阿古屋

平坂 静音

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狭間にて 一

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 古くから神山しんざんといわれる深山みやまの霊域には、不思議な力がこもり、あの世へつうじる道ができてしまうのということを、わたくしは千手から知らされました。
「地獄絵図に描かれる鬼は、もともとは人だったのものが変じたものなの。亡者でもさらに業ふかくすくわれぬ者が鬼となって、あとからきた新参の亡者たちを責めさいなんでいるの。あの連中は、ここにいるあいだに、生きながらにして鬼になってしまったのよ」
「そ、それでは、この邸の人たちは、みんな鬼なの?」
「そうでない者もいれば、なっているものもいるし、なりかけている者もいて、ここを出ていくことができたらもとに戻れる者もいるわ」 
「わ、わたくしも鬼になるの?」
 恐怖のあまり問う声がふるえましたが、ありがたいことに千手は即座に首をふってくれました。
「おねえさんは大丈夫。まったく鬼の気は感じられない。だからこそ、一刻もはやくここを出ていかなければならないの。ここは《狭間はざま》だから、ここに長くいると、戻れなくなってしまって、鬼たちに喰われてしまう」
「そんな……、じゃ、姫様は? 姫様はどうなるの? 姫様も鬼の仲間なの?」
 わたくしは一番気にかかったことをたずねてみました。
「姫は、ちがう。姫は、ここで生れたから」
 千手の言うことは、わたくしにはすぐわかりませんでした。

 夜が明けると、邸は変わりなく静かで、昨夜の悪夢がほんとうに夢のようでございました。朝霧に清められた廊下をすすみ、わたくしは姫様の室へもどりました。
「姫様……」
 几帳の影でかすかにみじろぎされる気配がおこり、のどかな声がひびいてまいりました。
「阿古屋、おそい。今までどこに行っていたのですか?」
「鬼に、追われて、逃げまどっておりました」
「まぁ、阿古屋をつかまえられなかったとは、のそい鬼だこと」
「さようでございますね」
 わたくしは泣き笑いのような顔になりながら、おそれながら几帳のうちへと身をすすめました。そこにいたのは、ひからびた骸骨のような鬼ではなく、わたくしが敬愛してやまない、いつものようにお美しい十六夜姫様でございます。
「して、鬼の名は?」
「はい。山吹と尼君とお呼びしていたものたちでございます」
 姫様は艶然と微笑まれました。無垢ではなくなったものが持つ、どこか大人びた影を感じさせる笑みでございます。 
「夜が明けたのだから、もうすべて忘れているでしょうよ。なにごともなかった顔をしていなさい」
「はい……」
「あれから……千手というものから、どれだけ話を聞いたの?」
「姫様が、ここで生れたお方だということを」
 姫様は吐息をひとつ、こぼされました。
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