龍蘭帝国奇談夜話

平坂 静音

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夜霧奇談 三

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「これは妹の緑玉です。わたしは緑風。この山の向こうの村に住んでいますが、町へ行く用事があって出てきたのです」
「そういえば、今月はたしか町で大がかりな市が立つな」
 わたしは女の身として、被衣かつぎでつつましやかに顔を隠し、二人の話には口を出さず黙って聞いておりました。
「ええ。それを取りしきる町長のお邸へ向かうところだったのです」
「おまえさんも何か売るのかね?」
「あ、いえ、わたしは」
 兄がつづけて何か言おうとした瞬間、ちょうど小さな山道がひらけて、そこに建物が現れ、わたしたち兄妹はびっくりしました。
「ここがわしのお仕えてしているお家、えん家のお邸じゃよ」 
「こんな山の中にこんなお邸があるとは」
 兄が感歎まじりにそうつぶやくほど、昇り始めた三日月に照らされ、夜霧をまとったようなそのお邸は立派なものでした。
「さ、わしはご主人様に、あんた達のことを話してくるから、中へ入っているといい。馬は、裏庭につないでいておくれ」
 わたしは馬から下りて兄とともに邸の庭へと入りました。
 もともと田舎育ちのわたしたちは、お邸などあまり見たこともないのですが、その建物は薄闇にも光る瑠璃色るりいろいらかに、黒塗りの柱、いかめしい門がまえと、立派なものです。
 特に軒から吊るされた花の絵柄の入った灯篭とうろうは、垂れる朱房も優美で、わたしは一瞬、目を奪われました。絵は、近づいてよく見ると朝顔のように見えましたが、もしかしたら夕顔かもしれません。ちょうど裏庭の垣根で夕顔の白い花が夜風を受けて咲き競っているからです。それは、この世のものとは思えぬ美しさでした。
「ご立派なお邸だな。古びてはいるけれど、きっと趣味の良い貴人のお住まいなのだろう。もしかしたら、隠居された大家のご老人なのかもしれないな」
 若い頃は都で華々しく暮らした裕福な貴族や官僚、商人たちが、引退してからは田舎に居をもとめ、花鳥風月を愛でて趣味にいそしみ余生を心静かに過ごすというのが、理想的な生き方だと言われています。
 近寄って見ると、朱塗りの欄干は色褪せては見えますが、そこに刻まれた麒麟や鳳凰の模様は、在りし日の富貴と、歳月を経てもせぬ風雅を語っています。
「お待たせしました、こちらへどうぞ」
 奥から出てきた腰の曲がった老女に導かれて、わたしと兄はきざはしを上がり、暗い廊下を進みました。微風にかすかにはためく紅絹べにぎぬ垂幕たれまくの向こうから、ほのかに伽羅が香ってきて、まるで異世界に入り込んで行くようで、わたしは奇妙なときめきを覚えました。
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