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焼きもち 三
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睨みつけると、案外気の弱い香菊は細い目に涙を浮かべ、怯えて即座に逃げていった。
その後、香菊とは二度と遊ばなくなった。
もともと好きではなかったのだから、せいせいしたが、それでもそのとき感じた脇腹に錐を刺し込まれたような痛みは消えなかった。今もだ。
(緑鵬兄さんと愛景さんが結婚したら……、私はどうすればいい?)
そんなことを考えては時折り眠れぬ夜を過ごしたものだ。
だが、それから三度春がめぐり、愛景は緑鵬の兄である林家の跡取り息子との婚約が決まった。
どうやら愛景の親は長男との縁談を望んでいたらしいのが、間違って伝わっていたようだ。もしくは、香菊があえて話をねじまげて伝えたのか。
だがその話を聞いた頃、愛景は会うと少し寂しげに笑っていた。もしかしたら愛景自身は緑鵬との縁談を望んでいたのかもしれない。勿論それを訊くことはできず、しばらくして愛景は林家へ嫁入りし、新婚夫婦は離れで暮らすことになった。
そして香菊は裕福な商人との婚約が決まったと聞いたが、相手は若いのに酒好きで女遊びが激しく、始終妓楼に出入りしているかなりの放蕩息子だという。あれでは、香菊さんはこの先かなり苦労するだろう、と林家の下女がしゃべっていたのを耳にした。
香菊とは道ですれ違っても話すことも無かったが、それでも遠目に見た横顔は、気のせいか浮かなさそうに見えた。
そうやって近所の娘たちには皆十五になった頃から縁談が飛び交い、それぞれ大人の世界に入っていき、緑鵬が都へ勉学に出ることが決まったときには、輪花のなかでも一種の諦めのようなものが生まれ、それからは随分と気が楽になったものだ。
(そうやってみんな、子ども時代の淡い初恋の思い出を振り切って、新たな人生に向かって行くんだわ。幼い日の夢がかなわなかったのは、私だけじゃないんだし)
だが、愛景や香菊は結婚というかたちで家を出たが、輪花は侍女として他家に仕えることになった。
(でも、別にさして辛くないわ。もともと私は五歳でお父様を亡くし、六歳でお母様を亡くし、孤児となって実家を失ったんだし。私みたいな身の上の娘なんて珍しくもないわ)
売られたり捨てられたりした子どもの話など珍しくもない。
林家では心優しい緑鵬の母親の元で手習いや料理、裁縫を躾けられ、実の娘同様とまではいかないものの、遠縁の娘ほどには大事にしてもらった。それで充分だ。
(これから、私自身の力で生きるのよ)
心のなかでそんな決意を述べていると、偶然、令嬢と目が合った。
いや、そう感じたのは輪花だけで、相手はこちらを気にしていないようだ。
ぼんやりと夢見るような瞳が濡れたようにきらめいている。その黒蜜のような目を見ていると、何故かまるで自分がその瞳に吸い込まれてしまいそうな錯覚がして、輪花は奇妙な気分になってくる。
(いやだ、私ったら、何考えているのかしら。お嬢様に失礼よね……)
それが、呂家での最初の日であり、呂家の人達との出会いであった。
その後、香菊とは二度と遊ばなくなった。
もともと好きではなかったのだから、せいせいしたが、それでもそのとき感じた脇腹に錐を刺し込まれたような痛みは消えなかった。今もだ。
(緑鵬兄さんと愛景さんが結婚したら……、私はどうすればいい?)
そんなことを考えては時折り眠れぬ夜を過ごしたものだ。
だが、それから三度春がめぐり、愛景は緑鵬の兄である林家の跡取り息子との婚約が決まった。
どうやら愛景の親は長男との縁談を望んでいたらしいのが、間違って伝わっていたようだ。もしくは、香菊があえて話をねじまげて伝えたのか。
だがその話を聞いた頃、愛景は会うと少し寂しげに笑っていた。もしかしたら愛景自身は緑鵬との縁談を望んでいたのかもしれない。勿論それを訊くことはできず、しばらくして愛景は林家へ嫁入りし、新婚夫婦は離れで暮らすことになった。
そして香菊は裕福な商人との婚約が決まったと聞いたが、相手は若いのに酒好きで女遊びが激しく、始終妓楼に出入りしているかなりの放蕩息子だという。あれでは、香菊さんはこの先かなり苦労するだろう、と林家の下女がしゃべっていたのを耳にした。
香菊とは道ですれ違っても話すことも無かったが、それでも遠目に見た横顔は、気のせいか浮かなさそうに見えた。
そうやって近所の娘たちには皆十五になった頃から縁談が飛び交い、それぞれ大人の世界に入っていき、緑鵬が都へ勉学に出ることが決まったときには、輪花のなかでも一種の諦めのようなものが生まれ、それからは随分と気が楽になったものだ。
(そうやってみんな、子ども時代の淡い初恋の思い出を振り切って、新たな人生に向かって行くんだわ。幼い日の夢がかなわなかったのは、私だけじゃないんだし)
だが、愛景や香菊は結婚というかたちで家を出たが、輪花は侍女として他家に仕えることになった。
(でも、別にさして辛くないわ。もともと私は五歳でお父様を亡くし、六歳でお母様を亡くし、孤児となって実家を失ったんだし。私みたいな身の上の娘なんて珍しくもないわ)
売られたり捨てられたりした子どもの話など珍しくもない。
林家では心優しい緑鵬の母親の元で手習いや料理、裁縫を躾けられ、実の娘同様とまではいかないものの、遠縁の娘ほどには大事にしてもらった。それで充分だ。
(これから、私自身の力で生きるのよ)
心のなかでそんな決意を述べていると、偶然、令嬢と目が合った。
いや、そう感じたのは輪花だけで、相手はこちらを気にしていないようだ。
ぼんやりと夢見るような瞳が濡れたようにきらめいている。その黒蜜のような目を見ていると、何故かまるで自分がその瞳に吸い込まれてしまいそうな錯覚がして、輪花は奇妙な気分になってくる。
(いやだ、私ったら、何考えているのかしら。お嬢様に失礼よね……)
それが、呂家での最初の日であり、呂家の人達との出会いであった。
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