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風歌月舟 七
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それが、思いもよらないことに、商売仇ともいうべき栴檀樹に、恋をした……?
(馬鹿馬鹿しい。あんな、舞台ではともかく、地味でちっぽけな娘に、懸想なんて)
内心で栴檀樹を侮辱してみたものの、そのとたん、にがい後悔がつきあげてくる。
舞台のうえでは桃の精かと思うほどに華やかで可憐であでやかだった栴檀樹を、こんな平凡でつまらない町娘のように変えてしまった原因が目のまえの御曹司かと思うと、秀龍にいらだちすらわきあがってくる。
ふつう伊蘭樹の立場であれば、金満家の御曹司の気をひくために、むしろ彼の寵を受けている栴檀樹を憎んでしかるべきなのに、どういうわけか栴檀樹の心を占めている御曹司に嫉妬めいた感情を燃やしはじめているのだから奇態な話である。
「伊蘭樹、気持ちはわかるが、あまり顔に出すものではないぞ」
かたわらの座頭が小声でささやいた。
「まだわしらは新参者なのだ。最初から意気ごむと失敗する。うまく御曹司にとりいっておけば、おまえが一番の気に入りになる日は遠くないさ」
鶏肉をほおばりながら目じりをさげて、座頭はさらにささやいた。
「そうなれば名実ともにおまえは都一の舞君よ」
伊蘭樹はうすく笑ったみせた。
彼の不機嫌さの本当の理由を理解できる者など、この場にいないだろう。
「さぁ、おまえも御曹司に一献ささげてこい。よいか、栴檀樹にも気をつかって下手に出ておくのだぞ。こういうときは謙虚にしておくにかぎる。舞台で見たときはなかなかの上玉と思ったが、こうして見ると、おまえの方がずっと美しいではないか。すぐに御曹司もおまえに心うごかされるて」
座頭が狡猾というのではない。芸や身体で身をたて、生きていく者たちの世界ではあたりまえの考え方なのだ。伊蘭樹は曖昧にうなずいてみせた。
宴が下火となるころ、伊蘭樹はひとり広間をぬけ、中庭に面したわたり廊下へ出た。
朱塗りの欄干に身をもたれさせ、ぼんやり夜空を見上げているうちに、ひどく憂鬱になってきた。庭には白玉の砂利がしきつめられ、若竹がならぶ。意外にも簡素な趣味なのか花はない。
「伊蘭樹様、どうなさいましたの? もうお酒は飲みませんの?」
人気のない廊下のはしに、なんと栴檀樹が立っていた。化粧を落とした顔で心配そうに伊蘭樹を見つめてくる。
「つ、つい、飲みすぎてしまって」
「それはいけませんわ。お薬をお持ちしましょうか?」
「けっこうです」
自分でも意外なほどに冷たい声が出た。だが相手はそんなこと気にもせず、近づいてきて伊蘭樹とならんで欄干に手をついた。内心ひどくあせりながら伊蘭樹はひっしに自分をおさえた。胸が高鳴り、頬が熱くなる。なにかのまちがいであってほしい。
(馬鹿馬鹿しい。あんな、舞台ではともかく、地味でちっぽけな娘に、懸想なんて)
内心で栴檀樹を侮辱してみたものの、そのとたん、にがい後悔がつきあげてくる。
舞台のうえでは桃の精かと思うほどに華やかで可憐であでやかだった栴檀樹を、こんな平凡でつまらない町娘のように変えてしまった原因が目のまえの御曹司かと思うと、秀龍にいらだちすらわきあがってくる。
ふつう伊蘭樹の立場であれば、金満家の御曹司の気をひくために、むしろ彼の寵を受けている栴檀樹を憎んでしかるべきなのに、どういうわけか栴檀樹の心を占めている御曹司に嫉妬めいた感情を燃やしはじめているのだから奇態な話である。
「伊蘭樹、気持ちはわかるが、あまり顔に出すものではないぞ」
かたわらの座頭が小声でささやいた。
「まだわしらは新参者なのだ。最初から意気ごむと失敗する。うまく御曹司にとりいっておけば、おまえが一番の気に入りになる日は遠くないさ」
鶏肉をほおばりながら目じりをさげて、座頭はさらにささやいた。
「そうなれば名実ともにおまえは都一の舞君よ」
伊蘭樹はうすく笑ったみせた。
彼の不機嫌さの本当の理由を理解できる者など、この場にいないだろう。
「さぁ、おまえも御曹司に一献ささげてこい。よいか、栴檀樹にも気をつかって下手に出ておくのだぞ。こういうときは謙虚にしておくにかぎる。舞台で見たときはなかなかの上玉と思ったが、こうして見ると、おまえの方がずっと美しいではないか。すぐに御曹司もおまえに心うごかされるて」
座頭が狡猾というのではない。芸や身体で身をたて、生きていく者たちの世界ではあたりまえの考え方なのだ。伊蘭樹は曖昧にうなずいてみせた。
宴が下火となるころ、伊蘭樹はひとり広間をぬけ、中庭に面したわたり廊下へ出た。
朱塗りの欄干に身をもたれさせ、ぼんやり夜空を見上げているうちに、ひどく憂鬱になってきた。庭には白玉の砂利がしきつめられ、若竹がならぶ。意外にも簡素な趣味なのか花はない。
「伊蘭樹様、どうなさいましたの? もうお酒は飲みませんの?」
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「つ、つい、飲みすぎてしまって」
「それはいけませんわ。お薬をお持ちしましょうか?」
「けっこうです」
自分でも意外なほどに冷たい声が出た。だが相手はそんなこと気にもせず、近づいてきて伊蘭樹とならんで欄干に手をついた。内心ひどくあせりながら伊蘭樹はひっしに自分をおさえた。胸が高鳴り、頬が熱くなる。なにかのまちがいであってほしい。
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