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ルシューランにて
目覚め
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「なんで…」
あれから一日が経過していた。男の薬のおかげで腕の出血は止まり、傷もきれいに消えていた。しかし目の前で眠るサリュは…倒れてからまるで物にでもなってしまったかのように動かない。
「おかしいねぇ。そろそろ目を覚ましてもいい頃だけど」
腕を組むルビアナの腰には既に眠りから覚めたリュールが不安そうに抱きついていた。
「サリュ起きないの?」
「何言ってるんだい、すぐに元気に起きてくるよ。ほら、あんたはあっちで遊んでなさい」
リュールを追い出したルビアナはそのままカルのことも部屋の外へと押し出した。
「何するんだよ」
「あんたも心配する気持ちはわかるけど、いつまでも部屋の中で待ってたって仕方ないだろう? ちょっと外の空気でも吸ってきなさい」
「っ━━」
言い返そうと口を開きかけたときだ。ルビアナの心配がカルに向けられているように思われて何も言えなくなった。
「…あぁ、そうするよ」
中へ戻ったルビアナが扉を閉めると廊下にリュールと二人で残された。
「カルぅ?」
「なに?」
「とそかん行こ」
「ごめん、今それどころじゃ…いや」
図書館にあるだろうか。何かわかるだろうか。
「どうしたのぉ?」
不思議そうに見上げてくるリュールの頭を撫でる。
「ねぇリュール、ちょっと手伝ってほしいんだけど」
図書館の三階。今日も静かであることには変わりなく、それでも昨日と違うのはその静けさの中に人の息づかいを感じられた。何も知らない町の人々は既にもとの生活へと戻っていた。
「カルぅー!」
足音をたてて駆け寄ってきたリュールに唇に指を当てて見せる。
「もう少しだけ静かに」
「館長が貸してくれたの」
そう言ったリュールの腕の中に抱えられた一冊の本。
「新刊魔物全集」
新刊というわりにはやけに色褪せたその本をリュールは得意気にカルに差し出す。
「これ…」
「見よ見よ!」
リュールに手を引かれ窓辺に移動し、彼女を抱えて腰を下ろす。
本を開くと短い前書きの後、一頁に一、二体という割合で見たことのない奇怪な姿をした生物の挿し絵と共に、その特徴らしきものがあるものはこと細かく、あるものはその名ばかりという風に記載されていた。誰かの旅の記録なのだろう。日記のような語り口で、知っていることを全部書き込んだというような印象を受ける。
「うひゃぁっ」
小さな悲鳴をあげて両目を塞ぐリュールをよそにカルはページを捲っていく。指の隙間から怖いもの見たさの興味が隠しきれていないことくらいは気づいていた。
「…あった」
黒い体に九本の鋭く尖った脚。赤く光る瞳が不気味な見覚えのある姿。
ナイナァン
動くものに寄っていく習性を持ち、集団で生息している。肉食であるようだ。知能を持っているようで敵の喉を狙う様子が多々見られる。九本の脚を標的に回して体を固定し、一番長さのある脚で首を刺す。体の後部にあることからしてあれは尻尾ともとることができるかもしれない。体には無数の突起があり、催眠効果をもつ毒が━━━
「━━毒だ」
天井。…見たことがある。
目が覚めたさリュは体を起こす。周りを見渡し、見知ったふくろうの宿であることに気づいた。サリュたちの部屋だ。下からは賑やかな声が聞こえてくる。
何が起こっているのか思い出そうにも記憶がはっきりとしない。魔物を倒して、それから、、
ふと腕に痛みがないことに気づき袖を捲る。血が吹き出していた傷は跡形もなく消えていた。
「どうして、、」
服もサリュのものではない。 サイズの大きな黒いシャツは腕の長さが合っていない。ベッドから降りるとズボンもまたサリュのものではなく少し緩い。
少し怠い。あれからどれくらい時間がたったのかは知れないが、どうも町はもとに戻った様子だった。窓から見下ろすと、子供たちが時計塔の方角へと走って行くのが見えた。町は活気を取り戻したようだ。
怠さ意外には特に異状も感じられない。隣のベッドには人がいた様子はない。カルはどこに行ったのだろうか。
一階に降りると丁度奥からルビアナが出てきた。
「おや、目が覚めたのかい」
「あの、僕はいったい。それにカルは?」
見たところロビーには数人の客がくつろいでいるようだが、その中にカルの姿はない。
「カルなら買い出しに出てるよ。ここにいても落ち着かないらしいからね。ちょっとおいで」
ルビアナに手招きされついていくと調理場のすぐ横にある休憩室に通された。小さなテーブルの椅子を指し、座るよう促される。
「待ってておくれ。今なにか用意するから」
調理場へと入っていったルビアナは五分とせず皿山盛の香ばしい肉料理とご飯、野菜のスープを持って戻ってきた。
「丁度昼食が終わったところなんだよ。残り物だから遠慮せずどんどん食べな」
テーブルに並べられた料理に自然と手が伸びる。口の中に入るだけ詰め込み、ろくに噛みもせずに飲み込む。
「ほらあせるんじゃないよ。いっぱいあるからゆっくりお食べ」
ルビアナに叱られながらもどうにも手が止まらない。どうやら相当に腹が減っているようで、意識もなにも通り越して体が栄養を求めていた。
「まぁ三日も食べなきゃそうなるかね」
「ふぃっかでふか⁉」
「口に入れたまま喋るんじゃないよ」
「ふみまへん」
「あんたがカルに背負われて帰ってきたからびっくりしたよ。しかも腕を怪我してるじゃないか。商人が薬を持ってたからよかったものの、あれほど気をつけてって言ったのに」
どうやらお説教が始まりそうだ。口の中の物をゴクリと飲み込む。
「すみません」
「本当に、まったく。変な男が突然入ってきてね、あんたの荷物を漁りだすもんだから危うく近くの花瓶で殴り倒すところだったよ」
「変な男?」
「商人のことよ。薬を置いていったんだよ。荷物の中にあったお金と引き換えにね」
どうやら眠っていた間に色々とあったらしい。
「そうだったんですか。迷惑をかけてしまったようで、すみません」
「あぁいいよ。ただ、傷は治ったのになかなか起きないもんだから心配したよ。でもよかった。毒も抜けたみたいだね」
ルビアナの視線は傷があった腕に向けられた。
「毒? 毒が回っていたんですか」
「あぁ。あんたたちナイナァンと戦ったんだろう?」
「ナイナァン?」
「洞窟の魔物のことだよ。カルが図書館に調べに行ってね」
ルビアナはほっと息を吐き出し安心したように笑った。
「本当によかったよ。カルが帰ってきたら大通りで何でも買っておいで。お金は私が出すからさ」
「えっ、そんな。何で?」
「世話になったからね」
「でも、それは僕も━━」
「一文無しが何言ってるんだい。人の親切はありがたく受け取っておきなさい」
サリュの肩をバシッと叩いたルビアナは
「私はまだやることがあるから。ゆっくり食べるんだよ」
そう言い残しロビーへと出て行ってしまった。
一文無し。その言葉をサリュが理解するにはどうも話が足りていないような気がした。
「…えっ」
あれから一日が経過していた。男の薬のおかげで腕の出血は止まり、傷もきれいに消えていた。しかし目の前で眠るサリュは…倒れてからまるで物にでもなってしまったかのように動かない。
「おかしいねぇ。そろそろ目を覚ましてもいい頃だけど」
腕を組むルビアナの腰には既に眠りから覚めたリュールが不安そうに抱きついていた。
「サリュ起きないの?」
「何言ってるんだい、すぐに元気に起きてくるよ。ほら、あんたはあっちで遊んでなさい」
リュールを追い出したルビアナはそのままカルのことも部屋の外へと押し出した。
「何するんだよ」
「あんたも心配する気持ちはわかるけど、いつまでも部屋の中で待ってたって仕方ないだろう? ちょっと外の空気でも吸ってきなさい」
「っ━━」
言い返そうと口を開きかけたときだ。ルビアナの心配がカルに向けられているように思われて何も言えなくなった。
「…あぁ、そうするよ」
中へ戻ったルビアナが扉を閉めると廊下にリュールと二人で残された。
「カルぅ?」
「なに?」
「とそかん行こ」
「ごめん、今それどころじゃ…いや」
図書館にあるだろうか。何かわかるだろうか。
「どうしたのぉ?」
不思議そうに見上げてくるリュールの頭を撫でる。
「ねぇリュール、ちょっと手伝ってほしいんだけど」
図書館の三階。今日も静かであることには変わりなく、それでも昨日と違うのはその静けさの中に人の息づかいを感じられた。何も知らない町の人々は既にもとの生活へと戻っていた。
「カルぅー!」
足音をたてて駆け寄ってきたリュールに唇に指を当てて見せる。
「もう少しだけ静かに」
「館長が貸してくれたの」
そう言ったリュールの腕の中に抱えられた一冊の本。
「新刊魔物全集」
新刊というわりにはやけに色褪せたその本をリュールは得意気にカルに差し出す。
「これ…」
「見よ見よ!」
リュールに手を引かれ窓辺に移動し、彼女を抱えて腰を下ろす。
本を開くと短い前書きの後、一頁に一、二体という割合で見たことのない奇怪な姿をした生物の挿し絵と共に、その特徴らしきものがあるものはこと細かく、あるものはその名ばかりという風に記載されていた。誰かの旅の記録なのだろう。日記のような語り口で、知っていることを全部書き込んだというような印象を受ける。
「うひゃぁっ」
小さな悲鳴をあげて両目を塞ぐリュールをよそにカルはページを捲っていく。指の隙間から怖いもの見たさの興味が隠しきれていないことくらいは気づいていた。
「…あった」
黒い体に九本の鋭く尖った脚。赤く光る瞳が不気味な見覚えのある姿。
ナイナァン
動くものに寄っていく習性を持ち、集団で生息している。肉食であるようだ。知能を持っているようで敵の喉を狙う様子が多々見られる。九本の脚を標的に回して体を固定し、一番長さのある脚で首を刺す。体の後部にあることからしてあれは尻尾ともとることができるかもしれない。体には無数の突起があり、催眠効果をもつ毒が━━━
「━━毒だ」
天井。…見たことがある。
目が覚めたさリュは体を起こす。周りを見渡し、見知ったふくろうの宿であることに気づいた。サリュたちの部屋だ。下からは賑やかな声が聞こえてくる。
何が起こっているのか思い出そうにも記憶がはっきりとしない。魔物を倒して、それから、、
ふと腕に痛みがないことに気づき袖を捲る。血が吹き出していた傷は跡形もなく消えていた。
「どうして、、」
服もサリュのものではない。 サイズの大きな黒いシャツは腕の長さが合っていない。ベッドから降りるとズボンもまたサリュのものではなく少し緩い。
少し怠い。あれからどれくらい時間がたったのかは知れないが、どうも町はもとに戻った様子だった。窓から見下ろすと、子供たちが時計塔の方角へと走って行くのが見えた。町は活気を取り戻したようだ。
怠さ意外には特に異状も感じられない。隣のベッドには人がいた様子はない。カルはどこに行ったのだろうか。
一階に降りると丁度奥からルビアナが出てきた。
「おや、目が覚めたのかい」
「あの、僕はいったい。それにカルは?」
見たところロビーには数人の客がくつろいでいるようだが、その中にカルの姿はない。
「カルなら買い出しに出てるよ。ここにいても落ち着かないらしいからね。ちょっとおいで」
ルビアナに手招きされついていくと調理場のすぐ横にある休憩室に通された。小さなテーブルの椅子を指し、座るよう促される。
「待ってておくれ。今なにか用意するから」
調理場へと入っていったルビアナは五分とせず皿山盛の香ばしい肉料理とご飯、野菜のスープを持って戻ってきた。
「丁度昼食が終わったところなんだよ。残り物だから遠慮せずどんどん食べな」
テーブルに並べられた料理に自然と手が伸びる。口の中に入るだけ詰め込み、ろくに噛みもせずに飲み込む。
「ほらあせるんじゃないよ。いっぱいあるからゆっくりお食べ」
ルビアナに叱られながらもどうにも手が止まらない。どうやら相当に腹が減っているようで、意識もなにも通り越して体が栄養を求めていた。
「まぁ三日も食べなきゃそうなるかね」
「ふぃっかでふか⁉」
「口に入れたまま喋るんじゃないよ」
「ふみまへん」
「あんたがカルに背負われて帰ってきたからびっくりしたよ。しかも腕を怪我してるじゃないか。商人が薬を持ってたからよかったものの、あれほど気をつけてって言ったのに」
どうやらお説教が始まりそうだ。口の中の物をゴクリと飲み込む。
「すみません」
「本当に、まったく。変な男が突然入ってきてね、あんたの荷物を漁りだすもんだから危うく近くの花瓶で殴り倒すところだったよ」
「変な男?」
「商人のことよ。薬を置いていったんだよ。荷物の中にあったお金と引き換えにね」
どうやら眠っていた間に色々とあったらしい。
「そうだったんですか。迷惑をかけてしまったようで、すみません」
「あぁいいよ。ただ、傷は治ったのになかなか起きないもんだから心配したよ。でもよかった。毒も抜けたみたいだね」
ルビアナの視線は傷があった腕に向けられた。
「毒? 毒が回っていたんですか」
「あぁ。あんたたちナイナァンと戦ったんだろう?」
「ナイナァン?」
「洞窟の魔物のことだよ。カルが図書館に調べに行ってね」
ルビアナはほっと息を吐き出し安心したように笑った。
「本当によかったよ。カルが帰ってきたら大通りで何でも買っておいで。お金は私が出すからさ」
「えっ、そんな。何で?」
「世話になったからね」
「でも、それは僕も━━」
「一文無しが何言ってるんだい。人の親切はありがたく受け取っておきなさい」
サリュの肩をバシッと叩いたルビアナは
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そう言い残しロビーへと出て行ってしまった。
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