48 / 110
夢花廃園 八
しおりを挟む
黄風は鼻白み、春玉はまたあらぬ方を見た。親子ほどに、いや、それ以上に年齢が離れているが、世に例のないことではない。
「……妹様は、そのご縁談を喜んでいらっしゃるのですか?」
春玉の問いに、一瞬、東風は気色ばった。
「もちろんだ! 十年前、父が裏切り者の汚名を着せられたとき我が家はひどい目に合わされた。母は寝こみ、使用人たちの中には逃げ出す者もいた。当時私は十四、妹は七つで」
往時のことを説明する東風の目は、怒りと悲しみのためか、熱っぽく潤んでいる。
「妹は遅くに出来た子で父に溺愛されていたのだ。どれほどの打撃だったか……。いやがらせに来た連中が塀をこわして襲ってきたとき、楊将軍のさしむけた私兵が我が家を守ってくれた。楊将軍はその後、真実を陛下に報告し、父の名誉を回復させ、私の出世も後押ししてくださった。妹も感謝している」
感謝と愛とは違うのでは……。そう言いたげにひらいた唇を春玉は止めた。名家の結婚とは、しょせん恋愛感情でどうなるものではないのだ。
「それでは……早く問題を片付けないといけませんね」
「出来るか?」
「わたくしでは無理かもしれませんが、わたくしの師ならばすぐに解決できるかもしれません」
春玉は被衣をずらして、笑みを見せた。
「お嬢様、あんなこと言ってしまっていいんですか?」
「ねぇ、黄風、人の話、噂話っていうのは、本当に不思議で奇妙よね」
言いつのる黄風に春玉はそんなことを言う。
きょとんとする黄風に、春玉は前を向いたまま歩きながら言葉をつないだ。
「なんだか、〝お話〟って、果実を盛った皿みたいじゃない?」
これ、いかが? 美味しいわよ。と最初に誰かが果実を盛った皿をわたし、もらった人間は一口かじってみる。
美味いと思った者はどんどん食べ、不味いと思った者はそれ以上手を付けず、捨ててしまうかもしれない。なかには、自分のところの果実を付けたし、別の人間におすそ分けする者もいるかもしれない。もらった者はまたそれぞれの感想にしたがって、捨ててしまったり、自分のところや、別からもらった果実を付け足したりして、他の人と分け合ったりするだろう。
そうして、〝話〟という名の皿に盛られた果実という名の中身は、食べられたり付け足されたり、まぜ合わされたり、拒絶されたり、ときには皿から一つ二つこぼれてどこかへ転がっていってしまったり、誰かに盗まれてしまったりしながら、世に出回っていくのだ。
そうしてあちこちで人々に貪欲に食べられたり、捨てられたりして、美味いと思った者も不味いと思った者もいつしか忘れてしまった後になって種が残り、どこかで根つき、後世に残っていくのだ。
その噂話という物語の不思議さ、奇妙さを思うと、春玉は興味が尽きない。
「はあ……?」
聞いていて黄風は解ったような、解らないような複雑な表情になる。そして内心でこっそり呟くのだ。
(春玉お嬢様は、やっぱり変わっていらっしゃる)
「……妹様は、そのご縁談を喜んでいらっしゃるのですか?」
春玉の問いに、一瞬、東風は気色ばった。
「もちろんだ! 十年前、父が裏切り者の汚名を着せられたとき我が家はひどい目に合わされた。母は寝こみ、使用人たちの中には逃げ出す者もいた。当時私は十四、妹は七つで」
往時のことを説明する東風の目は、怒りと悲しみのためか、熱っぽく潤んでいる。
「妹は遅くに出来た子で父に溺愛されていたのだ。どれほどの打撃だったか……。いやがらせに来た連中が塀をこわして襲ってきたとき、楊将軍のさしむけた私兵が我が家を守ってくれた。楊将軍はその後、真実を陛下に報告し、父の名誉を回復させ、私の出世も後押ししてくださった。妹も感謝している」
感謝と愛とは違うのでは……。そう言いたげにひらいた唇を春玉は止めた。名家の結婚とは、しょせん恋愛感情でどうなるものではないのだ。
「それでは……早く問題を片付けないといけませんね」
「出来るか?」
「わたくしでは無理かもしれませんが、わたくしの師ならばすぐに解決できるかもしれません」
春玉は被衣をずらして、笑みを見せた。
「お嬢様、あんなこと言ってしまっていいんですか?」
「ねぇ、黄風、人の話、噂話っていうのは、本当に不思議で奇妙よね」
言いつのる黄風に春玉はそんなことを言う。
きょとんとする黄風に、春玉は前を向いたまま歩きながら言葉をつないだ。
「なんだか、〝お話〟って、果実を盛った皿みたいじゃない?」
これ、いかが? 美味しいわよ。と最初に誰かが果実を盛った皿をわたし、もらった人間は一口かじってみる。
美味いと思った者はどんどん食べ、不味いと思った者はそれ以上手を付けず、捨ててしまうかもしれない。なかには、自分のところの果実を付けたし、別の人間におすそ分けする者もいるかもしれない。もらった者はまたそれぞれの感想にしたがって、捨ててしまったり、自分のところや、別からもらった果実を付け足したりして、他の人と分け合ったりするだろう。
そうして、〝話〟という名の皿に盛られた果実という名の中身は、食べられたり付け足されたり、まぜ合わされたり、拒絶されたり、ときには皿から一つ二つこぼれてどこかへ転がっていってしまったり、誰かに盗まれてしまったりしながら、世に出回っていくのだ。
そうしてあちこちで人々に貪欲に食べられたり、捨てられたりして、美味いと思った者も不味いと思った者もいつしか忘れてしまった後になって種が残り、どこかで根つき、後世に残っていくのだ。
その噂話という物語の不思議さ、奇妙さを思うと、春玉は興味が尽きない。
「はあ……?」
聞いていて黄風は解ったような、解らないような複雑な表情になる。そして内心でこっそり呟くのだ。
(春玉お嬢様は、やっぱり変わっていらっしゃる)
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
婚約者の幼馴染?それが何か?
仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた
「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」
目の前にいる私の事はガン無視である
「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」
リカルドにそう言われたマリサは
「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」
ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・
「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」
「そんな!リカルド酷い!」
マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している
この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ
タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」
「まってくれタバサ!誤解なんだ」
リカルドを置いて、タバサは席を立った
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる