僕の記憶に黒い影はない。

tokoto

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ルシューランにて

主様

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「そういえば」
門を抜けしばらくしたところでサリュが口を開いた。
「どうした」
「いや、ちょっとね。ねぇリファーナ、サーカスの仲間はどうしたの」
彼女がひとりでいたということに引っ掛かっていたのだった。他の皆は眠ってしまったのだろうか。
 リファーナは小さく首を振る。
「、、それは、どういうこと?」
サリュの言葉にリファーナは困ったように首を傾げる。
「眠ってしまったの」
首を振る。
「そうか、無事なんだね。じゃあ町に━━」
しかしまた首を振った。
「、、なに?」
「町にいなかったんだよ」
答えたのはコーストだった。
「えっ、だけど」
無事だったんでしょ、と困惑の表情がコーストに訴える。
「おそらくだがな、もうすでに町から出ている」
「だけどリファーナは━━━?」
コーストが首を振っている。その視線がリファーナの方へ向き、寂しげに伏せられた。彼の後ろを歩くリファーナに表情はない。
「ついでに俺もだ。先に行かれちまった」
コーストがサリュに顔を近づけ小声で伝えた。
「コーストさんも?」
サリュの声も合わせるように小さくなる。
主様あるじさまに置いていかれちまった。まぁ珍しいことでもないんだがな」
そう言うとコーストは困ったような呆れたような笑みを浮かべた。
「主様?」
二人の話を聞いていたのか、前を歩いていたカルが話に入ってきた。
「聞こえてたのか」
「何か後ろでこそこそやってるから気になってたんだよ。心配するな、注意してなきゃ聞こえてない」
そこまで声を抑えていたカルは話の変わり目と共に普段通り話し始めた。
「それで、主様って? あんた誰かと契約してるのか」
「いや、契約はしていない」
カルが首を傾げた。主従関係を結ぶならやはり契約をすることが妥当に思える。契約を交わすことで互いを傷つける行為はできなくなる。誰もが武器を持ち歩く物騒な世の中だ。契約は互いを信用する一つの要素となり得た。もちろん互いの了解と正式な手順を踏むことで解除も可能なので旅に従者を連れる際は一定期間であれ契約を結ぶことが一般である。
「でも主従なんだろ?」
「一応、としか言えねぇな。俺は契約してもいいと思ってるんだが。あの人、どうやっても首を縦に振らねぇ」
急に思い出したように顔を歪める。よほど主人に拒まれているのか彼の言葉から初めて拗ねた感情が顔を出していた。
「あの、主様ってどんな方なんでしょう」
暢気な男に拗ねるほど契約したいと思わせる主人とは何者なのか少し興味があった。
 しかし意外にも主人のことになるとコーストは腕を組み唸りを上げだした。
「うーん、どんな方って言うと、、うーん、、、」
「わからないのかよ」
「んー、、いや、わからないとかじゃなくてなぁ」
思い出を絞り出すように眉間にしわが寄る。そして
「あんまり自分のことを語らない人だなぁ」
と遠くを見るように目を細めた。その少し寂しそうな物言いに、サリュがより確実な質問を飛ばした。
「じゃあ性別はどうですか。男性ですか。それとも?」
狙い通りこれにはコーストも即答した。
「男だな。それもまだ若い、少年にも見えるかもなぁ、、見た目はな」
「見た目は、、とは?」
何か意味の含まれているだろう言葉を不思議そうに復唱する。するとカルが歩調を緩めサリュに並んでその肩をポンと叩いた。
「お前みたいってことなんじゃない?」
振り向くとにやにやとした人をからかうときの笑みがあった。
「僕は大人だよ!」
カルの言葉につい強気に言い返してしまった。この事についてはよくカルにからかわれるのだ。
「というかカルの方が僕より年下じゃないか」
「嘘だろ!」
その二人の会話の背後でコーストの驚きがそのまま口から飛び出る。そちらを見たサリュにコーストは意外そうな表情を隠そうともせずに尋ねる。
「えっ、えっと、、サリュの方が年上なの?」
てっきりまだ子供だと。青年になりきれないあどけなさの残る顔はまだ無垢な少年を思わせる。そうか、言われてみると背も低い方ではないようだがカルの横に立つことでどうも錯覚していたらしい。それにしても可愛らしく育ったものだ。そうコーストは心の中で独り言ちサリュの不服そうな顔に笑いかける。
「す、すまん。別に幼いとか思ってたわけじゃなくてだな」
「思ってましたよね」
「はい、思ってました。、、悪かったって。しかしだな、まぁ印象的にはそうだな。サリュと似てる」
サリュのまだ不満の残る顔を早々に処理し、コーストは主人の顔を思い浮かべていた。彼の主人もまた幼さの抜けない顔をしている。
「童顔って言ってもあの人はそもそもの性質が違うけどな」
「性質?」
幼顔に性質なんてものがあるのだろうか。
「あぁそうだ。性質だ。なにせあの人は年を取らない」
戸惑う二人をよそにコーストの口は相変わらず緩んでいる。
「はっ?」
カルがやっとのことで説明を求める一言を絞り出した。冗談だと思ったのだろう、コーストと同様こちらも口の端が上がっている。
 カルの態度にコーストは慌てて手を振る。
「いやいや、本当のことだぞ。嘘なんてついても仕方ないだろう」
「じゃあ何でそんなこと言うんだよ」
「本当なんだからしょうがねぇだろう」
コーストはどこまでも真剣に、しかしその口調は崩さずにカルの疑問の答えを語りだした。
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