
四方を巨大な壁――もうこれ城壁って言っちゃうよ――に囲まれているため、なるほどこれは馬車で移動したほうが早いなと思う。歩いても歩いても壁だった。
うーん。
相変わらず立派すぎる屋敷。いや、城。
王都の王城はこの屋敷の数百倍はあるのだけど、それでもトルミ村のあるルセウヴァッハ領の領主であるベルミナントの城よりでっかいのは気が引けてしまう。
ベルミナントは蒼黒の団はこの城に見合うだけの働きをしているのだからと笑っていたが、グランツ卿が気軽に息抜きするための別宅として利用していることを俺は知っている。
しかも、グランツ卿の屋敷と王城と蒼黒の団の屋敷は地下で繋がっていて、時々国王陛下が執政のパリュライ侯爵を連れてお忍びというか公務の息抜きというか、要はさぼりのためにこの屋敷を利用しているのも知っている。陛下何やってんだろうね。
西の大陸エポルナ・ルトにある大帝国ストルファスで竜騎士をやっていたクレイすら、この屋敷は国王陛下が滞在するにふさわしい造りをしていると言っていた。実際に陛下が隠れて来ているらしいからさ。陛下何やってんだろうね。本当に何してくれてんだろうね。
蒼黒の団の所有物なのだから蒼黒の団のお財布から管理費を出しますよと言ったのだが、グランツ卿ではなく国王陛下が首を縦に振ってくれなかった。
話を聞けば蒼黒の団予算というのが組まれ、多少なりとも蒼黒の団に恩を返すための出金はその予算から出ていると。
そんな予算組むなとクレイは怒った。だがしかし、この予算にトルミ特区建設費用も盛り込まれているため、今更なくすことはできぬふふんとグランツ卿に言われてしまえば黙るしかない。
「こんちはー」
「ピューィー」
屋敷の門に直立不動で警戒中の騎士三人に声をかけると、三人は一斉に俺に向かって敬礼をしてくれた。
「お待ち申し上げておりました、タケル殿!」
「ただいま屋敷に伝令を放ちます、このまま少々お待ちいただけますか!」
「こんにちは。こっち二人は新人だから硬いけど、気にしないでね」
「ピュピュ」
「うんうん、ビーちゃんもこんにちは~」
騎士三人のうち、気さくに話しかけてくれるのは第三騎士団第一竜騎士飛竜隊、通称サンイチ所属だった元竜騎士。
治癒術を得意としており、竜騎士兼治癒士として活躍していた犬獣人のエーレンフリート氏。
六十七歳って言っているけど、見た目はとても若々しいドーベルマン顔。いかつくて怖そうだが、気さくなおじさんだ。
サンイチはとっくに退任していたが、暇すぎて冒険者として名を馳せていたところをサンイチの大隊指揮官マルス大佐が屋敷の門番に推薦してくれた。
屋敷の門番は屋敷に常駐してくれていて、屋敷の別邸にある管理者やそのほか屋敷に住み込みで働いている人たちの住居に家族ごと住んでいる。
エーレンフリート氏の娘さんは王城の何番目かのお姫様の専属侍女。息子さんは第四大盾部隊に所属している騎士だ。奥さんは蒼黒の団の屋敷の筆頭侍女を務めてくれている。公務員一家ということかな。
「フリートさん、御無沙汰をしていました」
俺が頭を下げると、エーレンフリート氏は満面の笑みを返してくれる。
「なんのなんの、蒼黒の団があっちこっちで活躍している話は聞いているよ。閣下の『噂話』や光の君の『愚痴』なんかをそれとなくね」
「あはは……」
どんな噂をしているんだ。
光の君っていうのは国王陛下をお呼びする時の隠語。陛下の愚痴って何だろう。有翼人たちを紹介した時は目ん玉かっぴろげて驚いていたけども、あれは俺の責任じゃない。僧兵ファドラがクレイ並みにでっかいから驚くのはわかる。
国の歴史書や神話書に描かれている有翼人は、どれもエルフのように綺麗な見目で華奢な天使のような存在だったからな。そんな神々しい存在を想像していたら、ナイスバルクなキレキレの肉体美を誇った鳥顔のファドラだもんな。後で陛下の愚痴とやらを教えてもらおう。
エーレンフリート氏は領地を持たない騎士爵。
騎士は騎士と任じられた時から騎士爵という爵位を陛下から賜る。爵位がなければ王城には入れないし、爵位がないと話すことすら許されない人も騎士団の中には在籍しているからだ。
陛下の愚痴を聞くということは、エーレンフリート氏は陛下や執政パリュライ侯爵から相応の信頼を得ているのだろう。そうでなければ、あっちこっちで問題を起こす蒼黒の団の屋敷の門番なんて任せられないか。
「報せは届いていると思うが、新しく常駐騎士として着任した騎士だ。こっちがカルステン・ドゥールルラアン・エッヒハルド。そっちがアラステイライン・ペルトン・ワフィン。カールはエッヒハルド伯爵のところの四男で、ペルトンはアラステイライン子爵のところの次男だ」
「よろしくお願いします。蒼黒の団の素材採取家、タケルです。こっちは相棒のビー」
「ピュピュー」
俺は頭を深く下げると、ビーも俺の真似をして頭を下げる。
アルツェリオ王国の貴族名というのはややこしくて、名前・ミドルネーム・苗字となっているわけではない。苗字・名前・ミドルネームの順だったり、ミドルネーム・苗字・名前だったりする。ミドルネームというか、洗礼名のようなものらしい。それぞれの家が信仰する神を祀る神殿で神官に名付けられるとか。ナントカ族の古語だったり、エルフ語だったり、リザードマンは過去の偉大な英雄から名前の一部をいただくこともある。
貴族との初対面の際は身分が下の庶民から名乗るのが礼儀。
つまり貴族の一員である彼らに対し俺が名乗るのが先なのだが、この屋敷の住人である俺のほうが身分は上になる。身分というか立場というか、ややこしいな。
ところでまた名前が長い。一度で覚えられない。
「ゲープハルト・タタンベル・エッヒハルドが子息、カルステン・ドゥールルラアン・エッヒハルドと申します! 自分のことはカールとお呼びください!」
俺より背は低いが、ブロライトよりは高いであろう上背。屈強な身体つき。右手には槍を装備している。ピンと尖ったままのしましま尻尾。あの尻尾と頭の耳を見る限り、カールは虎獣人なのだろう。人が混ざった獣人族は、耳や尻尾、体毛などにその特徴が出る。
「アラステイン・バルトラン・タタンが子息、アラステイライン・ペルトン・ワフィンと申します。私はペルトンとお呼びください」
カールより穏やかに自己紹介をしてくれたのは、リザードマンのペルトン。ペルトンも装備は槍、と。
槍を武器として愛用している騎士は、ほぼ元竜騎士であるクレイに憧れていると聞く。
クレイが扱う槍術はクレイ自身が編み出したオリジナルであり、魔王ドラゴニュートに進化したクレイにしか扱えない。だがそれでもクレイの武勇にあやかって槍を武器に選ぶ騎士が多いのだ。
クレイが竜騎士だったのは西の大陸にあるストルファス帝国でのこと。リザードマンとして初の竜騎士に選抜されたとあって当時は注目されていた。
今はランクS冒険者であり、国王陛下から黄金竜の称号をいただいた栄誉ある冒険者チームのリーダー。子供からお年寄りまで、貴族から奴隷まで、幅広くクレイに憧れている人は多い。
二人ともクレイに憧れている槍術使いの騎士というわけか。二十代後半くらい。俺よりも年上ではあるが、この年齢で蒼黒の団の屋敷の門番に選出されたということは、縁故だけではなく腕も確かなのだろう。
愛称で呼ぶことを許してくれたのはありがたい。聞いた傍から家名を忘れるなんて失礼なんだけども、やはり長い名前は覚えにくい。
「カールさん、ペルトンさん、どうぞよろしく。今回はクレイ……青龍卿じゃなくて申し訳ない」
俺が苦く笑うと、二人は顔を見合わせてから背筋を正す。
青龍卿とは王都におけるクレイの総称。ストルファス帝国では聖竜騎士という騎士爵の中では最高位の爵位を持っているクレイ。出自が庶民なのに最高位の騎士爵まで到達した騎士は過去でも現在でもクレイのみ。
クレイの見た目の鱗の青を青龍と捩り、尊敬を込めて騎士たちはそう呼ぶのだ。
もっとも、クレイは聖竜騎士の爵位を賜ったのち、早々に役目を辞しストルファス帝国を後にしてアルツェリオ王国へと流れてきたらしいが。
そんなクレイは空飛ぶ島で光るハムスターを数匹くっつけてきて、今もなおハムズはクレイの周りをふわふわと飛んでおります。
「いいえ! オールラウンダー冒険者であるタケル殿にお会いするのも楽しみにしておりました!」
カールが嬉しそうに溌溂と言った。虎尻尾がゆらゆら。獣人族の尻尾が穏やかにゆらめくのは、喜んでいる証拠。あらやだ本心? 嬉しい。
「ピュイィ」
「はい! ブラックドラゴンの幼竜であるビー殿にお会いするのも楽しみにしておりました!」
「ピュイ!」
そうだろう嬉しいだろうと胸を張るビーが可愛い。幼竜と言われて噛みつかずに受け入れたのは褒めてあげよう。屋台の美味い飯をたらふく食べさせてご機嫌にしておいて良かった。
「これこれ、屋敷の主人を門前で立たせたままにするんじゃないよ。嫁さん……じゃなくて、筆頭侍女様のおなりだ」
門の向こう、遠い遠い屋敷入り口からこちらを目指して来るのは小型の馬車。
本来ならば馬車で門をくぐって屋敷の入り口まで行くのが通例なのだが、俺は徒歩で屋敷まで来てしまったので馬車を用意してくれたのだろう。
いつもは転移門で来るから気付かなかったけども、門から屋敷の正面玄関までおよそ……五百メートルはあるんじゃなかろうか。うん。次からは馬車で来よう。
「フリートさん、カールさん、ペルトンさん、お疲れ様です。良かったら休憩時間に、えっと、これを食べてみてください。試作中の新作焼き菓子です」
俺が鞄から巨大な籠を取り出すと、三人はワッと声を上げて喜んでくれた。
「タケル殿、宜しいのですか? タケル殿はそこいらの料理人に負けぬ腕をお持ちだと聞き及んでおります。無論、いただけるのであれば大切に頂戴いたします!」
「試作中ということは、まだ鮭皮亭でも扱いがないということですか? うおぉ……こりゃ友に自慢できるぞ」
「自分は甘いものが大好物なのです。嬉しいです。ありがとうございます」
フリート、カール、ペルトンと三者三様の反応を見せてくれた。
「できればここだけで消費してください。まだ試作中なので。フリートさんのご家族と屋敷で働いてくれている皆さんには別に用意してありますので、ご遠慮なく」
試作中の焼き菓子は、「食べたらちょっと疲労回復するマドレーヌ」だ。本来のマドレーヌよりも形は小ぶりだが、初期の風邪の症状や肩こり腰痛くらいなら沈静化する作用がある。
本当は一つ食べれば持病も吹き飛ぶようなマドレーヌが作りたかったのだが、グランツ卿に止められた。
――我々の健康状態を気遣ってもらうのはありがたいことだが、治癒士や薬師の仕事を奪うな。
と、言われてしまったのだ。考えなしに作ってしまった俺は猛省。
以来、成分を抑えて「ちょっと疲労回復」程度にしたのだ。
この菓子は鮭皮亭でも扱ってもらう予定ではあるが、専門店を構えることをグランツ卿に推奨されている。推奨というかもう店候補はいくつか決まっており、従業員も決まっており、商品名もただの焼き菓子ではなく、「まーど・れぃぬ」という名前。グランツ卿のお仕事、早い。
マドレーヌという言葉が上手く伝わらなかったのだが、なんだかお洒落な響きになったので良しとする。
重厚な格子状の門がゆっくりと開くと、小ぶりだが豪奢な馬車が到着した。
馬車を引くエグラリー産の漆黒の馬は俺の背丈よりも大きい。ばんえい競馬用の重種馬にも似ている。立派な角は黒くてピカピカ。毛艶も素晴らしい。
馬車は小ぶりと言っても俺やクレイが乗るには、だ。
ベルミナントの屋敷に赴いた時に乗った馬車より少し大きい。最大六人乗りらしいが、俺とクレイが乗った時点で馬車内部はキッツキツ。
蒼黒の団専用として用意された馬車だが、俺たちは滅多にというか殆ど使わない。
屋敷の地下にある転移門で直接屋敷に入ってしまうからな。
だけど今日は鮭皮亭にも用事があったため、転移門は使わずに来たのだ。プニさんに新種のキノコグミ、メロンソーダ味を大量にあげたらご機嫌で空を飛んでくれました。
メロンソーダ味ができたのは全くの謎。緑の精霊王あたりが悪戯に生えさせたのかもしれないが、味はとても美味いのでリベルアリナに感謝しておいた。
帰りはこの馬車で王都の入り口まで送ってもらう予定。そこらへんを飛んでいるプニさんを王都屋台の料理で引き寄せ、再び背に乗せてもらってトルミ村まで帰るのだ。
「タケル様、お帰りなさいませ」
馬車の御者台から降りてきたのは、黒のドレスに水色のエプロンをまとった侍女。
門番であるフリートさんの奥方であり、蒼黒の団の屋敷の筆頭侍女であるアレンカさんだ。
屋敷に常駐している侍女六人のリーダーでもあるアレンカさんは、黒縁の丸い眼鏡が特徴の厳しい女性。
厳しいと言っても人に対してではなく、自分に対して。
完璧主義者というわけではないが、少々潔癖なところがある。仕事に対してとても真面目。
「アレンカさん、こんにちは。依頼書や手紙なんかを回収しに来ました」
「ピュ」
ビーと揃ってアレンカさんに頭を下げると、アレンカさんは眼鏡のふちをくいっと指で上げ。
「使いを寄越してくだされば冒険者ギルド経由でお届けしましたものを。わざわざ足をお運びさせてしまいまして申し訳ありません」
「あ、いや、そんな深く頭を下げないで。俺が来たかっただけだから。ビーも屋台でたくさん料理を食べられたことだし」
「ピュイピュー」
「お気遣いありがとうございます。至らぬ私は本日より三日、罰として食事を抜きにして……」
「三食しっかり食べましょう! 食べないのは駄目、絶対! さっ、行きますよ! 皆さんお疲れ様です! 失礼します!」
深々と頭を下げてしまったアレンカさんを促し、門番の騎士三人に早々に別れを告げて馬車の中に飛び乗る。
アレンカさんの何が至らないのか貴族でない俺はわからないし、暗黙のルールとやらもわからない。罰で食事抜きとかあるの? 信じられない。俺にとっても最悪の罰になるじゃないか。
「あああ、もうちょっと気楽に仕事をしてくれたらありがたいのに。俺相手にあんなに畏まられるのは困るよ」
「ピュピュピュピュ」
「笑うなって。トルミ村を田舎だと言うのなら、俺は田舎者がいい。畏まった会話は疲れるだろう?」
「ピューピュィピュー? ピュピュピュ」
ビーがそれもそうだと笑うと、俺も笑ってしまった。
+ + + + +
蒼黒の団はアルツェリオ王国の国王陛下より黄金竜の称号を得た冒険者チームであり、大公閣下の後ろ盾とエルフ族とドワーフ族とユグル族と……ともかく、様々な種族の長たる尊いお血筋の方々から信頼されている稀な存在だ。
リーダーのクレイストンのほか、団員その1である双短剣使いのハイエルフ族のヴェルヴァレータブロライトもランクSの冒険者。
この時点でランクS冒険者を二人も抱えている冒険者チームは他になく、マデウス全土にあるギルド支部において、ベルカイムの「エウロパ」に所属する蒼黒の団だけ。
そして団員その2は滅多に前衛職には就かない小人族である、ランクBのスッス。
小人族は身軽な身体を生かして斥候やら追跡、他雑務をするものなのだが、蒼黒の団のスッスはビーと競いながら前線に突っ込む忍者。料理の腕も抜群。気遣いは蒼黒の団の中でも随一で、痒い所を痒いと言う前に掻いてくれるような、そんなとてつもなくありがたい存在。
団員その3であるビーは言わずもがなのアイドル、ビーちゃん。
世間ではブラック・ドラゴンの幼竜だと思われているが、そもそもドラゴンの仔が人に懐くのが珍しいこと。
竜騎士を目指す者は幼少期から徹底した訓練と竜に対する知識を学ぶ。
そういった学習環境が整った場所で学ぶにはある程度の金銭が必要になり、アルツェリオ王国では奨学金制度はない。支援制度もない。故に、懐が潤っている家の子が必然的に竜騎士へと挑戦できるのだ。
それなのにビーは俺という庶民の素材採取家に懐いているもんだから、どうやって懐かせたのか教えろという手紙が多方面から届いている。
蒼黒の団が王都の貴族街の一等地に屋敷を構えた今でも、その手紙が止まることはない。
グランツ卿曰く。
どれだけ阿呆な内容を認めた手紙でも受け付けろ、阿呆が手紙によって焙り出されれば僥倖――などと本人は腹黒く微笑んでいた。
「これはーこっち、これはー……ファウゼリウスの根っこなら在庫がいくつかあったな。面倒がらずにギルドに頼んでくれよ。仲介手数料をケチるな。ええと、それじゃあギルドへ」
「ピュ」
「これはー? クレイは生涯亡くなった奥さん一筋です。どっかの誰かさんの十五歳の娘さんとお見合いなんてさせません。はい、グランツ卿宛て」
「ピュ」
「これ……も。今は恋人も婚約者も必要ありません。俺はやりたいことややらなきゃならないことが盛りだくさんだからな。そんなわけで、まあ、いらない箱に入れてくれ」
「ピュ」
中央執務室と名付けられた屋敷内でもひときわ大きな執務室には、窓辺に大きな黒檀の執務机が一つ。
この執務机はたまにグランツ卿や国王陛下や執政官パリュライ侯爵が使うこともある。
ある日、引き出しに入れていた保管袋に入った蜂蜜飴玉を食べようと開けたらば、国王陛下の印鑑である玉璽がゴロリと転がっていたのには悲鳴をあげた。
玉璽は国王陛下のみが扱える特別な印鑑。この玉璽自体が魔道具であり、陛下本人の魔力がなければ印を押せない仕組みになっている。
チェスの駒か何かだと思って無造作に掴んじゃったんだからな。あんな貴重なもの、陛下の執務室に厳重に保管しておかにゃならんものなのに、なんで何の鍵もかかっていない机の引き出しに転がしておくかね。
それだけ陛下たちが俺たちを信用してくれているからだろうけども、信用しすぎて警戒心のかけらも失くすのはやめてほんとにもう。
そりゃあ、この屋敷には俺とユグル族が精魂込めて作った結界魔道具があちこちに設置してある。だからといって万が一もあり得るかもしれないから、大いに気を付けてもらいたい。
そんな机にふさわしいひじ掛け付きのふかふか座布団付きの椅子に座り、山盛りになった手紙を仕分けするのが屋敷を訪れた時の仕事。
と、言ってもこの屋敷の中央執務室に入るのは蒼黒の団でも俺とビーだけだ。
クレイは書類仕事は苦手というか嫌いというか、事務仕事全般を俺に全て任せている。
ブロライトはそもそもグラン・リオ・エルフ族の王族であり、アルツェリオ王国の民ではない。王国の政治に関わらせたくないので、貴族らの面倒な手紙は読ませないようにしている。
スッスはアルツェリオ王国の冒険者ギルドの職員として籍を置いているため、ギルド贔屓にならないよう蒼黒の団宛ての手紙や依頼書の選別には自ら関わらないようにしている。
普段はグランツ卿がふらりと屋敷を訪れ、手紙を簡単に仕分けしておいてくれているのだが、そのグランツ卿はご夫人と執事と数名の侍女侍従を引き連れてトルミ村に長期滞在中。トルミ特区の進捗を監督するのと、単に村の居心地がことのほか気に入ったから。
グランツ卿には様々な面でお世話になっているので、たまには俺が手紙の選別をしなければならない。
「ギルド外の依頼を持ち込む場合があるからな。屋敷に来る依頼は基本的に無視して良いとは言われているけど、もしかしたら緊急を要する素材を欲しがっているかもしれないからさ」
屋敷に行くのは転移門を使うためでもあるが、蒼黒の団へ依頼をする人がひっきりなしに屋敷を訪れているため、その依頼もひと通り把握しておかなければならないのだ。
基本的には冒険者ギルドを通さなければ蒼黒の団は依頼を受けないのだが、冒険者ギルドを通さないで無理難題を言う貴族やら豪商やらがいる。そういったのは放置していたら後々面倒なことになるので一応確認しておかなければならない。
いつもはグランツ卿が後見人を務めている商会の人が対応してくれているのだが、いかんせん今はトルミ特区の建設にかかりっきりになっており、そのうえ有翼人たちとの交易も任せてしまったため多忙を極めているのだ。
俺もそこそこ忙しい身の上ではあるが、こんにゃくの調理法を伝えるのは俺が適任ということで王都へのお使いを任された。ビーのご機嫌取りとも言う。
屋敷に届いた依頼書やら手紙やらは管理人ご夫婦が開封せずに保管しているので、俺はそれを受け取って全てグランツ卿へと渡す。緊急性のあるものとそうでないもの、俺たちは絶対に受けないだろう依頼を精査してくれるのだ。
依頼の中には国にとって旨味のあるもの、グランツ卿の手札となるものなどが交じっている。そういうものはグランツ卿が改めて冒険者ギルドに任せ、冒険者ギルドが更に精査して俺たちに依頼する手筈となっている。
屋敷を直接訪ねた人の依頼は一度も受けたことはないけども。
「ピュピュピー?」
「ちょっと食いすぎじゃないか? 夕飯が食べられなくて泣いても知らないぞ」
「ピュピュッピュピー!」
「いや、端から端まで屋台の料理買わせて全部食って、それでもまだ欲しいなんて」
「ピュピィ……?」
「反則だぞお前! そんな可愛い顔して! ぐるぐるソーセージで最後にしなさい!」
「ピュイ!」
そんな他愛のない会話をしながら歩いていると、やっとこさ蒼黒の団の屋敷の門前にたどり着いた。
四方を巨大な壁――もうこれ城壁って言っちゃうよ――に囲まれているため、なるほどこれは馬車で移動したほうが早いなと思う。歩いても歩いても壁だった。
うーん。
相変わらず立派すぎる屋敷。いや、城。
王都の王城はこの屋敷の数百倍はあるのだけど、それでもトルミ村のあるルセウヴァッハ領の領主であるベルミナントの城よりでっかいのは気が引けてしまう。
ベルミナントは蒼黒の団はこの城に見合うだけの働きをしているのだからと笑っていたが、グランツ卿が気軽に息抜きするための別宅として利用していることを俺は知っている。
しかも、グランツ卿の屋敷と王城と蒼黒の団の屋敷は地下で繋がっていて、時々国王陛下が執政のパリュライ侯爵を連れてお忍びというか公務の息抜きというか、要はさぼりのためにこの屋敷を利用しているのも知っている。陛下何やってんだろうね。
西の大陸エポルナ・ルトにある大帝国ストルファスで竜騎士をやっていたクレイすら、この屋敷は国王陛下が滞在するにふさわしい造りをしていると言っていた。実際に陛下が隠れて来ているらしいからさ。陛下何やってんだろうね。本当に何してくれてんだろうね。
蒼黒の団の所有物なのだから蒼黒の団のお財布から管理費を出しますよと言ったのだが、グランツ卿ではなく国王陛下が首を縦に振ってくれなかった。
話を聞けば蒼黒の団予算というのが組まれ、多少なりとも蒼黒の団に恩を返すための出金はその予算から出ていると。
そんな予算組むなとクレイは怒った。だがしかし、この予算にトルミ特区建設費用も盛り込まれているため、今更なくすことはできぬふふんとグランツ卿に言われてしまえば黙るしかない。
「こんちはー」
「ピューィー」
屋敷の門に直立不動で警戒中の騎士三人に声をかけると、三人は一斉に俺に向かって敬礼をしてくれた。
「お待ち申し上げておりました、タケル殿!」
「ただいま屋敷に伝令を放ちます、このまま少々お待ちいただけますか!」
「こんにちは。こっち二人は新人だから硬いけど、気にしないでね」
「ピュピュ」
「うんうん、ビーちゃんもこんにちは~」
騎士三人のうち、気さくに話しかけてくれるのは第三騎士団第一竜騎士飛竜隊、通称サンイチ所属だった元竜騎士。
治癒術を得意としており、竜騎士兼治癒士として活躍していた犬獣人のエーレンフリート氏。
六十七歳って言っているけど、見た目はとても若々しいドーベルマン顔。いかつくて怖そうだが、気さくなおじさんだ。
サンイチはとっくに退任していたが、暇すぎて冒険者として名を馳せていたところをサンイチの大隊指揮官マルス大佐が屋敷の門番に推薦してくれた。
屋敷の門番は屋敷に常駐してくれていて、屋敷の別邸にある管理者やそのほか屋敷に住み込みで働いている人たちの住居に家族ごと住んでいる。
エーレンフリート氏の娘さんは王城の何番目かのお姫様の専属侍女。息子さんは第四大盾部隊に所属している騎士だ。奥さんは蒼黒の団の屋敷の筆頭侍女を務めてくれている。公務員一家ということかな。
「フリートさん、御無沙汰をしていました」
俺が頭を下げると、エーレンフリート氏は満面の笑みを返してくれる。
「なんのなんの、蒼黒の団があっちこっちで活躍している話は聞いているよ。閣下の『噂話』や光の君の『愚痴』なんかをそれとなくね」
「あはは……」
どんな噂をしているんだ。
光の君っていうのは国王陛下をお呼びする時の隠語。陛下の愚痴って何だろう。有翼人たちを紹介した時は目ん玉かっぴろげて驚いていたけども、あれは俺の責任じゃない。僧兵ファドラがクレイ並みにでっかいから驚くのはわかる。
国の歴史書や神話書に描かれている有翼人は、どれもエルフのように綺麗な見目で華奢な天使のような存在だったからな。そんな神々しい存在を想像していたら、ナイスバルクなキレキレの肉体美を誇った鳥顔のファドラだもんな。後で陛下の愚痴とやらを教えてもらおう。
エーレンフリート氏は領地を持たない騎士爵。
騎士は騎士と任じられた時から騎士爵という爵位を陛下から賜る。爵位がなければ王城には入れないし、爵位がないと話すことすら許されない人も騎士団の中には在籍しているからだ。
陛下の愚痴を聞くということは、エーレンフリート氏は陛下や執政パリュライ侯爵から相応の信頼を得ているのだろう。そうでなければ、あっちこっちで問題を起こす蒼黒の団の屋敷の門番なんて任せられないか。
「報せは届いていると思うが、新しく常駐騎士として着任した騎士だ。こっちがカルステン・ドゥールルラアン・エッヒハルド。そっちがアラステイライン・ペルトン・ワフィン。カールはエッヒハルド伯爵のところの四男で、ペルトンはアラステイライン子爵のところの次男だ」
「よろしくお願いします。蒼黒の団の素材採取家、タケルです。こっちは相棒のビー」
「ピュピュー」
俺は頭を深く下げると、ビーも俺の真似をして頭を下げる。
アルツェリオ王国の貴族名というのはややこしくて、名前・ミドルネーム・苗字となっているわけではない。苗字・名前・ミドルネームの順だったり、ミドルネーム・苗字・名前だったりする。ミドルネームというか、洗礼名のようなものらしい。それぞれの家が信仰する神を祀る神殿で神官に名付けられるとか。ナントカ族の古語だったり、エルフ語だったり、リザードマンは過去の偉大な英雄から名前の一部をいただくこともある。
貴族との初対面の際は身分が下の庶民から名乗るのが礼儀。
つまり貴族の一員である彼らに対し俺が名乗るのが先なのだが、この屋敷の住人である俺のほうが身分は上になる。身分というか立場というか、ややこしいな。
ところでまた名前が長い。一度で覚えられない。
「ゲープハルト・タタンベル・エッヒハルドが子息、カルステン・ドゥールルラアン・エッヒハルドと申します! 自分のことはカールとお呼びください!」
俺より背は低いが、ブロライトよりは高いであろう上背。屈強な身体つき。右手には槍を装備している。ピンと尖ったままのしましま尻尾。あの尻尾と頭の耳を見る限り、カールは虎獣人なのだろう。人が混ざった獣人族は、耳や尻尾、体毛などにその特徴が出る。
「アラステイン・バルトラン・タタンが子息、アラステイライン・ペルトン・ワフィンと申します。私はペルトンとお呼びください」
カールより穏やかに自己紹介をしてくれたのは、リザードマンのペルトン。ペルトンも装備は槍、と。
槍を武器として愛用している騎士は、ほぼ元竜騎士であるクレイに憧れていると聞く。
クレイが扱う槍術はクレイ自身が編み出したオリジナルであり、魔王ドラゴニュートに進化したクレイにしか扱えない。だがそれでもクレイの武勇にあやかって槍を武器に選ぶ騎士が多いのだ。
クレイが竜騎士だったのは西の大陸にあるストルファス帝国でのこと。リザードマンとして初の竜騎士に選抜されたとあって当時は注目されていた。
今はランクS冒険者であり、国王陛下から黄金竜の称号をいただいた栄誉ある冒険者チームのリーダー。子供からお年寄りまで、貴族から奴隷まで、幅広くクレイに憧れている人は多い。
二人ともクレイに憧れている槍術使いの騎士というわけか。二十代後半くらい。俺よりも年上ではあるが、この年齢で蒼黒の団の屋敷の門番に選出されたということは、縁故だけではなく腕も確かなのだろう。
愛称で呼ぶことを許してくれたのはありがたい。聞いた傍から家名を忘れるなんて失礼なんだけども、やはり長い名前は覚えにくい。
「カールさん、ペルトンさん、どうぞよろしく。今回はクレイ……青龍卿じゃなくて申し訳ない」
俺が苦く笑うと、二人は顔を見合わせてから背筋を正す。
青龍卿とは王都におけるクレイの総称。ストルファス帝国では聖竜騎士という騎士爵の中では最高位の爵位を持っているクレイ。出自が庶民なのに最高位の騎士爵まで到達した騎士は過去でも現在でもクレイのみ。
クレイの見た目の鱗の青を青龍と捩り、尊敬を込めて騎士たちはそう呼ぶのだ。
もっとも、クレイは聖竜騎士の爵位を賜ったのち、早々に役目を辞しストルファス帝国を後にしてアルツェリオ王国へと流れてきたらしいが。
そんなクレイは空飛ぶ島で光るハムスターを数匹くっつけてきて、今もなおハムズはクレイの周りをふわふわと飛んでおります。
「いいえ! オールラウンダー冒険者であるタケル殿にお会いするのも楽しみにしておりました!」
カールが嬉しそうに溌溂と言った。虎尻尾がゆらゆら。獣人族の尻尾が穏やかにゆらめくのは、喜んでいる証拠。あらやだ本心? 嬉しい。
「ピュイィ」
「はい! ブラックドラゴンの幼竜であるビー殿にお会いするのも楽しみにしておりました!」
「ピュイ!」
そうだろう嬉しいだろうと胸を張るビーが可愛い。幼竜と言われて噛みつかずに受け入れたのは褒めてあげよう。屋台の美味い飯をたらふく食べさせてご機嫌にしておいて良かった。
「これこれ、屋敷の主人を門前で立たせたままにするんじゃないよ。嫁さん……じゃなくて、筆頭侍女様のおなりだ」
門の向こう、遠い遠い屋敷入り口からこちらを目指して来るのは小型の馬車。
本来ならば馬車で門をくぐって屋敷の入り口まで行くのが通例なのだが、俺は徒歩で屋敷まで来てしまったので馬車を用意してくれたのだろう。
いつもは転移門で来るから気付かなかったけども、門から屋敷の正面玄関までおよそ……五百メートルはあるんじゃなかろうか。うん。次からは馬車で来よう。
「フリートさん、カールさん、ペルトンさん、お疲れ様です。良かったら休憩時間に、えっと、これを食べてみてください。試作中の新作焼き菓子です」
俺が鞄から巨大な籠を取り出すと、三人はワッと声を上げて喜んでくれた。
「タケル殿、宜しいのですか? タケル殿はそこいらの料理人に負けぬ腕をお持ちだと聞き及んでおります。無論、いただけるのであれば大切に頂戴いたします!」
「試作中ということは、まだ鮭皮亭でも扱いがないということですか? うおぉ……こりゃ友に自慢できるぞ」
「自分は甘いものが大好物なのです。嬉しいです。ありがとうございます」
フリート、カール、ペルトンと三者三様の反応を見せてくれた。
「できればここだけで消費してください。まだ試作中なので。フリートさんのご家族と屋敷で働いてくれている皆さんには別に用意してありますので、ご遠慮なく」
試作中の焼き菓子は、「食べたらちょっと疲労回復するマドレーヌ」だ。本来のマドレーヌよりも形は小ぶりだが、初期の風邪の症状や肩こり腰痛くらいなら沈静化する作用がある。
本当は一つ食べれば持病も吹き飛ぶようなマドレーヌが作りたかったのだが、グランツ卿に止められた。
――我々の健康状態を気遣ってもらうのはありがたいことだが、治癒士や薬師の仕事を奪うな。
と、言われてしまったのだ。考えなしに作ってしまった俺は猛省。
以来、成分を抑えて「ちょっと疲労回復」程度にしたのだ。
この菓子は鮭皮亭でも扱ってもらう予定ではあるが、専門店を構えることをグランツ卿に推奨されている。推奨というかもう店候補はいくつか決まっており、従業員も決まっており、商品名もただの焼き菓子ではなく、「まーど・れぃぬ」という名前。グランツ卿のお仕事、早い。
マドレーヌという言葉が上手く伝わらなかったのだが、なんだかお洒落な響きになったので良しとする。
重厚な格子状の門がゆっくりと開くと、小ぶりだが豪奢な馬車が到着した。
馬車を引くエグラリー産の漆黒の馬は俺の背丈よりも大きい。ばんえい競馬用の重種馬にも似ている。立派な角は黒くてピカピカ。毛艶も素晴らしい。
馬車は小ぶりと言っても俺やクレイが乗るには、だ。
ベルミナントの屋敷に赴いた時に乗った馬車より少し大きい。最大六人乗りらしいが、俺とクレイが乗った時点で馬車内部はキッツキツ。
蒼黒の団専用として用意された馬車だが、俺たちは滅多にというか殆ど使わない。
屋敷の地下にある転移門で直接屋敷に入ってしまうからな。
だけど今日は鮭皮亭にも用事があったため、転移門は使わずに来たのだ。プニさんに新種のキノコグミ、メロンソーダ味を大量にあげたらご機嫌で空を飛んでくれました。
メロンソーダ味ができたのは全くの謎。緑の精霊王あたりが悪戯に生えさせたのかもしれないが、味はとても美味いのでリベルアリナに感謝しておいた。
帰りはこの馬車で王都の入り口まで送ってもらう予定。そこらへんを飛んでいるプニさんを王都屋台の料理で引き寄せ、再び背に乗せてもらってトルミ村まで帰るのだ。
「タケル様、お帰りなさいませ」
馬車の御者台から降りてきたのは、黒のドレスに水色のエプロンをまとった侍女。
門番であるフリートさんの奥方であり、蒼黒の団の屋敷の筆頭侍女であるアレンカさんだ。
屋敷に常駐している侍女六人のリーダーでもあるアレンカさんは、黒縁の丸い眼鏡が特徴の厳しい女性。
厳しいと言っても人に対してではなく、自分に対して。
完璧主義者というわけではないが、少々潔癖なところがある。仕事に対してとても真面目。
「アレンカさん、こんにちは。依頼書や手紙なんかを回収しに来ました」
「ピュ」
ビーと揃ってアレンカさんに頭を下げると、アレンカさんは眼鏡のふちをくいっと指で上げ。
「使いを寄越してくだされば冒険者ギルド経由でお届けしましたものを。わざわざ足をお運びさせてしまいまして申し訳ありません」
「あ、いや、そんな深く頭を下げないで。俺が来たかっただけだから。ビーも屋台でたくさん料理を食べられたことだし」
「ピュイピュー」
「お気遣いありがとうございます。至らぬ私は本日より三日、罰として食事を抜きにして……」
「三食しっかり食べましょう! 食べないのは駄目、絶対! さっ、行きますよ! 皆さんお疲れ様です! 失礼します!」
深々と頭を下げてしまったアレンカさんを促し、門番の騎士三人に早々に別れを告げて馬車の中に飛び乗る。
アレンカさんの何が至らないのか貴族でない俺はわからないし、暗黙のルールとやらもわからない。罰で食事抜きとかあるの? 信じられない。俺にとっても最悪の罰になるじゃないか。
「あああ、もうちょっと気楽に仕事をしてくれたらありがたいのに。俺相手にあんなに畏まられるのは困るよ」
「ピュピュピュピュ」
「笑うなって。トルミ村を田舎だと言うのなら、俺は田舎者がいい。畏まった会話は疲れるだろう?」
「ピューピュィピュー? ピュピュピュ」
ビーがそれもそうだと笑うと、俺も笑ってしまった。
+ + + + +
蒼黒の団はアルツェリオ王国の国王陛下より黄金竜の称号を得た冒険者チームであり、大公閣下の後ろ盾とエルフ族とドワーフ族とユグル族と……ともかく、様々な種族の長たる尊いお血筋の方々から信頼されている稀な存在だ。
リーダーのクレイストンのほか、団員その1である双短剣使いのハイエルフ族のヴェルヴァレータブロライトもランクSの冒険者。
この時点でランクS冒険者を二人も抱えている冒険者チームは他になく、マデウス全土にあるギルド支部において、ベルカイムの「エウロパ」に所属する蒼黒の団だけ。
そして団員その2は滅多に前衛職には就かない小人族である、ランクBのスッス。
小人族は身軽な身体を生かして斥候やら追跡、他雑務をするものなのだが、蒼黒の団のスッスはビーと競いながら前線に突っ込む忍者。料理の腕も抜群。気遣いは蒼黒の団の中でも随一で、痒い所を痒いと言う前に掻いてくれるような、そんなとてつもなくありがたい存在。
団員その3であるビーは言わずもがなのアイドル、ビーちゃん。
世間ではブラック・ドラゴンの幼竜だと思われているが、そもそもドラゴンの仔が人に懐くのが珍しいこと。
竜騎士を目指す者は幼少期から徹底した訓練と竜に対する知識を学ぶ。
そういった学習環境が整った場所で学ぶにはある程度の金銭が必要になり、アルツェリオ王国では奨学金制度はない。支援制度もない。故に、懐が潤っている家の子が必然的に竜騎士へと挑戦できるのだ。
それなのにビーは俺という庶民の素材採取家に懐いているもんだから、どうやって懐かせたのか教えろという手紙が多方面から届いている。
蒼黒の団が王都の貴族街の一等地に屋敷を構えた今でも、その手紙が止まることはない。
グランツ卿曰く。
どれだけ阿呆な内容を認めた手紙でも受け付けろ、阿呆が手紙によって焙り出されれば僥倖――などと本人は腹黒く微笑んでいた。
「これはーこっち、これはー……ファウゼリウスの根っこなら在庫がいくつかあったな。面倒がらずにギルドに頼んでくれよ。仲介手数料をケチるな。ええと、それじゃあギルドへ」
「ピュ」
「これはー? クレイは生涯亡くなった奥さん一筋です。どっかの誰かさんの十五歳の娘さんとお見合いなんてさせません。はい、グランツ卿宛て」
「ピュ」
「これ……も。今は恋人も婚約者も必要ありません。俺はやりたいことややらなきゃならないことが盛りだくさんだからな。そんなわけで、まあ、いらない箱に入れてくれ」
「ピュ」
中央執務室と名付けられた屋敷内でもひときわ大きな執務室には、窓辺に大きな黒檀の執務机が一つ。
この執務机はたまにグランツ卿や国王陛下や執政官パリュライ侯爵が使うこともある。
ある日、引き出しに入れていた保管袋に入った蜂蜜飴玉を食べようと開けたらば、国王陛下の印鑑である玉璽がゴロリと転がっていたのには悲鳴をあげた。
玉璽は国王陛下のみが扱える特別な印鑑。この玉璽自体が魔道具であり、陛下本人の魔力がなければ印を押せない仕組みになっている。
チェスの駒か何かだと思って無造作に掴んじゃったんだからな。あんな貴重なもの、陛下の執務室に厳重に保管しておかにゃならんものなのに、なんで何の鍵もかかっていない机の引き出しに転がしておくかね。
それだけ陛下たちが俺たちを信用してくれているからだろうけども、信用しすぎて警戒心のかけらも失くすのはやめてほんとにもう。
そりゃあ、この屋敷には俺とユグル族が精魂込めて作った結界魔道具があちこちに設置してある。だからといって万が一もあり得るかもしれないから、大いに気を付けてもらいたい。
そんな机にふさわしいひじ掛け付きのふかふか座布団付きの椅子に座り、山盛りになった手紙を仕分けするのが屋敷を訪れた時の仕事。
と、言ってもこの屋敷の中央執務室に入るのは蒼黒の団でも俺とビーだけだ。
クレイは書類仕事は苦手というか嫌いというか、事務仕事全般を俺に全て任せている。
ブロライトはそもそもグラン・リオ・エルフ族の王族であり、アルツェリオ王国の民ではない。王国の政治に関わらせたくないので、貴族らの面倒な手紙は読ませないようにしている。
スッスはアルツェリオ王国の冒険者ギルドの職員として籍を置いているため、ギルド贔屓にならないよう蒼黒の団宛ての手紙や依頼書の選別には自ら関わらないようにしている。
普段はグランツ卿がふらりと屋敷を訪れ、手紙を簡単に仕分けしておいてくれているのだが、そのグランツ卿はご夫人と執事と数名の侍女侍従を引き連れてトルミ村に長期滞在中。トルミ特区の進捗を監督するのと、単に村の居心地がことのほか気に入ったから。
グランツ卿には様々な面でお世話になっているので、たまには俺が手紙の選別をしなければならない。
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