今日の私

山田輝

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今日の私

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「さようなら、今日の私」
そう呟くと、私はそっと目を閉じた。

 眠るという行為は、今日の私との訣別けつべつであり、明日の私へのバトンタッチである。

 夢を見て、夢を見たら朝になり、朝になったら小鳥が鳴く。その鳴き声に口説かれて、目を覚まし、優しさをたっぷり秘めた、暖かな朝日に抱きしめられる。

 そんな、童話から引用してきたような、誰もが恋する幸せな朝を迎えられたら、どれだけ素晴らしいだろうか!

 しかし、その瞬間は今日の私には訪れない。

 幼い頃からずっと考えていたことがあるから聞いてほしい。どうやら、眠る前の私と眠り終わった後の私は、全くの別人らしいということだ。

 詩的な表現でも、何かの婉曲えんきょくでもなく、全くの別人。

 眠ると意識が飛び、一日前の「自分」はどこか遠くへ旅立つ。そして翌朝になると、姿かたちは寸分すんぶんの狂いもないが、中身が一切異なる、別人へとすげ替わっているのだ! 昨日、楽しく友人とお喋りしていた私は、自分ではないという話だ。

 だけど皆馬鹿だから、そんなことが毎日起こっていることに、ちっとも気付いていない。確かに、知らない方が幸せかもしれない。私も、これに辿り着いたときは、不安で不安で仕方なかった。おちおち居眠りも出来やしなかった。

 しかしだからこそ、日々の生き方について思いを巡らすことを覚えた。何が幸せ? 何が不幸せ? そんなことを考えるより、まず自分というものを粗末にせず、この一日の生き方と向き合ってみてはいかがだろうか。

 明日の私は何を考えているのだろう。昨日の私は何を考えていたのだろう。

 一生懸命とか、死に物狂いとか、精一杯とか、簡単に口にするのはおこがましい。それでも、後悔しないようなやり方で、たった一日、たった一日を生きる。

 そして、目を閉じる。朝起きたら、もうそこに自分はいないのだから。

 怠け倒している若者や、傲慢ごうまんな老人や、脳天気な子どもに、ピースサインを送り、今日も私に対して、

「さようなら、今日の私」
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