龍蘭帝国奇談夜話

平坂 静音

文字の大きさ
39 / 110

双花競演 八

しおりを挟む
「清鳳先生が来てらっしゃるんですよね」
 女中が丸々とした頬を赤らめて訊ねてきた。屋敷の女たちにやたら清鳳は人気がある。
「ああ……私も自分の絵を描いていただきたいわぁ」
 いかにも田舎くさい小太りの女中がそう言うのを聞いて、思わず春玉は笑ってしまった。
「おや、《昼顔》が来ているのかい?」
 ひからびた声が薄汚れた灰色のとばりを張った奥の小部屋から聞こえてきて、春玉はびっくりした。
「気にしないでくださいよ。あの婆さんは最近すこし惚けてきてるんです」
 女中が申しわけさそうに言いつくろう。
「羅家のご当主様がお情けの深い方で、身寄りのない婆さんを追い出すのは哀れだって、お屋敷に置いてくれてるんですよ。ろくに仕事もしやしないっていうのに」
「あたしゃ、若いころに充分ご当主様さまのために働いたんだよ」
「おやおや」
 女中が首をすくめて茶の準備にもどると、春玉はおそるおそる小部屋をのぞいた。奥では、粗末な寝椅子に、藍色の古びた衣をまとった白髪の老女がもたれていた。
「ねぇ、おばあさん、さっき《昼顔》って言っていなかった?」
 ちょうど例の《朝顔》と《夕顔》の話をしていたところだ。春玉はなんとなく気になった。
「そうさ。あの赤ん坊が、あんなに大きくなるなんてねぇ……。死んだ《朝顔》に見せてやりたいさ」
 老女はからからに乾いたかば色の肌に、わずかにほんのりつやをとりもどして、懐かしむように目を糸のように細めた。
 少し惚けている、という女中の言葉を念頭におきながらも、春玉はゆっくりと訊ねた。
「《朝顔》って……、あの《紫虹楼》の?」
「そうさ。二十年以上も昔だったかね。《夕顔》と《花比べ》をして負けた《朝顔》さね」
「それで……、あの、自害したんでしょう?」
 小声で問う春玉に、老女は白い眉をしかめてみせた。
「自害じゃないさ。《朝顔》は出産がたたって亡くなったんだよ。人里離れた隠れ家で、内密に赤ん坊を生み落として、そのまますぐね」 

 呆然としている春玉に、老女は年寄りにしては歯切れの良い口調で滔々としゃべった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

婚約者の幼馴染?それが何か?

仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた 「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」 目の前にいる私の事はガン無視である 「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」 リカルドにそう言われたマリサは 「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」 ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・ 「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」 「そんな!リカルド酷い!」 マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している  この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」 「まってくれタバサ!誤解なんだ」 リカルドを置いて、タバサは席を立った

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...