龍蘭帝国奇談夜話

黒願成就 一

　
　黒願成就こくがんじょうじゅ

「寺院に参るときは、裏門から入ってはいけないよ」
「あら、どうしてよ？」　
　自分の少しまえを歩く従兄いとこの小鳳しょうほうにそう言われ、蓮華れんかは唇をとがらせてしまった。数日前、十三の誕生日をむかえて初めて紅を塗ったのだ。
　表門につづく坂道にはおおぜい人がたむろんでいて、歩きづらそうだ。ここからだと裏の門がちかいのに。
　こんな暑い日は、あまり歩きたくない。
　ちょうど裏門につづく道には、白い花を咲かせた大きな槐えんじゅの木があり、心地良さそうな木陰を提供してくれている。
「寺院や神殿のような聖域に入るときは、裏から入ってはいけないのだよ。神仏に誤解されてしまうだろう」
「誤解って？」　蓮華は頬をふくらませた。
「裏から入ると、神様たちに、こいつは悪い願いごとを持って来たな、と思われてしまうかもしれないんだ」
　小鳳の、怜悧な切れ長の黒目が光る。
　蓮華は、彼のほっそりとした、自分より白い色白の顔と、額にまいてある、衣と同色の濃紺の飾り布を見上げ、胸を熱くした。
　銀糸ぎんしで小鳥を刺繍してあるそれは、村の学院で一番の成績をとった者だけにおくられる。
　小鳥の模様には、今は燕や雀のようなちいさな鳥でも、いずれは鴻おおとりや鵠くぐいのような大鳥となるという意味がごめられており、一番すぐれた成績をのこした者におくられることになっている。小鳳という彼の名前にもふさわしい。
　その才子のあかしである額飾ひたいかざりをつけた三つ年上の従兄と、こうして二人つれだって歩くのが、蓮華はたのしくてたまらない。
　とくに今日は夏祭りで、寺の境内や近辺では、諸国からあつまった名うての芸人たちが、歌舞音曲かぶおんきょく、芝居はもちろん、呑刀どんとう、吐火とか、跳剣ちょうけん、弄丸ろうがん、綱渡りなどの百戯ひゃくぎを三日三晩つづけて披露する。
　土産物や飲食物を売る屋台もならび、近隣の村からも人があつまり、大変なにぎわいである。　 
　祭りの喧騒は人の心をはずませるが、蓮華の胸を燃やすのは、昨夜聞いた父の言葉だ。
「小鳳がうちへ養子に来てくれたらなぁ」
　母相手にそうつぶやいた父の言葉を廊下でもれ聞いた蓮華は、飛びあがりそうになった。　　
　父は小鳳が婿入りして蓮華と所帯をもち、家業の薬問屋を継いでくれることを願っているのだ。
（わたしが小鳳兄さんと結婚……？　夢みたいだわ）
　想像すると、蓮華のすこやかな小麦色の頬が赤らむ。照れかくしに薄紅うすべに色の袖をふった。