龍蘭帝国奇談夜話

平坂 静音

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邪神礼賛 六

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 灰色の壁には守り神が描かれていた。
 髪は黒炎こくえんの火柱のごとく逆立ち、黒い顔は怒っているようで、両手をたかく天につきあげ、足を勇ましくひろげて立ち、燃えるような火の色の衣をまとっている。両の目はするどく、額にはもうひとつの目が大きく描かれている。恐ろしいことにつきあげた神の手には、桃の実のような赤ん坊と雷の光のような剣があり、黒い首にはなんと髑髏の瓔珞ようらくを二重にしてまいている。これが本当に守り神の姿なのかと春花は疑わずにいられなかった。
「雄々しいお姿ね。わたし、この方のお嫁さんになるのね」
 言葉づかいも、おそらく神殿の巫女たちににわかに躾けられたのか、御殿づとめの侍女のように品良くなり、美しい薄紅の面紗にきらびやかな真紅の衣をまとった秋月は、びっくりするほど綺麗だった。
 よく見ると紅い衣には、いにしえの聖人への散華に天が降らせたという曼珠沙華の花の模様が織りこまれてあり、一見清楚で上品ながら、そこに不吉をかぎとって春花は切なくなった。
「春花、父さんたちといっしょに広間でごちそうをいただいてきたら? せっかく綺麗な晴れ着を着ているんだし」
 面紗めんしゃごしに見える姉の顔は、唇にあわく紅をひいているようで、まるでいっぺんに五つも歳をとったように大人びている。それがまた春花をたまらなく悲しませる。
「ごちそうなんていらないわ。父さんたら、こんなときによく食べられるわね」
「神の花嫁の家族は神官様と村長からもてなしを受けるしきたりなのだそうよ。都の偉い方も来ていらっしゃるし。今年のお役人さまは、まだお若くて、とっても立派な方だそうよ。いっしょの席でお酒を飲めるなんて、めったにない名誉なことだわ」
(なにが名誉なのよ)
 これから娘が生贄にされようというのに、役人や村長の機嫌とりをしている父親に腹がたってくる。
「春花、その薄桃うすもも色の衣、とっても似合っているわ」
 秋月のまぶしげな目に愛でられ、春花は鼻の奥がしょっぱくなる。
「神様のところへ行っても、春花のことはけっして忘れないわ。いつも春花の幸せを祈っているわ」
 秋月の手が春花の指をなだめるように優しくつつみこんだ。
「姉さん……」
 破れた衣をつくろってくれたり、むいた焼栗の実をそっと口に入れてくれたりした手。ころんで足をすりむいたときは、優しく撫でてくれたりもした。誤って毒茸を口にしてしまい熱を出したときは、一晩中看病してくれた。苦しいとき、寂しいとき、秋月はいつも最大の愛情をもって春花を支えてくれた。
「秋月姉さん」
 秋月の膝にすがりつき、泣き出してしまいそうになった瞬間、垂れ幕がわかれて、濃い紅色べにいろの衣をまとった華蓮が石室にはいってきた。
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