明媚な狐の交換魂

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 しばらく歩くとポツポツと桃燈ちょうちん型の街灯が道を照らし出し、遠くには町らしきものが見え始めた。桜はどうやら町まで続いているらしい。
「あそこです。もうすぐ着きますよ」

 そこは江戸と明治を織り混ぜたような風景と桜の木が絡み付いた幻想的な町。目の前に続く大通りは桃燈のオレンジ色の明かりで溢れ、石畳の両端にはずらりと木造の建物が並んでいる。所々から桜の木が顔を出し、桜と一体化した町の風景が視界いっぱいに広がる。
「綺麗…」
魂の吹き溜まりと言うからもっと荒れた場所だと思っていた。
「もっと暗い場所だと思ってました」
町には楽しそうに話す男女や老人の集まりが見え、町人らの笑い声が聞こえてくる。
「ここはすべてが許される町です。ここでやり直せるからこそ人々はより全うに生きられる。この都は良い人で溢れていますよ」
こちらへ、と案内されて大通りを歩くと立ちはだかるように大きな赤レンガのホテルが現れた。壁面には桜が絡み付き天辺で見事に花開いている。
「ここです」
紺は木造の両開き扉の前で立ち止まる。
「住居は別に用意してありますが今夜はここに」
紺は抑えた色合いの扉を開け爽音に入るよう促す。
 中に入ると深い赤の内装が華やかに彩っていた。大きな金の手すりの階段が両側から弧を描き二階で繋がって通路に続いているようだ。いかにも高級でどうも馴染みがない。
「凄い、こんな場所泊まったことないよ」
「ちょっと待っていてください。鍵をもらって来ます」
フロントへと歩いていく紺を視線で追いかけると、制服を着た女性が柔らかな笑みを浮かべて鍵を手渡すのが見えた。
 帰って来た紺の後ろには先程の人とはまた違う女性スタッフが一人ついていた。
「こちらはシュウナンさんです」
若い人だ。二十代くらいだろう。
「シュウナンと申します。お部屋まで案内いたします」
「あっ、えと……おっ、お願いします」
丁寧な挨拶に戸惑いながら返すとシュウナンはにこやかに笑った。
「お話はうかがっております。緊張なさらなくても大丈夫ですよ」
「ホテルでわからないことがあればシュウナンさんに聞いてください。信用のおける方です」
紺の言葉にシュウナンは恭しく礼をする。
「紺さんはどうするんですか」
「私はまだ仕事がありますので、失礼させていただきます」
そうか、いなくなっちゃうのか。
「そんなお顔をなさらずとも爽音さんが心配するようなことはなにもありませんよ。食事も用意してくれるよう頼んでいます。のんびりとくつろいでください」
お願いしますね、と紺はシュウナンに声をかける。返事と共に深く頷くシュウナンに安心したように笑みを浮かべこちらを向いた。
「突然のことでお疲れでしょう。今日は早めにお休みになってください。明日の朝、迎えに参ります」
「…はい」
最後に再び笑顔を残し、紺はくるりと向きを変えた。去っていく後ろ姿を見ていると取り残されたような寂しさを感じる。知らないところにおいてけぼりとは結構なことをしてくれる。
 紺の姿が扉の向こうに消えるとシュウナンが声をかけてきた。
「急な話で驚かれたでしょう? 不安なことがあれば何でも言ってくださいね」
「あっ、はい。ありがとうございます」
いい人のようだ。少なくとも想像していたような人物ではない。心配をかけているようでなんだか申し訳ない。
「お部屋は三階の三○五号室となっております。こちらです」

 シュウナンに案内され部屋につくとシュウナンは室内の簡単な説明をしてロビーに帰ってしまった。
「何かございましたらそちらの電話を使っていただければフロントと繋がりますので。私はロビーにおりますので、いつでも呼び出してくださって結構ですよ」
そう言っていたものの、呼び出すなんて大胆なことできるはずもない。
 諦めてベッドに落ち着き、改めて部屋全体を眺める。 一人でいるには広すぎる部屋だ。せめてもう一人ほしい。
 隣の部屋にでも紺がいてくれたら。
「あぁなんでこんなことになっちゃったかなぁ」
困っているようだったので了承してしまったが、結構なことを即決してしまったような気がする。
「はぁぁ」
私は長谷爽音。長谷爽音だ。…私は、誰だ?
 あの瞬間、ここに残ってもいいような気がした。爽音を止めるものが何もなくなった気がした。思い出せなかった。もちろん覚えている大切な思い出、大切な家族、大切な予定、大切な…。どれもどうしても空虚なものに成り下がり爽音を引き留めるまでには至らなかった。そして何より、自分についての情報が一本線に繋がらない。所々で途切れた糸はどうしようもなく散らばってしまっている。
「長谷…爽音…」
 仕方ないので、そのままご飯が運ばれてくるまで寝転がってウジウジしていることにした。
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