龍蘭帝国奇談夜話

平坂 静音

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痴蝶戯画 二

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「はい。そろそろ暑くなってきましたからね。暑気負けしないように、身体にいいものをと思いまして。医食同源ですね」
「美味しいわ」
 理知的な一重の目のはしを下げ、うっとりとした顔になって饅頭をほおばる春玉を見て、黄風はささやかな幸せを感じた。台所で、女中頭に手際の悪さを叱られつつも必死にがんばった甲斐があったというものだ。
「ねぇ、それで、子どもが育たない家って?」
 もぐもぐと饅頭をほおばりながら春玉が訊く。手で口元をぬぐう仕草は子どものようで、無邪気といえば無邪気で可愛いが、なんとも色気がない。黄風は内心でため息を吐いた。
 春玉は今日のように塾が休みのときは、ひたすら読書三昧で、やっと口に何か入れさせたと思ったら、並の女子なら嫌がるような不気味な話を、まるで鼠をまえにした猫のように目を光らせて求めてくる。
 この時代、十六といえば、そろそろ縁談の一つや二つはあってもおかしくないのに、春玉は、都の役所につとめる父親がもってくる縁談話には一向に耳をかたむけようともしない。
(奥様が心配されるわけだわ)
 そんな黄風の心のうちの嘆きなど知るわけもなく、春玉はひたすら目を輝かせて、話のつづきを待っている。
「ねぇ、もったいぶらずに教えてよ。子どもが育たない家って、どこのこと? 何があったの?」
「ええ、あのですね、西の大通りを少し行った所のお家、ある料亭らしいんですけれど」
 黄風はしぶしぶ話した。この話は春玉の母が、知り合いの琴の師匠を家に招いたとき、ちょうど今のように二人で茶菓を取っているときに話していたのを、黄風がもれ聞いたのだ。それはたしかに気になる話だった。

「子どもが育たない家ってあるもんなんですよね、奥様」
「まぁ、お師匠さん、それ、どこのお宅のことなの?」
 春玉の母は、ふだんはとても心優しい善人であると黄風は信じている。
 けれど、やはり人並みの好奇心は持ちあわせており、他人の不幸を喜ぶわけではないが、訊ねるその声には熱がこもっていた。
 それに引きずられるように、つい黄風も室の扉前から足が動かなくなってしまった。茶菓を出してすぐ戻るはずだったのに。
「いえね、私の昔の弟子の一人なんですけれど、今ではある料理屋の女将におさまっていまして。あのお店……」
 そこはすこし聞きとれなかった。
「あら、かなり老舗じゃない。何代か前の天子様の御代には、たしか親王様がおしのびで遊びに行かれたとか?」
「そうそう。まぁ、おもてむきは料理屋ですが、実をいいますと妓楼を兼ねておりましてね」
 そう語る琴の師匠の声には奇妙な湿り気がある。妓楼とは、ひらたく言えば高級娼館である。
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