双珠楼秘話

平坂 静音

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門の向こう 五

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「うちで働いてもらおう。もうすぐ孫娘の祝言があるから人手は必要なんだ。輪花、おまえには、孫娘の婿の世話をしてもらうことになるだろうが、異存はないね」
 老いても鋭い眼光を向けられ、輪花は縮みあがりそうになった。
「は、はい。勿論でございます、奥様、いえ大奥様。喜んでお婿様に仕えさせていただきます」
「それじゃ、緑鵬さんとやら、あんたはここで引き取ってもらおうかい。ああ、もし良ければくりやでお茶でも飲んでいくといい」
 緑鵬は薄い口の両端を下げた。かなり怒っている様子だ。
 緑鵬は官吏の家の息子で、けっしてこの村では家柄は悪くない方だ。もう少し礼儀を知る者なら、きちんと居間に通して、そこで当主みずから茶をもてなすものだが、それを厨で飲んで行け、とは出入りの使用人にでも対するような応対だ。
 こんな扱いを受けたのは、緑鵬の十七年の短い人生で生まれて初めてのことだろう。
 輪花は、自分が低く見られるのは仕方ないとしても、緑鵬がそんなふうにぞんざいに扱われるのは悲しく、悔しかった。
(私のせいだわ。私が使用人として働くことになったから、緑鵬は使用人の身内と見なされているんだわ)
 両親を亡くして孤児となったとはいうものの、林家では養女扱いだったから、つましくはあっても過不足のない生活をさせてもらったし、下女や下男からは〝お嬢さん〟と呼ばれてそれなりに大事にしてもらった。 だが、今こうして初めて世間に出て、他家で使用人として使われて生きていくのだと思うと、輪花はつくづく自分が下の世界に落ちてしまったのだと自覚せずにいられない。
 一瞬にして、それまで詩情画意しじょうがいにあふれて輝いて見えた庭木や庭石、石門、花が、すべて色せて、まったく別の景色に変わってしまった気がした。自分はこの豪奢な屋敷で、これから召使として働かねばならないのだ。そう思うと、突然、輪花をとりまく空気が重たくなった気がした。
 その重くなった空気を変えてくれたのは、きざはしから響いてきた声だった。
「お母様、それはあまりにも失礼ですわ」
 庭に面する階の上には、一人の女性が立っていた。 
「おや、玉蓮ぎょくれん、そこにいたのかい?」
「はい。先ほどから。声をかけようかと思ったのですが……」
 ゆったりと、女人は紅梅こうばい色の裾をゆらしながら階を降りてきた。一段、一段、ゆったりと。かすかに同じく薄紅色の布沓ぬのぐつのつま先が見える。
 最後の段を下りたとき、まるで天女が下界に降り立ったようにさえ見えた。
(綺麗な人……)
 輪花は目をぱちくりさせて目の前の貴婦人を見つめた。
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