阿古屋

平坂 静音

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千手 一

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 わたくしは、うつらうつらしていたのを見られたかしら、とすこしばつの悪い思いを微苦笑でごまかしました。
 娘はうれしそうに近づいてきて欄干らんかんのあたりまで寄ってきました。草履をはいた、むきだしの足が白く光って、若さ、というより、おさなさゆえの力強さを感じさせます。
 娘は微笑みかえしてくれました。女童にしては、すこし年がいっているようですが、まだ十五、六と思われるわたくしから見ても子どもめいた顔だちでございます。とはいうものの、十三、四で嫁ぐ娘もいるぐらいでございますから、もう大人の側にはいっているのかしれません。
「おねえさん、もう具合はよいの?」
 言葉づかいは身分柄ひどくぞんざいですが、あたたかみが感じられ、不快とは思いませんでした。苦笑しながらわたくしはお礼をつたえました。
 思えば、この娘が、あのときの魂のぬけがらのようだったわたくしの手を最初につかんでくれたからこそ、こうして生きているのですから、命の恩人といっても過言ではないでしょう。
「おかげさまで。ありがとう、あなたが助けてくれたのよね」
「うん。わたしが女房の方々を呼んできたの。あのとき、おねえさん、もう死んでいるのかと思った。こんな綺麗な亡骸はめずらしいなぁ、と感心したぐらい」
 まぁ。下々の者は大胆な言葉をはっきりと言います。わたくしはまた苦笑をこぼしつつ、千手を手招きしました。外の世界を、わたくしよりかは知っている千住に好奇心がわいてきたのでしょう。
「あらためてお礼を言います。助けてくれてありがとう」
「お礼なんていいよ。でも、おねえさん、いったいいつまでここにいるの?」
 ぶしつけな問いも、きらめくつぶらな瞳を見ると、笑って流すしかございません。
「この先も、姫様がゆるしてくだされば、ずっといるつもりよ。……わたくしにはね、帰る家がないのよ」
 千手はびっくりして目をまるくしました。
「ずっといるの? それは、よくない。おねえさん、あぶないよ」
 童のような口調よりも、その言葉に気をひかれてわたくしは目じりを上げていました。
「よくない……とは、どういう意味なのかしら?」
「だって、おねえさん、生きているのでしょう? ここは、生きている人はいてはいけない場所なのよ」
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