龍蘭帝国奇談夜話

平坂 静音

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邪神礼賛 十 終わり

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 「そうよ、秋月は神の花嫁にえらばれたけれど、わたしは貪欲な役人たちの一夜妻にえらばれたの。わたしを奴らのところへつれていくのは、村長である父親よ。租税の視察に手心をくわえてもらうために、村長のために、村のために、わたしは生贄にされていたの。誰も讃えてはくれない、誰も慰めてくれない、感謝もしてくれない。おとしめられて、汚されて、うつろな心をかかえて村をさまようわたしの前で、あののんきな姉妹は手をつないで笑いながら木の実をひろっていたのよ。あの子たちは、苦労は知っても不幸は知らない清らかな子どもたち。わたしは、苦労は知らずとも不幸に染まりぬいた子どもの顔をした汚れた売女ばいた。わたしがあの姉妹を憎んでも無理はないでしょう」
 男は不思議なものでも見るような目で歌売り娘のつりあがった目を凝視した。この娘は相当の名人だ。そう納得しながら。
「洞窟の闇のなかで目を覚ましたときは、本当に恐ろしくて苦しかったわ。息苦しくて、胸がつぶれそうになって、ああ、もうすぐ死ぬのだわ、と思ったの。そのときよ、闇のなか、神殿の壁画とおなじ姿の石像の三つの目が光るのを見たのは。今でも信じられないけれど、守り神って本当にいたのね」
「まさか、その神がおまえを助けてくれたとでもいうのか?」
 娘は唇をゆがめて笑ってみせた。
「守り神はわたしを哀れんで、わたしのなかに入ってきたの。そうすることでわたしの命を永らえさせてくれたわ」
「……秋月という娘はその後どうした?」
「風の噂に、その年村をおとずれた役人が接待した村長の娘をいたく気にいり、側室として都へつれていったという話を聞いたわ。生贄になるところを都の官吏の側室になれたのだから、いっそ幸運だったかも」
 歌売り娘はなつかしそうに目を宙にそらす。
「春花の方は、祭の夜から三日ほど熱を出して寝込んだそうだけれど、四年後、村の青年と婚約したという話よ」
 娘は宙を見つめたまま弦をはじく。
「今年もあの村では祭がおこなわれているでしょうよ。七年がめぐったころには、また気の毒に美しい娘が生贄として神の花嫁にされてしまう……愚かな村人たち。いったい、いつになったら気づくのだろう。村の守り神が女神だということに……」
 男は仰天した。
 歌売り娘の美しい顔が、突然、春花を演じているのでも華蓮を演じているのでもなく、そこにまったく違う別の魂を映しているように見えたからだ。
 男は息をとめて考えこんだ。
 目の前の娘は、華蓮なのだろうか、春花なのだろうか、または当代随一の歌売りの天才か。
 もしくは、この月夜に、どこかちがう世界から降りてきた女神が、たわむれに下界の男に一夜の夢を見せているのだろうか。 
                                終わり

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