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夢花廃園 六
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春玉は咄嗟に薄青の被衣をもつ手に力をこめ、黄風はあわてて裾をおさえた。
黄風のまとっている菜種色の衣は、春玉が彼女の名にちなんで、古い衣を仕立てなおして作ってやったもので、黄風の一張羅でもある。黄風はすこし恨めしげに空をにらんで、春玉にささやいた。
「なんだか……ちょっと不吉ですね」
内心、春玉も同意した。まるで屋敷に憑いている幽霊が、脅しをかけてきているようだ。
洗濯女までもが怯えたのか太い眉をしかめる。
「使用人たちが言うには、その幽霊は、例の戦で殺された蛮族の将じゃないかと。ほら、首を掻き切られたという。……戦の一番の功労者である蔡副将軍を恨んで出てきたんじゃないかと、下女たちは話しているんですよ」
「なるほど。そうかもしれませんね」
黄風がうなずき、少しばつが悪そうに小声でうちあける。
「正直言うと、首無しの幽霊っていうから、蔡副将軍の幽霊かと思ったんです」
女は笑って鼠色の袖を振った。
「まさか。副将軍が、どうしてご自分のお屋敷に迷って出てこなきゃならないんですか? 恨んで出てくるのなら、敵の将に決まっていますよ。でも……」
そこで女は人の良さそうな顔を少し曇らせ、屋敷の庭木をながめた。
「幽霊がこの先も出るようなら、祈祷師か導師でもたのもうかと若様は思案なさっていらっしゃるようですよ。なんといっても半年後には、妹様がご結婚をひかえていらっしゃる身ですからね。悪い噂が広まったら大変ですよ」
「祈祷師か導師ですか?」
春玉の問いに女は細い首でうなずく。
「ええ。幽霊を祓ってくれる人を探しているらしいです」
春玉は、後になって自分でもよくそんな事を言ったな、と不思議に思うようなことを口にしていた。
「実は、私、霊媒師なんです」
え? 目を丸くしている隣の黄風の木沓を、自分の布沓のつま先で軽くつつき、春玉は黙っているように指示した。
「幽霊の話を聞いて気になって来てみたんです。よろしければ、お屋敷の使用人でもいいので、話を聞かせてもらえませんか?」
「あら、それはまぁ……」
女は目元の小皺を伸ばして、びっくりしたように春玉を見、少しお待ち下さい、と言いのこしてあたふたと駆けていった。
「お嬢様ったら……」
「いいから、黙っていて」
あきれ顔の黄風をにらんでいると、春玉を呼ぶ声が聞こえた。
「あの……そこのお嬢さん、こちらへ」
裏木戸から屋敷の家令らしき黒ずくめの初老の男が顔をのぞかせ、手招きする。
黄風のまとっている菜種色の衣は、春玉が彼女の名にちなんで、古い衣を仕立てなおして作ってやったもので、黄風の一張羅でもある。黄風はすこし恨めしげに空をにらんで、春玉にささやいた。
「なんだか……ちょっと不吉ですね」
内心、春玉も同意した。まるで屋敷に憑いている幽霊が、脅しをかけてきているようだ。
洗濯女までもが怯えたのか太い眉をしかめる。
「使用人たちが言うには、その幽霊は、例の戦で殺された蛮族の将じゃないかと。ほら、首を掻き切られたという。……戦の一番の功労者である蔡副将軍を恨んで出てきたんじゃないかと、下女たちは話しているんですよ」
「なるほど。そうかもしれませんね」
黄風がうなずき、少しばつが悪そうに小声でうちあける。
「正直言うと、首無しの幽霊っていうから、蔡副将軍の幽霊かと思ったんです」
女は笑って鼠色の袖を振った。
「まさか。副将軍が、どうしてご自分のお屋敷に迷って出てこなきゃならないんですか? 恨んで出てくるのなら、敵の将に決まっていますよ。でも……」
そこで女は人の良さそうな顔を少し曇らせ、屋敷の庭木をながめた。
「幽霊がこの先も出るようなら、祈祷師か導師でもたのもうかと若様は思案なさっていらっしゃるようですよ。なんといっても半年後には、妹様がご結婚をひかえていらっしゃる身ですからね。悪い噂が広まったら大変ですよ」
「祈祷師か導師ですか?」
春玉の問いに女は細い首でうなずく。
「ええ。幽霊を祓ってくれる人を探しているらしいです」
春玉は、後になって自分でもよくそんな事を言ったな、と不思議に思うようなことを口にしていた。
「実は、私、霊媒師なんです」
え? 目を丸くしている隣の黄風の木沓を、自分の布沓のつま先で軽くつつき、春玉は黙っているように指示した。
「幽霊の話を聞いて気になって来てみたんです。よろしければ、お屋敷の使用人でもいいので、話を聞かせてもらえませんか?」
「あら、それはまぁ……」
女は目元の小皺を伸ばして、びっくりしたように春玉を見、少しお待ち下さい、と言いのこしてあたふたと駆けていった。
「お嬢様ったら……」
「いいから、黙っていて」
あきれ顔の黄風をにらんでいると、春玉を呼ぶ声が聞こえた。
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