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ジアの追憶
花摘の話
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━━帰ったぞ
そのとき優しい兄ちゃんの声が聞こえた気がした。
「ジア? 、、、なんだ寝てるのか」
ふわりと被さった何かに目を開けると、向こうに荷物を広げて座る兄の姿があった。
「コースト」
コーストが顔を上げる。夕日に照らされた優しい瞳と目があった。
「起きたか」
戦利品の小さなパンを顔の横に掲げて笑う。ジアルダはその顔が大好きだった。
彼女には親がいない。コーストとの間にも血の繋がりはない。それは二人に限らず、この地域に住み着いた子供たちのほとんどにはその間を繋ぐ繋がりなどはなく、ただ孤児であるという共通点から寄り添い合い暮らしていた。
今よりもまだ幼い記憶もはっきりとしない頃、泣いていたところにコーストと出会ったことだけが思い出せる唯一の暖かな思い出だ。それからはずっと一緒で、自分でも自覚はないがジアルダにとってコーストの存在がこの世の全てだった。幼き日から六歳にまで成長し、ようやくコーストを助けることができると意気込んでいたのだが。ジアルダに掛けられたコーストの上着の影には、落ちた花が虚しくも萎れていた。
「コースト、、ごめんなさい」
拾い上げたそれはもとは髪飾りになるはずだったもの。眠っている間に潰してしまったのか皺が寄り、形も崩れてしまっている。急に罪悪感が沸き上がり、手の中のものを心なしか黒ずんで見せた。治せないだろうか。
必死に考えたがやはり花弁の皺。伸ばそうとすると破れてしまった。
「ほんとだよなぁ」
その様子を眺めていたコーストは呆れ顔で近づいてきた。しゃがんで今にも泣きそうなジアルダの頭をその大きな手でわさわさと撫でる。
「寝ちゃったんじゃぁ、しょうがないよな」
「んぅ、、」
「泣くな泣くな。今日はちゃんと飯あるから気にしなくていいって」
そんなことを言われても涙の止め方なんてまだ知らない。瞳から溢れて赤い頬を伝っていく。
「ふっ、たつ、作って、たのぉ」
「うんうん、頑張った。また姉ちゃんと摘んで来ればいい。また明日、今日はもう気にすんな」
なっ、と大好きな笑顔で向かい合われると堪えていた口も抑えられなくなってしまう。
「うわぁぁー、コーストぉ」
その胸に飛び込んでしがみつくと溜め息を吐きながら暖かい手が背中を擦ってくれる。それがいつものことで、いつまでも続くこと。そう思って疑わなかった。
二人が暮らすのは東方の国、スバイザークの城下に広がる広大な国領の片隅。そこは人々が廃墟と呼ぶ町だった。
スバイザークでは周辺国との戦争の影響で階級間の差がよく目につくようになっていた。
ジアルダと同様、コーストも親という人を知らなかった。その頃の記憶もない。だからこそ改めて寂しいと思うようなこともなかった。
この町はそんな子供で溢れていた。二人のように記憶のない者はまだいい。中には捨てられたことを覚えている者、売り飛ばされそうになり逃げ出してきた者、反対にどうしようもない親を捨てた者。
孤独を背負った者も当然いたし、そんな彼らの心境はやはり壮絶だった。
十六になったコーストはその町では一番の年長者だった。
そもそもこの忘れられた町に最初に足を踏み入れたのはコーストだ。幼い頃、食料を求めて宛もなくさ迷っていたところにたどり着いたのがこの町だった。その頃はまだ今ほど孤児の数もおらず、通りかかる旅人なんかは憐れんで食べ物を与えてくれることも少なくなかった。そういうものにすがってなんとか生き延びてきて、ふと気がつくと町の孤児は百人に上るまでに増えていた。砂ぼこりで汚れた彼らを人々はダートと呼ぶようになった。
「コーストぉ、行ってきます!」
ジアルダはぶんぶんと手を振った。これからニカチと町を出て花を摘みに行くのだ。ニカチはそのお守りだ。年は五つ上。ジアルダと同様にコーストに育てられた彼女はまだ幼いジアのことを気にかけていた。
「わるいなぁ」
「ううん、全然大丈夫。今日はクーナが当番だから」
少し申し訳なさそうに頭を掻くコーストにニカチは笑いかけた。
「そうか。いつもありがとな」
コーストに髪をくしゃくしゃとされ、ニカチはとても嬉しそうな顔をした。いつもそうだ。ニカチがコーストに、そうとは気づかれないようについて回っているところをジアルダは幾度も目にしている。
「気をつけてな」
手を振り返したコーストに別れを告げると、ジアはニカチの手を引きずんずんと歩き出す。
町の子供達はそれぞれに気の合う者が集まって共同で生活していた。新入りは大抵最初に見つけた者に引き取られることになっており、中でも幼い子はコーストのところに預けるという習慣が自然に出来上がっていた。
町にコーストのことを知らない子供はいないし、血族のない彼らにとってコーストは最後に頼ることのできる唯一の心の砦だった。
そんな彼らをコーストもまた大切にしていたから、町には孤独を気取る者はいてもひとりぼっちはいなかった。
皆が最下級の暮らしの中で幸せを見つけようと必死に生きていた。
「おはよう、ジア」
「おぉジア、また花摘みに行くのか」
「気をつけて、ニカチから離れないようにね」
皆それぞれにジアルダに声をかける。しばらく町に幼い子供が入らなかったため、コーストと通常より長く一緒にいるジアは小さな有名人だった。
「行ってきまーあはは」
無邪気に笑うジアに皆は手を振ってくれた。
町を出てしばらく行ったところには森があった。その中でも花が密集している日当たりの良い場所にニカチはジアを連れていってくれた。
後は昨日したことと同じ、できるだけ綺麗な花を選んで必要なだけ摘んだ。
「ニカチ、見て!」
ジアが見つけたのは紫色の美しい花だった。その優美な色は、ふとコーストの髪を思わせた。太陽の光りと同じ色。あの綺麗な髪に似合いそうだ。
「まぁ、綺麗ね」
「うん!」
「でももう花は足りてるわ」
「コーストにあげるの。髪につけてあげる」
「うーん、コーストは髪に花はつけないと思うけど」
苦笑するニカチをよそにジアはコーストの喜ぶ顔を目前に浮かべ、その花を摘み取った。
そのとき優しい兄ちゃんの声が聞こえた気がした。
「ジア? 、、、なんだ寝てるのか」
ふわりと被さった何かに目を開けると、向こうに荷物を広げて座る兄の姿があった。
「コースト」
コーストが顔を上げる。夕日に照らされた優しい瞳と目があった。
「起きたか」
戦利品の小さなパンを顔の横に掲げて笑う。ジアルダはその顔が大好きだった。
彼女には親がいない。コーストとの間にも血の繋がりはない。それは二人に限らず、この地域に住み着いた子供たちのほとんどにはその間を繋ぐ繋がりなどはなく、ただ孤児であるという共通点から寄り添い合い暮らしていた。
今よりもまだ幼い記憶もはっきりとしない頃、泣いていたところにコーストと出会ったことだけが思い出せる唯一の暖かな思い出だ。それからはずっと一緒で、自分でも自覚はないがジアルダにとってコーストの存在がこの世の全てだった。幼き日から六歳にまで成長し、ようやくコーストを助けることができると意気込んでいたのだが。ジアルダに掛けられたコーストの上着の影には、落ちた花が虚しくも萎れていた。
「コースト、、ごめんなさい」
拾い上げたそれはもとは髪飾りになるはずだったもの。眠っている間に潰してしまったのか皺が寄り、形も崩れてしまっている。急に罪悪感が沸き上がり、手の中のものを心なしか黒ずんで見せた。治せないだろうか。
必死に考えたがやはり花弁の皺。伸ばそうとすると破れてしまった。
「ほんとだよなぁ」
その様子を眺めていたコーストは呆れ顔で近づいてきた。しゃがんで今にも泣きそうなジアルダの頭をその大きな手でわさわさと撫でる。
「寝ちゃったんじゃぁ、しょうがないよな」
「んぅ、、」
「泣くな泣くな。今日はちゃんと飯あるから気にしなくていいって」
そんなことを言われても涙の止め方なんてまだ知らない。瞳から溢れて赤い頬を伝っていく。
「ふっ、たつ、作って、たのぉ」
「うんうん、頑張った。また姉ちゃんと摘んで来ればいい。また明日、今日はもう気にすんな」
なっ、と大好きな笑顔で向かい合われると堪えていた口も抑えられなくなってしまう。
「うわぁぁー、コーストぉ」
その胸に飛び込んでしがみつくと溜め息を吐きながら暖かい手が背中を擦ってくれる。それがいつものことで、いつまでも続くこと。そう思って疑わなかった。
二人が暮らすのは東方の国、スバイザークの城下に広がる広大な国領の片隅。そこは人々が廃墟と呼ぶ町だった。
スバイザークでは周辺国との戦争の影響で階級間の差がよく目につくようになっていた。
ジアルダと同様、コーストも親という人を知らなかった。その頃の記憶もない。だからこそ改めて寂しいと思うようなこともなかった。
この町はそんな子供で溢れていた。二人のように記憶のない者はまだいい。中には捨てられたことを覚えている者、売り飛ばされそうになり逃げ出してきた者、反対にどうしようもない親を捨てた者。
孤独を背負った者も当然いたし、そんな彼らの心境はやはり壮絶だった。
十六になったコーストはその町では一番の年長者だった。
そもそもこの忘れられた町に最初に足を踏み入れたのはコーストだ。幼い頃、食料を求めて宛もなくさ迷っていたところにたどり着いたのがこの町だった。その頃はまだ今ほど孤児の数もおらず、通りかかる旅人なんかは憐れんで食べ物を与えてくれることも少なくなかった。そういうものにすがってなんとか生き延びてきて、ふと気がつくと町の孤児は百人に上るまでに増えていた。砂ぼこりで汚れた彼らを人々はダートと呼ぶようになった。
「コーストぉ、行ってきます!」
ジアルダはぶんぶんと手を振った。これからニカチと町を出て花を摘みに行くのだ。ニカチはそのお守りだ。年は五つ上。ジアルダと同様にコーストに育てられた彼女はまだ幼いジアのことを気にかけていた。
「わるいなぁ」
「ううん、全然大丈夫。今日はクーナが当番だから」
少し申し訳なさそうに頭を掻くコーストにニカチは笑いかけた。
「そうか。いつもありがとな」
コーストに髪をくしゃくしゃとされ、ニカチはとても嬉しそうな顔をした。いつもそうだ。ニカチがコーストに、そうとは気づかれないようについて回っているところをジアルダは幾度も目にしている。
「気をつけてな」
手を振り返したコーストに別れを告げると、ジアはニカチの手を引きずんずんと歩き出す。
町の子供達はそれぞれに気の合う者が集まって共同で生活していた。新入りは大抵最初に見つけた者に引き取られることになっており、中でも幼い子はコーストのところに預けるという習慣が自然に出来上がっていた。
町にコーストのことを知らない子供はいないし、血族のない彼らにとってコーストは最後に頼ることのできる唯一の心の砦だった。
そんな彼らをコーストもまた大切にしていたから、町には孤独を気取る者はいてもひとりぼっちはいなかった。
皆が最下級の暮らしの中で幸せを見つけようと必死に生きていた。
「おはよう、ジア」
「おぉジア、また花摘みに行くのか」
「気をつけて、ニカチから離れないようにね」
皆それぞれにジアルダに声をかける。しばらく町に幼い子供が入らなかったため、コーストと通常より長く一緒にいるジアは小さな有名人だった。
「行ってきまーあはは」
無邪気に笑うジアに皆は手を振ってくれた。
町を出てしばらく行ったところには森があった。その中でも花が密集している日当たりの良い場所にニカチはジアを連れていってくれた。
後は昨日したことと同じ、できるだけ綺麗な花を選んで必要なだけ摘んだ。
「ニカチ、見て!」
ジアが見つけたのは紫色の美しい花だった。その優美な色は、ふとコーストの髪を思わせた。太陽の光りと同じ色。あの綺麗な髪に似合いそうだ。
「まぁ、綺麗ね」
「うん!」
「でももう花は足りてるわ」
「コーストにあげるの。髪につけてあげる」
「うーん、コーストは髪に花はつけないと思うけど」
苦笑するニカチをよそにジアはコーストの喜ぶ顔を目前に浮かべ、その花を摘み取った。
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