僕の記憶に黒い影はない。

tokoto

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小さな村

道中

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 パチパチと音をたて、踊るように炎が弾ける。その様子をリファーナは食い入るように見つめていた。
「まだ起きてるの?」
背後から声をかけたのは先程まで眠っていたサリュだった。眠たげに瞳の端を擦っている。
「…サリュ」
「うん、そうだよ」
「…も、起きてる」
「寒くて、起きちゃったんだ」
「寝ている、皆」
リファーナはコーストを振り返る。炎の明かりが薄くなった場所で大きな背中が呼吸していた。
「皆疲れてるんだよ」
サリュは笑う。
 町を出た四人は宿で貰った小さな地図を開いた。ルシューランからもっとも近い場所に小さな村があるようで、四人はそこに狙いを定めて動き始めていた。
 一日歩き通しの足はくたくたに疲れきっていた。
 ぶるりと体を震わせたサリュはリファーナの横に腰を下ろす。
「寒い?」
リファーナは不思議そうに首をかしげた。舞台の時のままの軽やかな薄手の衣装は、他の誰のものよりも風に軽く舞う。いかにも寒そうで、それなのにリファーナにはそれらしい様子は一度も見られない。
「リファーナは寒くないの?」
昼間の暑さとは掌を反したような冷たい風がひゅるりひゅるりと服の間で渦巻いて行く。数時間まえに比べればずいぶんと火は小さくなっていた。薪代わりの小枝ももうなくなってしまったようだ。
「…寒くない」
「そっか」

 見上げても星空なんて綺麗なものは見えず、黒雲に覆われた空が重くのしかかっている。
「ねぇリファーナ」
先程よりさらに小さくなった炎はもういつ消えても不思議ではない。
「君はどこから来たの」
風に揺らぐ炎を眺めながらサリュは小さな声で問いかけた。それはまるで内緒話でもするかのように小さな声で。
「同じこと」
同じ事をルビアナにも聞いていた。リファーナは首を傾げた。
「そうだね、同じこと。同じことをリファーナにも聞きたくなったんだ」
サリュは視線は炎に向けたまま、小さく笑った。
「…どこから…」
隣から聞こえる小さな唸り声にまた笑う。
「……」
「…リファーナ? わからないのかい?」
サリュが振り向くと想像以上に真剣なリファーナの顔があった。
「………、どこからも、来て、ない」
純粋に驚いたようでリファーナは眉根を寄せた。そんなことこれまで考えたこともなかった、そんな表情でサリュを見返した。
 その驚きとも困り顔ともとれない表情にまたサリュは吹き出した。
「そんなに真剣にならなくてもよかったのに」
そんなサリュをみて今度は不思議そうな顔をする。
「ううん、いいんだ。ありがとう」
ひゅるりと吹いた風が最後の炎を連れ去って行く。
「…僕はね、覚えてないんだよ」
暗闇の中にポツリと落とされた言葉には寂しげな色が薄く染みていた。


「ほら、いつまで寝てんだよ」
瞼の隙間から差し込んだ眩しい光にサリュは目を覆う。そのまま数回瞬きを繰り返した後、状況を理解してゆっくりと起き上がる。
  皆もうすでに食事を終えたようで、カルに差し出された携帯食をしばらく眺めていると、無理矢理口に突っ込まれ立たされる。
「ほら、荷物」
サリュが投げられたカバンを受け取り、口をもぐもぐと動かし始めたのを見届けるとカルは背を向けた。
 その視線の先にまだ見ぬ目的地があるのだ。
 二人の様子を見てコーストは頷く。
「じゃあ行くか。日が暮れる前には着きたいからな」

 先頭をコースト。そのすぐ後ろにリファーナ、少し間を開けてカル。そして後方を携帯食を頬張りながらのろのろと足を動かすサリュが続く。
「ちゃんとついてきてるか」
コーストの問いかけにリファーナが振り返る。袖を引かれたコーストも振り返る。
「ん? おい、どうした?」
いつの間にかサリュは歩みを止め呆然といった様子でこちらを眺めていた。
「おい、サリュー」
「…っ、またか」
同じように後ろの異変に気がついたカルは、方向を変えサリュの方へと歩き出す。
 その間、固まっていたサリュの表情に生気が戻る。その瞬間顔が不快に歪み体を前に折り曲げた。
「吐くなっ!」
叫んだカルの声に反応して口を覆ったサリュは、眉根を寄せて顔をあげた。きょろきょろと周りを見回して、口を恐る恐る動かす。
「カル?」
「変な物じゃないから食べて大丈夫だよ」
「水分が異常に失われるんだけれどこれは何かな」
「携帯食だよ。小麦を練って焼いたやつ」
納得したように頷いて口の中の物を飲み込む。
「前のより食べやすいね」
「あぁ、まぁな。…どこから?」
「…靴を買ったんだ。それで、お金を払って…」
「わかった。歩きながら話そう」
カルはコーストを指差して見せる。
 追い付いた二人にコーストは怪訝な顔をした。
「どうした? 大丈夫か」
「あぁ、どうってことねぇよ。…まだ言ってなかったよな」
「何のことだ」
その言葉にさらに訝しげな表情を深めるコーストをカルは手で払う。
「ほら、さっさと歩かないと日暮れまでに着けなくなっちまうぞ」
「お、おう」

「で、その後宿で食事して、次の朝町を出た」
サリュは納得したように頷いた。
「だからこんなところに」
「今日が二日目だ。特に珍しいこともなかった。出発してからずっとこんな感じの平野だな」
「説明は終わったか」
話が終わったところでコーストが後ろを振り返った。
「あぁ。どうした?」
「どうした? じゃない。説明しろ、何があった」
コーストが立ち止まる。
「何でもないって言っただろ」
カルが睨むとコーストは笑った。
「何でもないやつが話す内容としてはちょっと不自然じゃないか」
「聞いてたのかよ」
「どうしてサリュにこれまでの事を説明した? サリュだってわかってるだろう。それとも何か、暗号か何かなのか」
「暗号…」
カルはそこから言い訳を探しているようだった。
「ねぇカル、いいんじゃないかな。コーストさんなら」
「っでも」
「カル、コーストさんなら大丈夫だよ。それに、しばらく一緒にいるかもしれないんだ、知っていてもらった方が僕も安心だよ」
「…そうか」
渋々と頷いたカルに礼を言う。
「コーストさん、今から話すことは少し突飛なことかもしれません。信じてもらえますか?」
「…あぁまぁ。内容にもよるが」
サリュはふっと笑った。
「では聞いてから判断していただいて結構です。リファーナも聞いてくれるかい?」
後ろにいるリファーナを振り返る。リファーナはどこか不機嫌な様子でこちらを睨んでいた。
「…あっ」
リファーナの視線をたどり、サリュは納得したように声をあげた。
「ごめんね、リファーナ。もう少し借りるよ。終わったらすぐ返すから、リファーナも聞いていてね」
口を尖らせながらも頷いたことを確認してサリュは語り出す。
「…僕には病気のようなものがあって、あっ、歩きましょう」
サリュに背中を押され、先程より少しゆっくりと一行は歩き出す。
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