龍蘭帝国奇談夜話

平坂 静音

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海神異聞 三

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 紫苑は一瞬、呆気にとられたものの、漁師や船乗りは内陸の人間よりはるかに信心深く迷信深いことを思い出して唇を噛んだ。
 カイダスの瞳は、星にすっかり支配権をうばわれた今夜の夜よりも、はるかに黒い海を見つめている。真剣そのものだ。
「どうしてありがたくないの? 幽霊じゃなくて神様なのでしょう?」
 紫苑はならんで背伸びしながら手すりのむこうの波を見つめてみた。
 海の幽霊の話なら他の船員たちからもよく聞かされた。どの船にも怪談話はつきもので、年長の者は競うようにしてとびきり怖い話を新参者に聞かせたがる。
 数年前の戦で死んだ兵士たちの亡霊が嵐の夜には無念のおたけびをあげて海の上をかけめぐるという話が紫苑は一番怖かったが、だが、亡霊が出るのは嵐の夜のはずだし、海神ならなにも禁を犯していない善良な船乗りにたたったりしないだろう。
「こんな夜に出てくる海神はそうはいかないのだ……。戦や嵐で海ではよく人が死ぬ」
 カイダスは過去にあった戦の話をした。
「七年ほどまえ、ちょうど俺が今のおまえおなじ十三ぐらいのころ、ちかくの小国で戦があったのを知っているか?」
「うん。聞いたことあるよ。龍蘭に反旗をひるがえした属国が攻めほろぼされたんでしょう?」
「そうだ。小さいが美しい東の小国だった。長年、龍蘭の属国として朝貢していたのだが、独立をのぞんで反乱を起こし、帝国海軍によってほろぼされた。王家は断絶し、そこは完全に龍蘭の帝国領となった。その際、兵士や民が船で逃げ出したが、追いかけてきた龍蘭の兵によって皆殺しにされた。もちろん女や子ども、島民たちも大勢死んだ」
「龍蘭の兵士たちだって大勢死んだはずだよ。戦とはそういうものだって、家庭教師の先生がおっしゃっていた」
 つい反発するような言い方をしてしまったのは、やはり紫苑が生粋の龍蘭人だからだろう。紫苑はあせってつけくわえた。
「戦とはそういうものだから、だから、負けないように、強くならないといけないんだって。自分たちの祖国を守るために、龍蘭の威光を強めるために」
「……ああ、そうだな。だが、海にはそういう人間の魂がたくさん浮かんでいるんだよ。なかなか死の世界に行けず迷っている亡者たちの霊がだ」 
 カイダスは目をほそめるようにして光りきらめく天をにらんだ。
「こんなふうに、異様に星のかがやく夜はな、暗い海底をのたうっている亡者たちが、もしかしたら天への道がひらけたのでは、と思いこんで底からあがってくるのだ。海神は、そんな亡者たちの魂をあつめて、行くべきところへ送ってやろうとする。だが、下手に生者がそれを見てしまうと、ひきずられてしまい、ともにあの世にいざなわれてしまう」 
「ちょっと、怖いね」
 紫苑は肩をすくめた。
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