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三
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「もう終わったよ。レイチェルが見つけてきたんだ。犯人はこの近藤美波だよ」
そこで学院長はシスター・アグネスを見、言いつけた。
「鞭をもっておいで」
その言葉自体がきびしい鞭として美波の身体と心を打つ。
「学院長、落ち着いてください。……ここではなく、せめて院長室で」
さすがにシスター・アグネスは、常軌を越した学院長の様子をこれ以上生徒のまえに晒してはまずいと思ったのだろう。
「ふん、そうだね」
周囲をとりまく生徒たちのこわばった顔に、今になって学院長もすこしばつが悪くなってきたようだ。
「ついておいで」
ここでこれ以上反抗する意図はなかったが、美波は足が動かすことができない。
「行きなさい」
小声でせかしたのはシスター・マーガレットだ。はい……と、ちいさく返事をし、美波は勇気をふりしぼった。
(殺されるかもしれない)
そんなことを思いつつ、学院長のあとに従った。
食堂を出る間際、心配そうに自分を見ている夕子と目が合った。夕子の顔の傷はほとんど治りかけていたが、それでも、かすかに赤い蚯蚓腫れが残っている。
自分も顔を殴られるのだろうか。想像すると足が止まりそうだ。美波はその止まりそうになる足を引きずるようにして学院長のあとを追った。その後をシスター・アグネスがついてくる。
別館から本館までの道を、夏の清らかな朝日を受けながら、美波は屠殺場へ連れて行かれる羊の気分で従った。背後にはシスター・アグネスがおり、逃げようにも逃げれない。仮にこの場は逃げれたとしても、周囲を巨大な塀で囲まれたこの学院から逃げ出すことなどできないのだ。
やがて三人は学院長室へとたどり着いた。
シスター・アグネスは室のなかまでは入ってこず、ドアのところで「では、私は」と言って背をむける。
最後にちらりと見たシスター・アグネスの目には、学院長にたいして恐怖と嫌悪がかすかに光っていた。シスター・アグネスでさえも学院長をどこかで嫌い怖れていることを美波は感じとった。
学院長室で学院長と二人きりになった美波はいっそう怯えたが、せめてその怯えを顔に出さないように努めるのが精一杯だ。
学院長が戸棚から鞭を取り出すのを美波はぼんやりと見ていた。
まるで自分の身にこれから起こることが、他人ごとのように、映画の場面のように思えてくる。恐怖のあまり、脳が現実逃避に走っているのかもしれない。
そこで学院長はシスター・アグネスを見、言いつけた。
「鞭をもっておいで」
その言葉自体がきびしい鞭として美波の身体と心を打つ。
「学院長、落ち着いてください。……ここではなく、せめて院長室で」
さすがにシスター・アグネスは、常軌を越した学院長の様子をこれ以上生徒のまえに晒してはまずいと思ったのだろう。
「ふん、そうだね」
周囲をとりまく生徒たちのこわばった顔に、今になって学院長もすこしばつが悪くなってきたようだ。
「ついておいで」
ここでこれ以上反抗する意図はなかったが、美波は足が動かすことができない。
「行きなさい」
小声でせかしたのはシスター・マーガレットだ。はい……と、ちいさく返事をし、美波は勇気をふりしぼった。
(殺されるかもしれない)
そんなことを思いつつ、学院長のあとに従った。
食堂を出る間際、心配そうに自分を見ている夕子と目が合った。夕子の顔の傷はほとんど治りかけていたが、それでも、かすかに赤い蚯蚓腫れが残っている。
自分も顔を殴られるのだろうか。想像すると足が止まりそうだ。美波はその止まりそうになる足を引きずるようにして学院長のあとを追った。その後をシスター・アグネスがついてくる。
別館から本館までの道を、夏の清らかな朝日を受けながら、美波は屠殺場へ連れて行かれる羊の気分で従った。背後にはシスター・アグネスがおり、逃げようにも逃げれない。仮にこの場は逃げれたとしても、周囲を巨大な塀で囲まれたこの学院から逃げ出すことなどできないのだ。
やがて三人は学院長室へとたどり着いた。
シスター・アグネスは室のなかまでは入ってこず、ドアのところで「では、私は」と言って背をむける。
最後にちらりと見たシスター・アグネスの目には、学院長にたいして恐怖と嫌悪がかすかに光っていた。シスター・アグネスでさえも学院長をどこかで嫌い怖れていることを美波は感じとった。
学院長室で学院長と二人きりになった美波はいっそう怯えたが、せめてその怯えを顔に出さないように努めるのが精一杯だ。
学院長が戸棚から鞭を取り出すのを美波はぼんやりと見ていた。
まるで自分の身にこれから起こることが、他人ごとのように、映画の場面のように思えてくる。恐怖のあまり、脳が現実逃避に走っているのかもしれない。
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