僕の記憶に黒い影はない。

tokoto

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ルシューランにて

サーカス

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カランカラン

手を振って扉から手を離す。後ろ手にギィと音がして扉が閉まったのがわかった。
 目の前の通りは先程とは比べられないほどに目に見えて人が減っていた。客層はさらに高くなり、若者などは滅多に見えない。

ドドォーン  パラパラパラ

 何やら高台の方が騒がしい。
 もう始まったのかな。サリュは道なりに上って行く先にある高台を見つめた。
「ねぇ、カル」
「おう、走るか」
カルも高台の方を見ている。小さな花火が三発上がった。
「いや、それほど焦らなくてもすぐに終わったりはしないさ」
「そうかな。じゃあどうしたの」
「さっき、あの男の人から何を聞いたのかなって。広場に行くまでに話そうと思って」
あぁ、と納得したように頷く。
「そうだな」
そして歩き出す歩調と似た調子でぽつりぽつりと語り出す。
「リプラーに触っちゃ駄目っていうのは、、あれは、、、触ると呪われるのかもしれない」
「呪われる?」
あまりに抽象的な言葉が飛び出した。カルはあまりそういうことは信じない人だと思っていた。
「腕さ。俺が話してた男、腕をリプラーに取り込まれたそうだ」
「取り込まれる?」
「ほら、今日旅の商いから聞いたって話したろ」
カルの話にリュールに隠れて微かに登場した男のことを思い出す。
「あぁ、そうだったね。じゃああの人がそうだったのか」
話の主要部分にリュールがどしりと構えていたのであまり気に止めていなかったが、かなり重要な話をしていたようだ。
「おっさん、腕が冷たかったんだ」
「死んでた?」
カルは首を振った。
「いや、生きてた。見てるだけなら俺達と何も変わらない。ただ、触れるとそれだけで寒気がするくらいに、、冷たい」
神妙な面持ちで語る。それでもどこか楽しそうに思われるのはサリュの思い過ごしなのだろうか。
「━━俺のじゃなくなったみたいだ」
「へっ?」
カルの顔を見る。
「おっさんが言ってたんだよ。感覚がないそうだ。何も感じないらしい」
「ふーん」
「風の魔法は効かなかったみたいだ。魔力を含むなら何でもいいってわけでもないみたいだな」
あの剣はいい買い物だったということだ。
「おじさん、魔法使えたのかい」
「いや、おっさんの武器の添付魔法が風の属性を持ってたんだ」
「魔力が弱かったのかもしれないね」
添付魔法は完成品に歯こぼれなどが起きにくいように薄くかけられる、呪文を唱えるだけの魔法。術師でなくとも空気中の魔力素のみで発動することが可能で、それ故に微弱であることが多い。
「その可能性もあるな」
「結局絞れないねぇ」
「まぁ、これまで以上に全力で逃げる必要があるってわかっただけでもよかったんじゃねぇの」
ふわっと笑う。店を出たときより幾分か話し方も戻ってきている。
「そうだね。四十ペギーの価値もあったか」
おぅ、と返事をしたカルが少し驚いたように振り返った。
「バレてたのか」
「店がざわついてた」
「そっか」
少し痛そうな顔をして空を見上げたカルを見る。
「面白かった?」
「あぁ、価値はあった」
明るい町の上では空はなにも映してはくれないようだった。

 弾むような音楽が坂の下にいた二人の耳に届いた。人々の歓声も進むごとに大きくなる。
「混んでそうだね」
サリュの言葉は現実となり広場には昼間の通りのように人が溢れている。
「いなくたったと思ったらここに来てたのか」
カルが呆れたような声を出す。無理もない。この街に来てからはまともに道を歩ける方が珍しい。
「この町でもサーカスは珍しいのかな」
サリュの呟きが歓声にかき消される。
「通るしかないか」
群衆の最後列、僅かに残るまだ人が疎らな方へと進んで行く。カルはまた背が高いので邪魔になりやすいのだろう。彼が通る後方にいる人々は舞台の様子を見逃すまいと必死にカルの影から首を伸ばしている。皆が皆、手を叩き歓声をあげ、腕を振り上げて騒いでいる。耳元で女性の甲高い叫びを聞いたサリュは顔をしかめながら先を行くカルの背中を追った。
 丁度ステージの反対側の広場の端。銀の楕円の輪を組み合わせたサリュの背丈の三倍ほどある大きなオブジェのもとにはそれほど人もおらず、群がる人々の後ろ姿を腕を組んで見られる。よほど珍しいのか皆が前へと押すので後ろの方は必然的に空くのだ。
 人混みを避け同じようにオブジェ周辺に集まった人がちらほらと見える。やはりその視線の先には華やかな光を放つステージがある。少し遠いがここからでも何をしているかくらいならうかがい知れる。
 カルが光沢のある黒い石の土台に腰掛けた。カルの足も宙に浮いて揺れる程度に程好い高さがあるので立っているよりも高い位置から広場を見渡せる。
 離れたところに見えるステージでは先程宿にいたきらびやかな衣装を纏った人々がパフォーマンスを繰り広げている。センターに走り出たひとりが腕を高く挙げた。開いた手から桃色の光線が飛び出す。光線は丁度上にあるピンと張られた綱に届き弾けた。眩い光が舞台を包み、姿の見えなくなったパフォーマーの影が光のドームに映り、幻想的な世界を作り出す。じわじわと桃色の光が弱くなり舞台の上にひとりまたひとりと確認できる人数が増えるなかで、先程はなにもなかった綱の中央、発光源を見ると、ひとりの少女がまるで平地にいるような佇まいでそこにいた。ロープが揺れる様子もなく平然と、そこに恐怖など微塵も感じさせない。光が消えると少女は不安定な足場にも関わらず舞い始めた。長い手足をふわりと挙げて踊る姿は妖精を見ているような不思議な感覚に陥る。それもこれも羽が生えたように軽やかに踊る異様な光景のせいだ。皆今にも落ちるのではないかと息が詰まり、同時に少女の美しさに魅了されている。躍り終わったのか、少女は最後にぐるりと一度回り、再び正面へ向いたとき腕を広げ深々と礼をした。皆に息を吐く間も与えず少女はそのまま顔を上げずに綱から一回転して飛び降り舞台袖に捌ける。そしてまた次の形へ舞台は動く。
 たった数分の出来事。それでも見る者の心を鷲掴み、余韻を与える暇もなくまた新たな興奮を与える。そうか、人々はこれを見に集まったのか。納得せざるを得ない光景がステージの上にあった。

━━━━━━鳴らん、なぜ鳴らんのだ!」
佳境を迎えさらに沸き上がる会場の中、その声が聞こえたのはほんの偶然だった。サリュの近く、四歩も離れていないだろうところで作業着姿のひとりの中年男が大声を上げた。歓声に染まった広場の人々にその声は届かなかったようだ。サリュの耳は皆が聞き溢したその音を拾ってしまった。
「故障か。いやしかし、、、」
男が見上げる先には町に着いたときに見えた巨大な時計塔があった。
 しばらく腕を組みぶつぶつと何事か呟いた後、男は急に走り出した。近くにあったモーター付きの二輪車に飛び乗りエンジン音を吹かして更に上へと高台の坂を上って行く。
「カル、あの人」
「どうした?」
「あの人を追おう」
「どうしたんだよ」
「あの人困っていそうだ」
「だから?」
「うまくいけば仕事が見つかるかもしれない」
カルが舞台を振り返る。しばしの沈黙の後、口を開く。
「お前はいいのか」
「僕?」
男の去った跡、二輪車の残音が空気に揺れているような気がした。その揺らめきはどこか、サーカスよりも心引かれるものがあった。もともとそうだ。このざわめきの中、地味で目立たない作業着の男に目を止めた時点で心の中身は入れ替わっていたのだ。
「いいんだ。何だか面白そうな予感がするんだよ」

 男を追いかけて行き着いたのはせりだした崖を更に下から骨組みを組んで橋のように伸ばした時計塔までの通路。それは時計塔の天辺付近の螺旋階段が終わった地点と交わり、そこから中へと入れるようだった。薄暗がりの中、その白さ故に空に浮いているように見えるその橋のたもとには、男の乗って来た二輪車がぞんざいに止められている。
「ここか」
「うん、この先にあの人が。たぶん」
橋は板と板に幾らか隙間があり、下の景色が骨組みの間で抜けて見える。吹き上げる風が木でできているはずの通路を細かく揺らしている。申し訳程度の細い手摺てすりに不安を覚える。せめてもの救いは眼下の景色は暗闇に溶け、街灯の明かりと目を凝らしてもその周辺の小さな区域しか見えないことだろうか。
「カル、先にどうぞ」
「バカ、なんだよこんな時に限って」
「だって揺れてるし、、」
「高いところにあるんだから仕方ねぇよ」
「それにほら、先に行きたそうな顔してるよ」
「してねぇよ! 、、、あぁ、もう。わかったよ先行くよ。俺が渡りきるまで絶対に渡るなよ!」
カルが橋へと向き直り、手摺に手をかけた。足をゆっくりと前へ出す。

ギィッ

カルの体が小さく跳ねたのがわかった。しかし戻ることはなくゆっくりと体重をかけていく。風がヒュルリと吹き、髪をかきあげ耳を撫でて行く。風を受けた上着が背中で舞った。
 橋の中程まで来ると慣れてきたのか少しスピードを上げ、それほど時間をかけることなくカルは橋を渡りきってしまった。
 螺旋階段の最上段に降り立ってサリュに向かって手を振る。
「はぁ、カルってば、やっぱり凄いや」
カルが渡った後のひとつの保証を得た橋。やはり少し勇気は要ったが小走りでリズムよく渡って行く。風の音も眼下の景色も、保証付きの分際では恐れるに足りない。
 余裕の表情で塔にたどり着く。
「お前ってやつは」
カルが苦笑いを向ける。その隣にはどうやら扉があるようでカルがそれを引き開けた。扉の隙間から溢れた光が想像以上の足場の狭さを照らす。
「なんだい?」
縁にいたことに気づいたサリュはそっと内側へと寄りながらにこやかに問う。
とぼけるなよ。怖くなかったのか」
「君が渡った後だからね。僕、カルより軽いし行けるかなって」
サリュは微笑みを残して中へと入る。
「食えないやつだな」
カルの呟きは風にさらわれた。相当怖かったのか苦笑いを浮かべた口が意識とは別に震えている。
 振り返ると先程より気持ち強くなった風の音を橋が奇妙に弾いていた。
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