阿古屋

平坂 静音

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龍神宮 三

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 それというのも、意識をとりもどしてすぐのころ、介抱にあたってくれていた女房の給仕で、ともに水飯をいただいておりますと、わけもなくやるせなく、せつなくなり、ときに何千本もの針を胸に突き刺されたような、どうにも説明できない痛苦になやまされたのです。椀を持ったままぼんやりとしてしまい、気がつくと涙をぽろぽろ折敷おしきのうえにこぼしており、そばの女房が仰天してしまいました。
「どうして泣いているの?」
 訊かれてもうまく答えられぬわたくしを、その女房はやさしい言葉でいたわってくれました。
「きっと、自分でも思い出せないつらい出来事が、あなたを苦しめているのでしょう。そういうときは、心のままに泣きたいだけ泣くといいわ」
 見舞いにきてくれていた老尼もなぐさめ顔につぶやきました。
「一度うしなった命がこうして救われたのには、きっと意味があるのでしょう」
 ありがたいことにわたくしはお邸の女房のはしくれにまぜていただくことになり、十六夜姫様と皆様がかしずくお方に、ともにお仕えすることになったのでございます。
 さいわい過去のことは覚えておらぬものの、生活に必要なあらかたの知識はそなえておりまして、布を染めたり縫い物をしたり、姫様の調度品のお手入れをしたりしているうちに、季節の風がわたくしのうえを優しく吹きぬけていきました。
 まるで、もう何年もこのお邸にいたような錯覚さえするほどでございます。そんな幸せを感じられるようになった一番の理由は、一にも二にも、十六夜姫様のお優しさのおかげというしかございません。 
「浮舟のご機嫌はいかがかしら?」
 姫様はときおりわたくしのことを浮舟とよんで、おからかいになられます。
 浮舟とは、『源氏物語』に出てくる薄幸の姫君のことだそうで、匂宮と薫という貴公子二人に言いよられ、悩んだすえに宇治川に身を投げたのだそうでございます。それが記憶を失くしたゆえか、もともと物語などそう読んだことがなかったせいか、わたくしは『源氏物語』についても無知でして、浮舟とはどなたのことでございますか? とおたずねして皆さまの失笑を買ってしまいました。
 後に、仲良くなった山吹やまぶきという、最初にわたくしに親切な言葉をかけてくれた年かさの女房が物語の巻物を貸してくださいまして、今少しずつ眠れぬ夜のつれづれのなぐさめとして読ませてもらっているところでございます。
「流れてきたとき、あなたが身につけていのは白い単衣ひとえ一枚で、身もとをあかすものはなにひとつなかったけれど、あなたは、字も読めるのだし挙措動作にどことなく品があるから、どこかの御殿にお仕えしていたのではないかしら」
 親切な山吹は、そんなことを言ってわたくしをなぐさめてもくれました。
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