双珠楼秘話

平坂 静音

文字の大きさ
13 / 140

婿入り前 一

しおりを挟む


「なぁ、英風えいふう、おまえ本当に大丈夫か?」
「何が?」
 澄みきった初夏の空を眺めながら、英風は心配性な親友に笑みを向けた。裏庭では早咲きの紫陽花あじさいが、ほんのり薄紅うすべに色の花弁で陽射しを吸い込んでいる。
「田舎の旧家に婿入りなんてし、後で後悔しないか?」
 親友の張西破ちょうせいはが、いかつい顔をくもらせ思案気に訊く。
「……仕方ない、と言っては相手の女性に失礼だが、これも運命だ」
 兄が嫁を迎えれば、次男の英風は肩身がせまくなる。体裁ぶって贅沢な暮らしはしていても、どこでも官吏の家というのは家計が苦しいもので、それはさい家も例外ではない。
 学問は好きだが、それで身を立てていけるほどの自信は英風にはない。都に出て試験を受けるには、また時間と金がかかる。その余裕は今の崔家にはない。数年前から父が寝込んでしまい、今では小康を得ているが、医者に払う薬代で、もともと豊かではなかった家の財政はますます逼迫してきているのだ。
 そこへ、父の友人である町長が縁談を持ってきてくれた。相手は隣の村の素封家そほうかの跡取り娘だという。願ってもない話だ。
「聞いた話では、呂家というのは、皇族にもゆかりのある名家らしい」
「財産も、かなりのものだというしな。いや、すまん」
 西破は色黒の顔に赤を足して、あわてて袖を振った。そんな焦った仕草に彼の人の良さがにじみ出ていて好もしく思え、少しも不快には思わない。あい色の袖から伸びる手は、日々の武芸の鍛錬でごつごつと荒れているが、それが英風には男らしいものに思えて、羨ましかった。
「いいんだ。気にしていない」
 英風は苦笑しながら自分の白い手を見た。
 細い、男にしてはしなやかな手だ。筆を握り、書をめくるばかりしてきた手だ。今更、剣や弓を使うことも出来ないし、ましてそこいらの匹夫ひっぷのようにすきくわをにぎって田畑を耕すことなど出来るわけもない。
(結局、役立たずなのだな、私は……)
 英風だとて、幼い頃は、いつか都に出て学問をきわめ、官位昇進の試験を受けて高級官吏となって、やがては殿上へ、という夢や野心を持ったこともあったが、父が病にたおれてからは、その希望も捨てるしかなかった。
 こんなことなら幼な馴染みの西破のように武芸をたしなんでおけば良かったと後悔もしたが、もともと体力にそれほど自信があるわけではないし、生来、荒っぽいことが苦手という性分だ。仮に剣を習ったとしても、自分でも大成できるとは思えない。
 そうなると、困窮する実家の家計を助けるためにゆいいつ出来ることは、金持ちの家に婿入りするぐらいだろう。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

君の左目

便葉
ライト文芸
それは、きっと、運命の歯車が狂っただけ。 純粋な子供の頃から惹かれ合っていた二人は、残酷な運命の波にのまれて、離れ離れになってしまう。 それもまた運命の悪戯… 二十五歳の春、 平凡な日々を一生懸命過ごしている私の目の前に、彼は現れた。 私の勤める区役所の大きな古時計の前で、彼は私を見つけた…

処理中です...