マーメイド・セレナーデ 暗黒童話

平坂 静音

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血と月に 一

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「メリジュス、おまえ、宴に出るつもりなのか! 馬鹿なことするなよ!」
 
 自身も宴用に新しい青色の胴衣を着ているアルディンが怒りながら、廊下を歩いていたメリジュスにつっかかってきた。メリジュスが宴に出ることが気に入らないのだろうか。

「レイミィ様の給仕をするのよ」

 アルディンの雀斑のなかの鼻がゆがんだ。

「馬鹿か、お前! いい見世物にされるんだぞ! おまえ、笑い者にされるだけだぞ!」

 見世物。笑い者。メリジュスは唇を噛んだ。

「わたしは、自分の仕事をするだけよ」

 相手の鳶色の瞳が怒りに燃えた。

「なぜだよ? なぜ兄上の言うことは聞くんだ! 俺の誘いは断ったくせに!」

 メリジュスが、その怒気どきの底にあるアルディンの感情に気づくには、またアルディンが自分の怒りの正体をきちんとメリジュスに説明するには、二人ともまだもう少し季節が必要だった。そして気まぐれな季節の風は、この二人には間に合わなかったのだ。

「なんだよ、お前、その格好? 今夜は道化の代わりをするつもりなのか?」

 今のメリジュスは、首元は被衣でかくしているが、その下はドレスをまとっている。それだけでもかなり雰囲気
が大人っぽくなって見え、またその事がアルディンを怒らせた。

「道化? ええ、けっこうよ! わたしはどうせ生まれたときから笑い者だったんだから。あなたもわたしを笑っていたんでしょ!」

「メリジュス、待て……俺は……」

 メリジュスはアルディンを突き飛ばすようにして廊下を走りぬけた。

 背後でアルディンが何か言ったが、彼の声はもうメリジュスの耳に入らず、ひたすらレイミィの室を目指した。中に入るまえに、胸内の怒りをとにかくおさめようと一息吐いたとき、室内の話し声が聞こえてきた。




「レイミィ、足が悪いことなど気にすることはないさ。少し歩くのが遅いぐらい、誰も気づかないよ」

「でも、心配だわ……」

 声は勿論ジェルディンとレイミィだ。レイミィは足に支障があったようだ。

(だから、歩くのがゆっくりだったのね)

 まったく気づかなかった。ゆったりとしたレイミィの動きは、むしろいかにも名家の娘らしくかえって上品に思えたぐらいだ。

「あの娘は、ひどい痣があるんだ。あの痣にくらべたら、君の足が少し不自由なぐらい、誰も気にとめやしないさ。だから、あの娘をそばに置いておけばいいんだ」

 それに対してレイミィが何と言ったかは聞きとれなかった。

 メリジュスは、自分のするべきことを思いついて厨房へ向かった。



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