36 / 39
ジアの追憶
アザイド・エンヴァ
しおりを挟む
それは町に戻り基地で髪飾りを作り始めたときだった。ニカチと向かい合って作業をしていると入り口に掛けた布を翻してニカチと同い年くらいの少年が駆け込んできた。
「大変だっ!」
「なにっ? どうしたの」
ひどく慌てた様子の少年はニカチに早口に捲し立てた。
「コーストがっ、コーストが━━━━
なにも食べずにもう二日経過していた。空腹は過ぎると感じなくなるが、それも過ぎてしまうと体は自然と動くことを彼はこの日初めて知った。
手近な店に狙いを定め、隙をうかがう。大柄な店主が気取った服を着た女に果物をさばこうとしていた。
店の裏に回り男が未だ女にしつこく話しているのを見届けギリギリまでゆっくりと近づいた。
目と鼻の先、十歩もいかないところに果物が山と盛られていた。今だ、そう思うと同時に足は自然と動きだし、果物の乗った台へと近づく。手に触れた小さなリンゴを掴み、両手で握り直して向きを変えて走り出す。
罪悪感など微塵もなかった。あれだけ残っているのだからひとつくらい拝借したところでバレはしない、そう思った。
角を曲がり店から死角になったところで腰を下ろし、上がった息を整える。手の中に食べ物がある、こんなに幸せなことはなかった。
一口かじるとその甘さが乾いた喉に、体に染み入った。二口かじると言われもない高揚感が口の中を満たした。三口かじると━━━
「このクソガキがっ!」
その瞬間頭部に呼吸が止まるような痛みが走った。体が落ちていく感覚。意識はそれと思う間もなく消えた。
大勢の観衆に取り囲まれ響いた涙混じりの声。
「コーストっ」
その瞬間腕の痛みが和らぎ、すぐ横で兵士の体が地面に崩れ落ちた。
「っ、貴様」
振り返った片割れがコーストの姿を目に留め、瞬時に怒りの声をあげた。
「先帰ってろ」
弾かれるようにしてその場から押し出され、振り返るとコーストが手を振った。ふと見ると隣の大きな女が僕を捕まえようとしていた。
━━━コースト
もう一度心でその名を呼んだ。コーストがもう一人の兵士を打ちのめす。その向こうからは援軍が駆けてきていた。
伸びてきた手をすっと潜り避け、人混みの中を姿勢を低くして駆け抜けていく。
コーストなら大丈夫だ。そう心の内で甘えていた。
振り返った少年はすでに十人ほどの屈強な形の男たちに取り囲まれていた。周囲に集まるのは彼の敗北を願う観衆ばかりだ。
少年の足元に転がる二人の男。一人は気を失っているが、もうひとりは…骨が折れたのだろう、苦しそうに顔を歪めている。
男たちが目配せをした直後、その中の三人がに少年に殴りかかった。
固く握られた拳が少年の目の前に迫る。彼はそれを素手で受け流し残った背中に鋭い蹴りを入れた。直後耳元で鳴る風の迫る音にしゃがんで避け、その動きの間に目の前の足を払う。よろけた兵士たちは絡まって地面に倒れ、それを見た他の兵士が一斉に彼に飛びかかる。少年は一番速かった男の腕を掴む。自らその体を引き寄せ一瞬でその鳩尾に膝をめり込ませると、飛んできた腕をその男を盾に避け、男の体を投げつけた。横から腕を伸ばす男を斜めに避けその肩を台に飛び上がり、塊となった男たちの頭上に飛び降りる。二人を蹴り飛ばし着地すると立ち上がる動きと共にもう一人を殴りあげる。
残るはあと二人。構え直す男たちを少年は睨み付けた。
そのときだった。突然少年の足元に大きな魔方陣が姿を現した。何やら毒々しい紫の光を放つその魔方陣は吹き出した強風で男たちを払うように吹き飛ばす。次の瞬間凄まじい音と共に少年の体は激しい痛みに襲われた。光がバリバリと音をたて少年を飲み込む。
「があぁぁ、あぁぐぅああアアアっ」
それはまるで全身の骨を砕かれたような、そんな音をたてながら少年はその場に崩れ落ちた。気を失った少年の足元で魔方陣は音もなく閉じられる。
ざわつく観衆。何が起こったのかと辺りを見回し口々に騒ぎ立てる。誰も助けに行こうともしなければ、その存在を気に留める者もいない。
その様子を遠巻きに眺める一人の男がいた。黒馬に乗った豪然たる雰囲気の男。その胸に王国兵士の紋章が刻まれた制服を着ている。彼は名をアザイド・エンヴァといった。
「大変だっ!」
「なにっ? どうしたの」
ひどく慌てた様子の少年はニカチに早口に捲し立てた。
「コーストがっ、コーストが━━━━
なにも食べずにもう二日経過していた。空腹は過ぎると感じなくなるが、それも過ぎてしまうと体は自然と動くことを彼はこの日初めて知った。
手近な店に狙いを定め、隙をうかがう。大柄な店主が気取った服を着た女に果物をさばこうとしていた。
店の裏に回り男が未だ女にしつこく話しているのを見届けギリギリまでゆっくりと近づいた。
目と鼻の先、十歩もいかないところに果物が山と盛られていた。今だ、そう思うと同時に足は自然と動きだし、果物の乗った台へと近づく。手に触れた小さなリンゴを掴み、両手で握り直して向きを変えて走り出す。
罪悪感など微塵もなかった。あれだけ残っているのだからひとつくらい拝借したところでバレはしない、そう思った。
角を曲がり店から死角になったところで腰を下ろし、上がった息を整える。手の中に食べ物がある、こんなに幸せなことはなかった。
一口かじるとその甘さが乾いた喉に、体に染み入った。二口かじると言われもない高揚感が口の中を満たした。三口かじると━━━
「このクソガキがっ!」
その瞬間頭部に呼吸が止まるような痛みが走った。体が落ちていく感覚。意識はそれと思う間もなく消えた。
大勢の観衆に取り囲まれ響いた涙混じりの声。
「コーストっ」
その瞬間腕の痛みが和らぎ、すぐ横で兵士の体が地面に崩れ落ちた。
「っ、貴様」
振り返った片割れがコーストの姿を目に留め、瞬時に怒りの声をあげた。
「先帰ってろ」
弾かれるようにしてその場から押し出され、振り返るとコーストが手を振った。ふと見ると隣の大きな女が僕を捕まえようとしていた。
━━━コースト
もう一度心でその名を呼んだ。コーストがもう一人の兵士を打ちのめす。その向こうからは援軍が駆けてきていた。
伸びてきた手をすっと潜り避け、人混みの中を姿勢を低くして駆け抜けていく。
コーストなら大丈夫だ。そう心の内で甘えていた。
振り返った少年はすでに十人ほどの屈強な形の男たちに取り囲まれていた。周囲に集まるのは彼の敗北を願う観衆ばかりだ。
少年の足元に転がる二人の男。一人は気を失っているが、もうひとりは…骨が折れたのだろう、苦しそうに顔を歪めている。
男たちが目配せをした直後、その中の三人がに少年に殴りかかった。
固く握られた拳が少年の目の前に迫る。彼はそれを素手で受け流し残った背中に鋭い蹴りを入れた。直後耳元で鳴る風の迫る音にしゃがんで避け、その動きの間に目の前の足を払う。よろけた兵士たちは絡まって地面に倒れ、それを見た他の兵士が一斉に彼に飛びかかる。少年は一番速かった男の腕を掴む。自らその体を引き寄せ一瞬でその鳩尾に膝をめり込ませると、飛んできた腕をその男を盾に避け、男の体を投げつけた。横から腕を伸ばす男を斜めに避けその肩を台に飛び上がり、塊となった男たちの頭上に飛び降りる。二人を蹴り飛ばし着地すると立ち上がる動きと共にもう一人を殴りあげる。
残るはあと二人。構え直す男たちを少年は睨み付けた。
そのときだった。突然少年の足元に大きな魔方陣が姿を現した。何やら毒々しい紫の光を放つその魔方陣は吹き出した強風で男たちを払うように吹き飛ばす。次の瞬間凄まじい音と共に少年の体は激しい痛みに襲われた。光がバリバリと音をたて少年を飲み込む。
「があぁぁ、あぁぐぅああアアアっ」
それはまるで全身の骨を砕かれたような、そんな音をたてながら少年はその場に崩れ落ちた。気を失った少年の足元で魔方陣は音もなく閉じられる。
ざわつく観衆。何が起こったのかと辺りを見回し口々に騒ぎ立てる。誰も助けに行こうともしなければ、その存在を気に留める者もいない。
その様子を遠巻きに眺める一人の男がいた。黒馬に乗った豪然たる雰囲気の男。その胸に王国兵士の紋章が刻まれた制服を着ている。彼は名をアザイド・エンヴァといった。
0
あなたにおすすめの小説
ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように
柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」
笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。
夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。
幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。
王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
二年間の花嫁
柴田はつみ
恋愛
名門公爵家との政略結婚――それは、彼にとっても、私にとっても期間限定の約束だった。
公爵アランにはすでに将来を誓い合った女性がいる。私はただ、その日までの“仮の妻”でしかない。
二年後、契約が終われば彼の元を去らなければならないと分かっていた。
それでも構わなかった。
たとえ短い時間でも、ずっと想い続けてきた彼のそばにいられるなら――。
けれど、私の知らないところで、アランは密かに策略を巡らせていた。
この結婚は、ただの義務でも慈悲でもない。
彼にとっても、私を手放すつもりなど初めからなかったのだ。
やがて二人の距離は少しずつ近づき、契約という鎖が、甘く熱い絆へと変わっていく。
期限が迫る中、真実の愛がすべてを覆す。
――これは、嘘から始まった恋が、永遠へと変わる物語。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
婚約破棄の代償
nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」
ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。
エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる