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風歌月舟 四
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拍子の音が一瞬やんだ。
にわかづくりの櫓である。そう高いものではないが、それでもそこは下界とは一線をたがえる別天地だ。ここへのぼれるのは、選ばれた者だけ。
才能に恵まれ、競争に勝ちぬき、さらなる高みをもとめて魂をかけておのれを表現しようとする、運命にしばられた者たちのみ。伊蘭樹や栴檀樹のような。
一目見て伊蘭樹はさとった。
(この子は、俺と同類だ)
乙女である。白絹の肌に黒檀の髪、瞳はおぼろの月のようにまるく、そこに無限の夜をひそめている。
伊蘭樹のするどく切れあがった瞳やほそい顎とはぎゃくに、やわらかい瞳に桃を思わせるようなやさし気な顔だち。見た目も、たがいにまといあう風の色も、すべて対照的だ。それでいて下界をはなれた魔法の船のような舞台でならぶと、二人は実感せずにはおれなかった。
自分たちは同じだ。遊芸、芸道の神が、いたずらに人とちぎってこの世に生み落とした異形のきょうだいなのだと。
敵意よりも、競争心よりも、そこに芽生えたのは、奇妙なことに子どもが外に出てはじめて友だちをつくったときのような、気恥ずかしさと楽しさだった。
いったんやんだ音は、ふたたび鳴りひびき、それに合わせて二人の袖も動きはじめた。群集のあいだから歓声がうまれた。
「いいぞぉ」
「やれやれぇ」
「伊蘭樹!」
「栴檀樹!」
今日の伊蘭樹のよそおいは踊りのための黒色の衣装で、袖も胴衣もふくらんだもので、裾は女の衣のように長く、ひとさし、ふたさし、うごけば、強風にあおられた花のようにゆれる。首すじが見えるように襟もとがひろげられており、そこには黒珠をつなげた瓔珞がかがやいている。栴檀樹の七色の華やかなよそおいにたいして、黒一色というのも好対照をなしている。
栴檀樹のほそい指には小型木琴《カスタネット》がある。踊りに合わせて楽のひくくなる瞬間に、絶妙の間で木琴をひびかせる。
一方、伊蘭樹はちいさな銅の鈴を、これも指で巧妙にふる。たがいの袖のあいだから、世にも奇妙で世にも妙なるふしぎな調べがひびきあう。
遠慮するように、畏縮するように拍子はやみ、ひびいてくるのは、栴檀樹、伊蘭樹のつくりだす木と鋼が鳴りあう巧みの極みのような、天から降ってくるのではと下の世界の人々に錯覚させるような音の綾錦だ。
いや、錯覚ではなく、今、歌舞音曲の精霊たちが、女神が、降臨したのだ。
「伊蘭樹!」
「栴檀樹!」
人々は応援する、というよりも、ほとんど憑かれたように二人の名を呼びあった。
だが二人には聞こえていなかった。
にわかづくりの櫓である。そう高いものではないが、それでもそこは下界とは一線をたがえる別天地だ。ここへのぼれるのは、選ばれた者だけ。
才能に恵まれ、競争に勝ちぬき、さらなる高みをもとめて魂をかけておのれを表現しようとする、運命にしばられた者たちのみ。伊蘭樹や栴檀樹のような。
一目見て伊蘭樹はさとった。
(この子は、俺と同類だ)
乙女である。白絹の肌に黒檀の髪、瞳はおぼろの月のようにまるく、そこに無限の夜をひそめている。
伊蘭樹のするどく切れあがった瞳やほそい顎とはぎゃくに、やわらかい瞳に桃を思わせるようなやさし気な顔だち。見た目も、たがいにまといあう風の色も、すべて対照的だ。それでいて下界をはなれた魔法の船のような舞台でならぶと、二人は実感せずにはおれなかった。
自分たちは同じだ。遊芸、芸道の神が、いたずらに人とちぎってこの世に生み落とした異形のきょうだいなのだと。
敵意よりも、競争心よりも、そこに芽生えたのは、奇妙なことに子どもが外に出てはじめて友だちをつくったときのような、気恥ずかしさと楽しさだった。
いったんやんだ音は、ふたたび鳴りひびき、それに合わせて二人の袖も動きはじめた。群集のあいだから歓声がうまれた。
「いいぞぉ」
「やれやれぇ」
「伊蘭樹!」
「栴檀樹!」
今日の伊蘭樹のよそおいは踊りのための黒色の衣装で、袖も胴衣もふくらんだもので、裾は女の衣のように長く、ひとさし、ふたさし、うごけば、強風にあおられた花のようにゆれる。首すじが見えるように襟もとがひろげられており、そこには黒珠をつなげた瓔珞がかがやいている。栴檀樹の七色の華やかなよそおいにたいして、黒一色というのも好対照をなしている。
栴檀樹のほそい指には小型木琴《カスタネット》がある。踊りに合わせて楽のひくくなる瞬間に、絶妙の間で木琴をひびかせる。
一方、伊蘭樹はちいさな銅の鈴を、これも指で巧妙にふる。たがいの袖のあいだから、世にも奇妙で世にも妙なるふしぎな調べがひびきあう。
遠慮するように、畏縮するように拍子はやみ、ひびいてくるのは、栴檀樹、伊蘭樹のつくりだす木と鋼が鳴りあう巧みの極みのような、天から降ってくるのではと下の世界の人々に錯覚させるような音の綾錦だ。
いや、錯覚ではなく、今、歌舞音曲の精霊たちが、女神が、降臨したのだ。
「伊蘭樹!」
「栴檀樹!」
人々は応援する、というよりも、ほとんど憑かれたように二人の名を呼びあった。
だが二人には聞こえていなかった。
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