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双花競演 八
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「清鳳先生が来てらっしゃるんですよね」
女中が丸々とした頬を赤らめて訊ねてきた。屋敷の女たちにやたら清鳳は人気がある。
「ああ……私も自分の絵を描いていただきたいわぁ」
いかにも田舎くさい小太りの女中がそう言うのを聞いて、思わず春玉は笑ってしまった。
「おや、《昼顔》が来ているのかい?」
ひからびた声が薄汚れた灰色の帳を張った奥の小部屋から聞こえてきて、春玉はびっくりした。
「気にしないでくださいよ。あの婆さんは最近すこし惚けてきてるんです」
女中が申しわけさそうに言いつくろう。
「羅家のご当主様がお情けの深い方で、身寄りのない婆さんを追い出すのは哀れだって、お屋敷に置いてくれてるんですよ。ろくに仕事もしやしないっていうのに」
「あたしゃ、若いころに充分ご当主様さまのために働いたんだよ」
「おやおや」
女中が首をすくめて茶の準備にもどると、春玉はおそるおそる小部屋をのぞいた。奥では、粗末な寝椅子に、藍色の古びた衣をまとった白髪の老女がもたれていた。
「ねぇ、おばあさん、さっき《昼顔》って言っていなかった?」
ちょうど例の《朝顔》と《夕顔》の話をしていたところだ。春玉はなんとなく気になった。
「そうさ。あの赤ん坊が、あんなに大きくなるなんてねぇ……。死んだ《朝顔》に見せてやりたいさ」
老女はからからに乾いた樺色の肌に、わずかにほんのり艶をとりもどして、懐かしむように目を糸のように細めた。
少し惚けている、という女中の言葉を念頭におきながらも、春玉はゆっくりと訊ねた。
「《朝顔》って……、あの《紫虹楼》の?」
「そうさ。二十年以上も昔だったかね。《夕顔》と《花比べ》をして負けた《朝顔》さね」
「それで……、あの、自害したんでしょう?」
小声で問う春玉に、老女は白い眉をしかめてみせた。
「自害じゃないさ。《朝顔》は出産がたたって亡くなったんだよ。人里離れた隠れ家で、内密に赤ん坊を生み落として、そのまますぐね」
呆然としている春玉に、老女は年寄りにしては歯切れの良い口調で滔々としゃべった。
女中が丸々とした頬を赤らめて訊ねてきた。屋敷の女たちにやたら清鳳は人気がある。
「ああ……私も自分の絵を描いていただきたいわぁ」
いかにも田舎くさい小太りの女中がそう言うのを聞いて、思わず春玉は笑ってしまった。
「おや、《昼顔》が来ているのかい?」
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「気にしないでくださいよ。あの婆さんは最近すこし惚けてきてるんです」
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女中が首をすくめて茶の準備にもどると、春玉はおそるおそる小部屋をのぞいた。奥では、粗末な寝椅子に、藍色の古びた衣をまとった白髪の老女がもたれていた。
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