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風歌月舟 一
しおりを挟む風歌月舟
「いやだよ」
伊蘭樹はきっぱりとことわった。
まわりの朋輩たちが、こまりはてた顔をしている。
伊蘭樹がつりあがった黒目に力をこめて言うと、一座をひきいる座頭ですら説得できないのだ。
「そんなことを、お言いでないよ、伊蘭樹。せっかくの御曹司のお招きなんだよ。ここでお前がうまくやってくれたら、あたしたち一座の名声もあがるし、お前だって都一の舞君の名を得られるんだよ。ほら、お聞き、あの太鼓、銅鑼、木琴。お前を呼んでいるよ」
年長の朋輩はさすがに舞踊をなりわいとする人間の弱いところをつく。伊蘭樹のつりあがった瞳のはしが、ややさがった。心をひかれているあかしだ。
大陸最大の帝国、龍蘭帝国。西の都の市場。
いきかう人が足をとめ、目をむける先には、にわかごしらえの櫓がそびえたち、そこでは、さきほどから七色の衣をまとった、この世の天女かと見まがう美少女が、優雅におどっている。あつまった人々はみな感嘆の吐息をこぼし口々にささやいた。
「ごらんよ、なんてきれいな舞姫だろう?」
「知らないのかい? あんた、もぐりだねぇ。さきごろから都一の豪商、柳家の御曹司が、ぞっこんほれこんでいるという噂の、今都きっての踊りの名手、栴檀樹だよ」
栴檀樹というのは、双葉のころより芳しい香をはなつことで有名な名木である。香よく白い花も見目良いのにちなんでつけた芸名だろう。にわかづくりの舞台の上であっても、色とりどりのあざやかな着物の裾を拍子の音にあわせ軽やかに散らし、民衆の心をとろかす舞姫にはふさわしい。
うしろで束ねたゆたかな黒髪といい、薄化粧をほどこした白い肌といい、敏捷そうでしなやかな手足といい、うるわしい香を全身からくゆらせ見る人の心にしのびこませてくるような、それは見事な舞踊である。
そんな栴檀樹と、彼女に魅きつけられていく人々を、少しはなれた、これもにわかづくりの高座でおもしろそうに見ている貴公子がいた。漆黒の絹の袍衣に、目にもあやな金糸の麒麟の刺繍。見るからに大家の子息としれる装いである。
「ほら、あちらが柳大尽の一の君、ご嫡男の秀龍さまだ」
都一の豪商、つまり実質的には都の財政をにぎっているといっても過言ではない実力者の息子に気に入られているうえに、この技。舞台のうえの娘は名実ともに都きっての舞手となるだろう。だが、そこへ幸か不幸か伊蘭樹の一座が通りかかってしまったのだ。
市場の人手を見こんで芸を売りにきたのだが、あいにくなことに栴檀樹の舞台にかちあってしまった。ここで、よもや芸を売るわけにもいかず場をはなれようとしていた矢先に、どういう酔狂か、一座を目にした御曹司のお声がかかってきた。
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