龍蘭帝国奇談夜話

平坂 静音

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朝顔幻想 四

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「そう言ってくださると嬉しいですわ」
 この時代の淑女の常として、後頭部で結いあげられた女主人の髪は、歳をうたがわせるほどに黒々と光っている。
 その頭髪のてっぺんでは、彼女がちいさく笑うたびに銀色のかんざしがゆれている。その極細の銀鎖ぎんさをたらした先に輝くのは、おもしろいことに朝顔をかたどった玻璃はりの飾り物だった。 
(聞いた話では、三十五か、六だったかな)
 この時代、三十過ぎといえば、もはや女とは見なされないが、目のまえで小鳥がさえずるように甘やかな声で語る女人は、しのびよる秋の気配を感じながらも、まだ人生の晩夏を終えていないようだ。
 下人もすくなく、どこか全体にうらぶれた雰囲気の邸内のしずかさとは対照的な未亡人のあかるい顔に、英陽は好意をもった。
「これは、わたくしの気に入りのお茶ですのよ。夏向きに水から出しますの」
 そう言うと未亡人は、銀箔も鮮やかな龍首の水瓶すいびょうで、これも夏向きに見るからに涼し気な月光杯げっこうはいに、飴色あめいろの魅惑的な液体をそそぐ。
 器に添えられた彼女の真珠のように白い指先を、英陽はうっとりとした心持でながめた。
(いいなぁ、こういう人)
 父が亡くなってから一気に老けこんでしまった母の陰鬱そうな顔になやまされた英陽には、苦労のおおかった歳月を経ても、お洒落や風流をたのしみ、品位をなくさない未亡人がまぶしく見えた。
 実をいうと英陽が都の生家を出た一番の理由は、日に日に、急ぐように老いていく母を見たくなかったせいだ。
 生前はそう仲の良い夫婦でもなかったのに、父が亡くなると、母はすっかり生きる気力を失くしてしまった。
 そんな母を見ているのが辛くて、英陽は兄にすべてをまかせて都を離れたのだ。兄は縁談も決まり、来年の春頃に式をあげることになった。孫が生まれれば母も少しは元気を取り戻すだろうと英陽はねがっているが。
「このお茶に合うお饅頭も作らせていますのよ。お持ちしますね。あら、ちょうど良かった」

 観音開きの扉の向こうでかすかな物音が響いたかと思ったら、黒床に金波きんぱがこぼれた。
 英陽の目には、入室者が光をまとってきたかのように思えた。
「ごきげんよう」
 朱鷺とき色のにぎやかな衣に身をまとった若い娘が、未亡人に笑いかける。
 呆然としている英陽にも、その娘はにこやかに笑いかけてくる。
 普通、高貴な身分の女人は、あまりおおっぴらに男に笑いかけたりはせず、宮廷きゅうてい団扇うちわで顔の下半分をかくし、目だけでかすかに笑みを見せるものだが、その娘はまさに満面の笑みを、惜しむことなく異性の客人である英陽にふりまいている。そして、平然と未亡人の隣、英陽のななめまえあたりの席に座った。
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