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「数日の我慢です」
「なんでそんなことわかるんですか」
「そんな気がするのです」
適当すぎる説得で丸め込み、二人はそそくさと退散して行った。
広い部屋。こんなにも広いと一人が際立つ。
部屋を出ると谷からの風が前髪を散らした。
「うぅ、さむぃ」
来ていた服は眠っている間に脱がされたようで柔らかいシャツとズボンに着替えさせられていた。
「どうされました?」
扉の脇の男がこちらを向いた。
「ちょっと外に出ようと思って。さっきの…ヴェルガさんはどこに行きましたか」
「あの方でしたら書斎にいらっしゃるかと」
広すぎる城内を彼に言われた通りに進んでいく。幸い、記憶力には自信があるので道には迷わない…はずだった。
「どなた? ここで何をしていらっしゃるの?」
どこをどう迷ったのか、寒さを避けて屋内の通路に入ったのが間違いだったのか、中庭のような場所に出た。花々が咲き誇る美しい庭は明るい日差しが差し込み、風も吹いてこない。そこに艶のある黒髪の少女がいた。
「迷っちゃったんだけど…ここ、どこかな?」
何が面白いのか少女は目を丸くした後クスクスと笑いだした。
「えっ、なに?」
「本当にそのような言葉を使う方がいるのね」
可憐な少女は色の深い星空のようなドレスを着ている。白い肌に映える宝石のように澄んだ青緑の瞳。とても美しく、とても繊細で。それはまるで…まさか、そんな───
「お姫様なんて、いるの…?」
「あら、それなら私は何に見えて?」
「だって、そんなのお話の中でっ」
童話の中しか見たことがない。
「貴方どこからいらしたの? 王女を知らないなんて…。そんな国あったかしら」
少女は困った様子で俺を見る。
「私はエルレイル国第一王女ソフィアです」
「王女…さま…」
絵本を捲ったような人だ。…思えばここは城ということだから王女がいても不思議ではないのか。
「そうよ、一国の王女が名乗ったのだからお名前を教えてくださらない?」
「…俺は坂木ジン」
「ジン…ジンね。どうしてこんなところに?」
「道に迷っちゃって…」
「どこに行きたいの?」
「図書館なんだけど…」
「いいわ、私が案内して差し上げます。ついていらして」
そう言うとソフィアは俺が来た道を戻り始めた。
「ちょっと、まってよ」
想像よりあまりに大胆なお姫様に俺は困惑していた。
「こういうことはよくあることなの」
先を行くソフィアに問いかける。
「まさか。王女に道案内をさせるなんて誰かに見られたら…」
「こ、ここでいい、ここでいいよ。その…ソフィア、…様は戻って」
ソフィアは愛らしいキョトンとした顔でこちらを見つめた。
「あら送ってくださらないの?」
「なんのために案内してきたの?」
っ、マズい、王女にこんなこと言ったらダメだっただろうか。
「あっ、いや、待って違うんだ」
慌てて訂正するがソフィアの表情は固まったように動かない。
「…ソフィア?」
止まってしまった彼女の前で手を振ってみる。
「ソフィ──」
「ふふっ」
動いたっ。笑ったっ。
「本当に面白いわ。なんにも知らないのね。まるで違う世界から来たみたいだわ」
「違う世界…」
「私本をよく読むの。哲学書だったかしら。魔法書? どっちでもいいわ。世界はエインクシェル以外にもたくさんあるって書いてあったの」
ソフィアは得意気に語りだした。エインクシェルはこの世界の名であり、その他多くの世界は我々のわからないところで隣接していて、その境はどこにでもあってどこにもないのだ、と。
「ヴェルガさんが…」
扉だ。
「ヴェルガがどうしたの?」
俺が通ってきた扉がその境だとしたら。
「あの人が俺をつれてきた。俺は…」
本当に別の世界に来てしまったのか。
「ヴェルガが? だから図書館なのね、今、図書館にいるのねっ?」
ソフィアは興奮した様子で俺に詰め寄る。
「あぁ、たぶん」
「いいわ、案内してあげます。私、たった今ヴェルガに用事ができたわ」
早く行きましょう、とまた歩き出したソフィアは先程より少し早足になった。
「なんでそんなことわかるんですか」
「そんな気がするのです」
適当すぎる説得で丸め込み、二人はそそくさと退散して行った。
広い部屋。こんなにも広いと一人が際立つ。
部屋を出ると谷からの風が前髪を散らした。
「うぅ、さむぃ」
来ていた服は眠っている間に脱がされたようで柔らかいシャツとズボンに着替えさせられていた。
「どうされました?」
扉の脇の男がこちらを向いた。
「ちょっと外に出ようと思って。さっきの…ヴェルガさんはどこに行きましたか」
「あの方でしたら書斎にいらっしゃるかと」
広すぎる城内を彼に言われた通りに進んでいく。幸い、記憶力には自信があるので道には迷わない…はずだった。
「どなた? ここで何をしていらっしゃるの?」
どこをどう迷ったのか、寒さを避けて屋内の通路に入ったのが間違いだったのか、中庭のような場所に出た。花々が咲き誇る美しい庭は明るい日差しが差し込み、風も吹いてこない。そこに艶のある黒髪の少女がいた。
「迷っちゃったんだけど…ここ、どこかな?」
何が面白いのか少女は目を丸くした後クスクスと笑いだした。
「えっ、なに?」
「本当にそのような言葉を使う方がいるのね」
可憐な少女は色の深い星空のようなドレスを着ている。白い肌に映える宝石のように澄んだ青緑の瞳。とても美しく、とても繊細で。それはまるで…まさか、そんな───
「お姫様なんて、いるの…?」
「あら、それなら私は何に見えて?」
「だって、そんなのお話の中でっ」
童話の中しか見たことがない。
「貴方どこからいらしたの? 王女を知らないなんて…。そんな国あったかしら」
少女は困った様子で俺を見る。
「私はエルレイル国第一王女ソフィアです」
「王女…さま…」
絵本を捲ったような人だ。…思えばここは城ということだから王女がいても不思議ではないのか。
「そうよ、一国の王女が名乗ったのだからお名前を教えてくださらない?」
「…俺は坂木ジン」
「ジン…ジンね。どうしてこんなところに?」
「道に迷っちゃって…」
「どこに行きたいの?」
「図書館なんだけど…」
「いいわ、私が案内して差し上げます。ついていらして」
そう言うとソフィアは俺が来た道を戻り始めた。
「ちょっと、まってよ」
想像よりあまりに大胆なお姫様に俺は困惑していた。
「こういうことはよくあることなの」
先を行くソフィアに問いかける。
「まさか。王女に道案内をさせるなんて誰かに見られたら…」
「こ、ここでいい、ここでいいよ。その…ソフィア、…様は戻って」
ソフィアは愛らしいキョトンとした顔でこちらを見つめた。
「あら送ってくださらないの?」
「なんのために案内してきたの?」
っ、マズい、王女にこんなこと言ったらダメだっただろうか。
「あっ、いや、待って違うんだ」
慌てて訂正するがソフィアの表情は固まったように動かない。
「…ソフィア?」
止まってしまった彼女の前で手を振ってみる。
「ソフィ──」
「ふふっ」
動いたっ。笑ったっ。
「本当に面白いわ。なんにも知らないのね。まるで違う世界から来たみたいだわ」
「違う世界…」
「私本をよく読むの。哲学書だったかしら。魔法書? どっちでもいいわ。世界はエインクシェル以外にもたくさんあるって書いてあったの」
ソフィアは得意気に語りだした。エインクシェルはこの世界の名であり、その他多くの世界は我々のわからないところで隣接していて、その境はどこにでもあってどこにもないのだ、と。
「ヴェルガさんが…」
扉だ。
「ヴェルガがどうしたの?」
俺が通ってきた扉がその境だとしたら。
「あの人が俺をつれてきた。俺は…」
本当に別の世界に来てしまったのか。
「ヴェルガが? だから図書館なのね、今、図書館にいるのねっ?」
ソフィアは興奮した様子で俺に詰め寄る。
「あぁ、たぶん」
「いいわ、案内してあげます。私、たった今ヴェルガに用事ができたわ」
早く行きましょう、とまた歩き出したソフィアは先程より少し早足になった。
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