僕の記憶に黒い影はない。

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ルシューランにて

鉱山2.

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「えっ、、、?」
漏れた声も彼らにはもはや聞こえないだろう。
「行くか」
しばらく間の空いた後、カルが振り返る。彼の顔には少し疲れたような表情が浮かんでいる。
「カル?」
「大丈夫。行こう、はぐれる前に」
そう言って歩き出すカルの、しょうがないなと言う小さな声がサリュの耳にはしっかりと届いていた。
 中は方向感覚を失わせるほどに暗かった。お互いの存在を確認しながらそろそろと壁づたいに進んで行くと先に仄かな明かりが見えた。
「おい、コーストか?」
カルの声が反響する。
「おう、来たか」
そこは他より少し広くなった場所で、彼らは壁にもたれ掛かり金のランタンに灯る火を前にしていた。二人は休憩をとっていたようでリファーナは座り込んで水を飲んでいる。
「それは」
カルが煌々と燃える炎を指差す。
「主様の炎だよ」
「主様の?」
「あぁ。何かあったときのために貰っておいたものだ」
そう言ってコーストは地面に置いたランタンを拾い上げ、二人の前にぐいと差し出す。美しい色合いの炎が一瞬のうちに笑うように揺れた。
「これ、ずっと持ってたのか」
「そうだが。種火に使えるからな。主様がいなくても簡単に火が起こせる」
コーストは自慢げに話す。
「どうやって持って来たんだよ」
彼の荷物は肩に背負った白い袋以外に見当たらない。火を消さずに運ぶ機械なんてものは聞いたことがないし、それらしいものもどこにもない。
「これに入れてだが?」
コーストは手に持ったランタンを振った。しかしそれはどう見ても普通のランタンで
「消えなかったのか」
そう問うとコーストは不思議そうにランタン見て、そしてなにかに気づいたようにまたカルを見た。
「あぁ知らないのか。この炎は消えないんだよ、魔法だからな」
「魔法は消えないのか」
「いや、正確には消せるんだが。もしここでこの水をぶっかけたとしてもこいつは消えねーな。嬢ちゃん、もう十分だろ。ちょっと貸してみ」
そういうとコーストはリファーナの飲んでいた水を受け取り、唐突にランタンの蓋を開けてその水を注ぎ入れた。
「「うわぁ!」」
カルとサリュの驚く声、リファーナまでもが息を飲んだ。
「何やってんだよ!」
まだ残響が残る中、カルがコーストに怒鳴る。
「そんな声出すなよぉ。消えやしないって。ほら見てみろ」
コーストの差し出す炎は何事もなかったかのように燃えている。それどころか先程注いだ水がランタンの底に溜まり、炎を包んでできらきらと美しい金色に染まっていた。
「なっ、、なにが起こっているんですか」
ランタンの前で固まるカルの代わりにサリュがこの事態の説明を求めた。
「何だよぉ、サリュまでそんな驚くなよ。なんか俺が悪いことしたみたいじゃねぇか」
「す、すみません。でも、ちょっと目の前の状況が信じられなくて」
気でも狂ったのかと思ったことは口が裂けても言えない。
 コーストは笑っていた。
「魔法は魔法でしか打ち消せない。つまりこんな水じゃ魔法の炎は消えないんだよ」
そう言うとコーストはその場にランタンを置き座り込んだ。
「ほら、お前らも座れよ。中まで入ってきてなんだけどちょっと休憩しないか」
そういえば町を出てから一度も休憩をとっていなかった。そろそろ疲れも出てくる頃か。そう思いサリュが座るとカルも隣に座った。
「魔法ってのはなぁ、普通の物質とは全く異なるんだよ。マッチで擦った火と魔法の炎は似てるけどさ、ほら、綺麗だろこっちのほうが。実際に確かめたことはないがこっちのほうが格段に暑いだろうしな」
確かに、あの白い青年の炎もその頬を染めるほどに熱があった。普通ならばあの程度離れていれば暑さも感じないだろうに。そう思い出したカルが大きく頷いた。
「魔法の力で生まれたわけだから一般のものとは分離する。魔法の炎は水じゃ消えないし、例えば魔法でできた氷なんかも、普通の火じゃ溶けない」
わかっただろ? と話を終わらせようとする。しかしサリュには引っ掛かるところがあった。
「ではどうやって種火に? 分離してしまえば使えないのではないでしょうか」
サリュの言葉にそれまで納得しかけていたカルもはっと表情を変える。
「確かに。それじゃあ火もつけられない」
「あっ、気づいちゃった?」
コーストはおどけて笑う。どうやら少しからかわれているようだ。
「何が、気づいちゃった? だよ」
「あー、はいはい。じゃあそこも説明しとくか」
コーストは再びランタンの蓋を開き、今度は袋から薬草のようなものを取り出した。
「それは?」
コーストの持つそれはやけにしおれて、見慣れない白い花をつけていた。
「これか? 何日か前に道端で見つけたんだよ」
視線を落としてそれを指先でくるくると回す。
「何かの薬草ですか」
「いや?」
「もしかしてただの花ですか」
「あぁ」
「摘んだんですか」
「あぁ」
やけに可愛いことをする人だ。意外だった。意外なはずなのにそんなにもまっすぐに答えられると疑問を突っ込む余地もないように思えた。
「、、可愛かったんだがなぁ、何日か前は」
花弁に皺の入ってしまったその花をランタンに近づける。そして、
「あっ、ついた」
花に火が燃え移り瞬く間に灰へと変えていく。手元に残った炎は急速に縮み、消滅した。燃え残りがコーストの手を離れ地面へと落ちる。
「そう、つくんだよ」
「話が違うじゃないか」
「いいや、なにも違わないさ。最後まで話してなかっただけだ。魔法ってのは特別な力だ。一説には神から与えられたとも言われるほどだ。ほんとかどうかは知らねぇが、まぁそう言われるくらいだからそこらのものより力が強いんだよ。だから魔法からの接触は可能なんだ。そして接触した魔法、火なんかは燃え移った瞬間に普通の火になっちまう」
首を捻る二人にコーストはゆっくりと話して聞かせる。
「つまりだな、魔法の炎は術師が燃やしてるわけだが、燃え移るとそれはその物質が燃やす炎になるわけだ。それまで術師の力で燃えていた炎は術師の手を離れて例えば木の棒なんかに燃やされるわけだよ。そうなるともちろん木の棒には魔力なんてねぇからただの炎になっちまうんだよ、多分な」
「多分?」
「俺だってそこまで詳しくは知らねぇよ。ただまぁ、燃え移ったら魔力が消える。それだけ覚えときゃ十分だろ。ほら、これだってそうだ」
ランタンをカルの方へと押し出す。
「ローソクが入ってないだろう」
言われてみれば確かに底にローソクはなく、よく見るとランタンも形だけのガラス瓶だった。炎はどこからともなく上がっている。
「ローソクがあると燃え移っちまうからな。ただの炎だと持ち歩けないが主様の炎は消えないからいい。そん中に入れとけばしばらくは燃えていてくれる。後は使いきるか、もしくは主様が何者かにやられるかだが」
それはあり得ないだろうな、そう言ってコーストはランタンを引き寄せた。
「それで松明たいまつを作ることはできませんか」
それぞれに明かりがあれば動きやすいだろう。
「無理だな」
「なぜ?」
「さっきの見ただろう。俺が消さなくても勝手に炎は消えちまった。この山、やっぱり普通の山じゃない。光を取り込んでいる」
「じゃあなんでその炎は無事なんだよ。魔法だからか」
「さぁなぁ。そうかもしれねぇし、主様の魔力が強すぎたってのもあるかもな」
「強すぎた?」
「もしこの鉱山が魔力を帯びた土でできてるなら普通ならこいつも消えてたろう。でも結局は魔力のぶつかり合いだ。強い力に負けて打ち消されるわけだから、残ってるってことはそういうことなんじゃないか」
 松明が作れないということは四人で固まって行くしかないようだ。いくら強い光だといってもやはり鉱山も強力。小さな炎ひとつの光の届く範囲は通常より格段に狭く、少し離れればすぐに視界が利かなくなる。この鉱山で明かりもなしに歩けば、二度と外へは出られないだろうに。
「そろそろ行こう」
コーストが立ち上がった。
「もちろん全員一緒に」
カルが渋々と頷く。今から戻ると言ってもコーストは動かないだろうし、リファーナをひとりで外へ向かわせるわけにもいかない。カルたちはなんとかここまでこられたが、途中分かれ道がなかったとも限らない。
「油断するなよ」
カルの一言でランタンの明かりは動き出した。
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