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朝顔幻想 三
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「だったら、俺なんぞまるで駄目だ。話にならないさ。貧乏で金はないし、次男だから実家の財産もそうもらえなし。まぁ、もらったところでたかが知れているが」
老人はまたも首をふるが、今度はどこか滑稽味がある。
「しかし、ご出世されるかもしれませんぞ。陸先生には、将来性というものが備わっております」
「まるで占者のようなことを言うなぁ」
二人は話しながらも敷石のうえをゆっくりと歩いていった。庭木が影をつくってくれるので、暑さもやわらぐ。英陽ははじめて見る屋敷の庭をもうすこし鑑賞したかった。
外壁をおおう朝顔とは反対に、庭のなかには花がほとんど見られず、そのかわりに木々や岩石が趣味よく配置されている。
その庭石や、小さな池なども、一見とくに変わったことはないが、どこかしら趣きが感じられ、華やかさはないが、県有数の名家だったという往時の気高さがしのばれる。
(馬家とずいぶん違うな)
馬家とは、現在英陽が身を寄せているこの地の素封家であり、庭などは金にものを言わせて派手に作ってある。当主は、現在の県令職に就いている。
地方の金満家らしく恰幅の良い当主は、悪い人ではないと思うのだが、色黒の顔に髭をはやし、笑うときはやや下卑た顔つきになる。
思えば、その人が、この甄家から役職をうばった、という形になるのだ。
この時代の龍蘭帝国では、公的地位というのは、父子相続、もしくは兄弟相続されるのが暗黙の了解となっている。姻戚関係をむすんだ家にゆずるという例も稀にあるが、甄家と馬家には姻戚関係はないので、まさに甄家は馬家に地位をうばわれたことになる。
(だが、どっちにしろ、俺には関係のないことだ)
甄家の没落も、馬家の台頭も、私塾の一教師に過ぎない英陽にはまるでかかわりあいのない話である。
(けれど、俺がその敵になる馬家に寄宿しているとなると、向こうからは良く思われないかもしれないなぁ。挨拶さえすませたら、さっさと帰ろう)
通された室は、磨きあげられた床といい、艶光りする黒檀の円卓といい、飾り棚といい、簡素ではあるが、清潔で趣味良くしつらえてあり、英陽は居心地良く感じた。
卓をはさんで向かいあった女主人も、寡婦として薄墨色の地味な衣をまといつつも、思っていたよりずっと若々しく、感じの良い女性であった。
「陸英陽さんとおっしゃるの? お若い方には、こんな田舎は少し物足りないかしらね」
「いいえ、とんでもないです。素晴らしい所だと思います」
それは嘘ではない。この地は、古くから王侯貴族の避暑地として名高く、風流を愛する都人たちからは、《夏の小帝都》という異称をささげられ、庶民にとっては憧れの地として知られているのだ。
老人はまたも首をふるが、今度はどこか滑稽味がある。
「しかし、ご出世されるかもしれませんぞ。陸先生には、将来性というものが備わっております」
「まるで占者のようなことを言うなぁ」
二人は話しながらも敷石のうえをゆっくりと歩いていった。庭木が影をつくってくれるので、暑さもやわらぐ。英陽ははじめて見る屋敷の庭をもうすこし鑑賞したかった。
外壁をおおう朝顔とは反対に、庭のなかには花がほとんど見られず、そのかわりに木々や岩石が趣味よく配置されている。
その庭石や、小さな池なども、一見とくに変わったことはないが、どこかしら趣きが感じられ、華やかさはないが、県有数の名家だったという往時の気高さがしのばれる。
(馬家とずいぶん違うな)
馬家とは、現在英陽が身を寄せているこの地の素封家であり、庭などは金にものを言わせて派手に作ってある。当主は、現在の県令職に就いている。
地方の金満家らしく恰幅の良い当主は、悪い人ではないと思うのだが、色黒の顔に髭をはやし、笑うときはやや下卑た顔つきになる。
思えば、その人が、この甄家から役職をうばった、という形になるのだ。
この時代の龍蘭帝国では、公的地位というのは、父子相続、もしくは兄弟相続されるのが暗黙の了解となっている。姻戚関係をむすんだ家にゆずるという例も稀にあるが、甄家と馬家には姻戚関係はないので、まさに甄家は馬家に地位をうばわれたことになる。
(だが、どっちにしろ、俺には関係のないことだ)
甄家の没落も、馬家の台頭も、私塾の一教師に過ぎない英陽にはまるでかかわりあいのない話である。
(けれど、俺がその敵になる馬家に寄宿しているとなると、向こうからは良く思われないかもしれないなぁ。挨拶さえすませたら、さっさと帰ろう)
通された室は、磨きあげられた床といい、艶光りする黒檀の円卓といい、飾り棚といい、簡素ではあるが、清潔で趣味良くしつらえてあり、英陽は居心地良く感じた。
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「陸英陽さんとおっしゃるの? お若い方には、こんな田舎は少し物足りないかしらね」
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それは嘘ではない。この地は、古くから王侯貴族の避暑地として名高く、風流を愛する都人たちからは、《夏の小帝都》という異称をささげられ、庶民にとっては憧れの地として知られているのだ。
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