明媚な狐の交換魂

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 ホテルでの食事はフレンチの盛り合わせだった。説明を受けてもよくわからなかったが、シュウナンが早めに切り上げてくれた。美味しかったが食べ慣れない分疲れた。
 その後はすぐにシャワーを浴び、言われたように早めにベッドに入った。やはり疲れていたようで、今後のことを考えているうちにいつのまにか眠っていた。
 そして、朝がきた。

 窓から差し込む陽光が爽音の顔を照らし始めた頃、部屋のドアはノックされた。
「はっ、はい!」
ベッドから飛び起きると反射的に足を揃えて腰掛け直す。
「失礼致します」
扉越しのくぐもった声はシュウナンのものだ。
 扉が開く音がする。
「お早うございます。朝食をもって参りました」
食事の乗ったトレーを持って入ってきたシュウナンは、昨夜食事をとったテーブルに同じようにマットを敷いた。
「よく眠れましたか」
「あっ、はい。ベッドふかふかで」
「それはよかった」
寝癖がついたままの爽音とは違いシュウナンは朝から爽やかだ。何時に起きたのだろう。
「さぁ、食事の準備ができました」
今朝は和食のようだ。味噌汁とご飯に焼き鮭、お浸し、玉子焼き、まだまだある。品数こそ多いがどれも馴染み深い。
「ありがとうございます」
礼を言うとシュウナンは椅子を引いてくれた。腰掛けて手を合わせる。
「また下げに参ります。ごゆっくり」
「あっ、待ってください!」
部屋を出ていこうとするシュウナンを意外にも爽音は呼び止めていた。不思議そうな顔をして振り返ったシュウナンはどこか嬉しそうに見えた。
「なんでしょうか」
「えっ、あの、いやその…」
あぁ、何で呼び止めちゃったんだ? 咄嗟に口をついて出ていた言葉に爽音は動揺していた。いつもの爽音なら知らない人とは極力関わらないだろうに。
「あっ、あの、お仕事忙しいんでしょうか」
「いえ、ロビーには他にもスタッフがおりますので。どうしましたか」
「…そ、そこに座っててもらえませんか」
絞り出した声は予想より遥かに小さかった。
「はい、かしこまりました」
シュウナンは少し驚いた色を見せたが快く了承してくれた。
 一人では寂しすぎる食事。しかし、やはり一人で食べた方が気が楽だったかもしれない。シュウナンは仕事中なのだ。我儘を言って引き留めるのは誉められた行為ではなかった。迷惑じゃないだろうか。考え出すと止まらない。
「…本当にお仕事大丈夫ですか」
「ええ。紺野屋様から爽音様のお世話をするよう仰せつかっております」
「紺野屋?」
「昨日一緒にいらっしゃった方です。当ホテルに野菜を卸してくださってるんですよ」
「そうなんですか」
あの人が農業をしている姿がどうにも想像できない。あの細い腕でどう耕すのか玉子を口に運びながら考える。
「もう町は見て回りましたか?」
シュウナンが口の中の玉子がなくなるのを待って口を開いた。
「いえ、まだです。ここに最初に来ました」
実際ここに来るまでには大まかな町の風景しかみていない。何も知らないのと同じだ。
「面白いものがたくさんありますよ。おそらく紺野屋様が案内してくださるのではないでしょうか」
紺と町巡りか。あの人ならいろんな場所を知っていそうだ。
「それは楽しみです。それと、これ美味しいですね」
口の中でホロリとほどける鮭の塩加減が最高だ。
「気に入っていただけて嬉しいです。昨夜はお口に合わないようでしたので」
「そんなことないです。美味しかったもの。ただ少し馴染みがなかっただけで」
慌てて訂正するとシュウナンは笑った。
「優しいのですね」
「いや、そんなこと」
優しいも何も本当のことを言ったまでだ。恥ずかしくなって鮭とご飯を口に詰め込む。そこで昨日抱いた疑問をふと思い出した。
「そういえば、紺さんには尻尾があるのにシュウナンさんにはないんですね」
これは町を歩いていたときから感じていたことだった。シュウナンに動物の特徴がないように、町の人々も普通の人であるようだった。
「ええ、あれは案内役の方特有のものです。私たち都の住人にはございません」
「シュウナンさんも都の人なんですか」
「はい、もう二十年近くになります」
「えっ?」
二十年前ということは彼女はほんの子供のとき、ここへ来たことになる。そんな小さな子がなぜこんなところに。
「違うんです」
「へ?」
何が違うと言うのか。
「子供のときにここへ来たわけではありませんよ。ましてや若見えの年増でもありません」
爽音が次に言おうとしたことも既に予想にあったようだ。
「そのご様子ですとまだお聞きになっていないのですね」
何の事だろうか。気のせいか空気が少し固くなったような。…次は菜の花のお浸しを食べようか。
「魂の都には時間の流れがないのです」
「ん?」
「私は二十八のときこちらへ参りました。それ以来、この顔は小じわ一つ増えておりません」
冗談のつもりだろうか。口元は笑っているが。二人を包む雰囲気がどうもそんな軽いものではない。
「髪は伸びるんですよ。動けば痩せますし、食べすぎれば太ります。でも、老いることはけしてありません」
それに、考えたところで今は確かめようがない。
「へぇ、そうなんですか。じゃあ私も十九のまま止まるってことですか」
「おそらく、そうなるかと」
「…凄い世界ですね。日本…前世って言えばいいのかな。似てるけど全く別物ですね」
「そうですね。私も最初は驚きの連続でした。ちなみに、下界と呼ぶ方が多いですよ」
この世界では時間が溢れているということか。何に急かされるでもなく皆、自由気ままに生きているのだ。生きている…訳ではないのかもしれないが。
「…この町にチーズケーキってありますか」
「ええ。ございます。ご用意いたしましょうか?」
シュウナンが席から半分腰を浮かせる。
「いえっ、そういう意味では。この町にあるならいいんです」
シュウナンが座り直すのを見届け、茶碗に余ったご飯を口に放り込む。食べ慣れた、しかし少し家のものより粒が立ったご飯だ。
 チーズケーキがあるなら食べに行くのもいいな。一人で行くのもいいけど、友達くらいできるだろうか。
 そんなことを考えているとシュウナンはふふっと声を出して笑った。
「平成にあるものでしたら何でもございますよ」
「本当ですか? プリンとかアイスクリームとか」
アイスなんて昔は高かったんじゃないだろうか。
「ありますよ」
「カステラとどら焼きも?」
「もちろんです。ご覧になられたことがないような物もたくさんあると思いますよ」
「どういうことですか?」
しかしシュウナンはそれには答えず思わぬ質問で返してきた。
「突然ですが、私はいつの時代に生まれたと思われますか?」
いつの時代? 江戸とか大正とかそういうことだろうか。今から四十年ほど前ということだから…
「しょ、昭和ですか」
「残念、外れです」
何か間違えただろうか。彼女がここに来たのが二十八のときで、それから二十年だから…間違ってない。
 シュウナンの声が楽しげに弾んだ。
「爽音様と同じ、平成です。平成生まれ平成育ちの二十八才でした」
おかしい。それでは計算が合わない。
「疑問を持たれるのももっともです。しかし嘘をついているわけではございません」
どういうことだろう。訳がわからない。
「都の時間は止まっています。それが関係しているのか否か、ここへはあらゆる時代から来訪者があります」
それは例えば
「…江戸時代とか?」
「いらっしゃいますよ。明治も大正も。色々な時代からいらっしゃいます。たまに未来からいらっしゃる方も。町並みは古いですが文化はそれほど平成と変わらないようです」
日本に寄った和洋折衷の街並み。言われてみればお風呂もトイレも現代のものと然程変わらなかった。魂を抜かれたついでにタイムスリップ、というわけでもなかったようだ。
「どの時代も悪党は絶えないということですね」
そう言う彼女も。想像できないがそれ相応のことをしたためにここにいるのだろう。にこにこと話しかける彼女からはとても縁遠い事を。
「…シュウナンさんは━━」
言い終わらないうちにシュウナンは人差し指を唇に当てて見せた。
「それは聞かないでおくのがこの世での暗黙のルールです」
バレてしまっていたようだ。出しかけた言葉を引っ込めるとシュウナンはにこりと笑った。
「そういえば、既にロビーで紺野屋様がお待ちでしたよ」
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