阿古屋

平坂 静音

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龍神宮 二

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 わたくしは、遅咲きの桜の花びらが川のうえにふりそそぎ、水面みなもを珊瑚色に染めていたころ、花びらといっしょにながれてきたそうでございます。
 仰天したのは、黄昏どきに、高欄こうらんに身をのりだしてながれゆく花びらをでていた女童めわらべたちでございます。
 狐狸こりか、あやかしのものが悪さでもしかけてきたのかと慌てたものの、やがて水につながるきざはしのところにわたくしの身体がひっかかり、なかなか消えもながれもせず、女童らがどうしたものかと迷っているうちに、騒ぎを聞きつけた年かさの女房たちの手によって、わたくしは川からこのお邸へとひきあげられたのでございます。
 さようでございます。このお邸は川に接して建てられており、近くに寺があるらしく、川の水音にまじって、ときおり経を読む声が聞こえてまいりまして、その寺の僧都たちや近在のものたちは、たわむれにお邸のことを《龍神宮りゅうじんぐう》とよんでいるそうでございます。
 夏に涼を得るために特別につくられたお邸だそうで、ふつうの建物の倍ちかく床下の柱がながくなっており、水のうえで暮らせるようになっているお邸なのだそうでございます。
 お邸の方々の手あつい介抱のかいあって、わたくしは意識をとりもどしたものの、自分がどこの誰なのか、いかなる理由よしあって川をながれてきたのか、まったく自分にかかわる記憶を失くしていたのでございます。
 わたくしが覚えている最初のことは、石のように冷えてかたくなっていた五体が、お邸の皆さまの介抱によって、少しずつ熱をとりもどし、それと同時に全身がたまらなく痛みだした辛い体験でございます。
 おそらく、水中をながれているあいだは意識も朦朧としてなにも感じることがなかったのが、息を吹き返すことによって感じる身体と心を取り戻すにつれて、のたうつほどの苦痛を味わったのでございましょう。正直、いっそ死んでいた方が良かったのではないかというほどの苦しみでございました。
 二日ほどは熱にうなされ、さらに幽明境ゆうめいさかいをさまよいましたが、なんとかそれもおさまりまして、重湯や乳粥ちちがゆなどをいただき、ようやっと言葉を口にすることができるようになりました。
 とはいうものの、まず名を問われて返すことができませんでした。これにはあつまっていた皆様も困惑して目を見かわすばかりでございました。
 お邸には、出家して尼になった老女が仔細あって墨染めの衣姿で姫様のお側にございまして、その方がひどく同情深くおっしゃるには、きっとわたくしは何かの事情があって川に身を投げたのではないか、と。
 その理由は、おそらく恋人か夫に去られたせいか、もしくは男女のことで悩みがおおく、思いあまって身を投げたのではないかということでございます。
 自分のことだというのに、ひどくたよりない話でございますが、おそらくは尼君の言うとおりではないかと思われます。きっと、わたくしは、辛い想いをして、その苦しみからのがれるために、みずから我が身を水底へと投じたのでございましょう。
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