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婿入り前 一
しおりを挟む「なぁ、英風、おまえ本当に大丈夫か?」
「何が?」
澄みきった初夏の空を眺めながら、英風は心配性な親友に笑みを向けた。裏庭では早咲きの紫陽花が、ほんのり薄紅色の花弁で陽射しを吸い込んでいる。
「田舎の旧家に婿入りなんてし、後で後悔しないか?」
親友の張西破が、いかつい顔をくもらせ思案気に訊く。
「……仕方ない、と言っては相手の女性に失礼だが、これも運命だ」
兄が嫁を迎えれば、次男の英風は肩身がせまくなる。体裁ぶって贅沢な暮らしはしていても、どこでも官吏の家というのは家計が苦しいもので、それは崔家も例外ではない。
学問は好きだが、それで身を立てていけるほどの自信は英風にはない。都に出て試験を受けるには、また時間と金がかかる。その余裕は今の崔家にはない。数年前から父が寝込んでしまい、今では小康を得ているが、医者に払う薬代で、もともと豊かではなかった家の財政はますます逼迫してきているのだ。
そこへ、父の友人である町長が縁談を持ってきてくれた。相手は隣の村の素封家の跡取り娘だという。願ってもない話だ。
「聞いた話では、呂家というのは、皇族にもゆかりのある名家らしい」
「財産も、かなりのものだというしな。いや、すまん」
西破は色黒の顔に赤を足して、あわてて袖を振った。そんな焦った仕草に彼の人の良さがにじみ出ていて好もしく思え、少しも不快には思わない。藍色の袖から伸びる手は、日々の武芸の鍛錬でごつごつと荒れているが、それが英風には男らしいものに思えて、羨ましかった。
「いいんだ。気にしていない」
英風は苦笑しながら自分の白い手を見た。
細い、男にしてはしなやかな手だ。筆を握り、書をめくるばかりしてきた手だ。今更、剣や弓を使うことも出来ないし、ましてそこいらの匹夫のように鋤や鍬をにぎって田畑を耕すことなど出来るわけもない。
(結局、役立たずなのだな、私は……)
英風だとて、幼い頃は、いつか都に出て学問をきわめ、官位昇進の試験を受けて高級官吏となって、やがては殿上へ、という夢や野心を持ったこともあったが、父が病にたおれてからは、その希望も捨てるしかなかった。
こんなことなら幼な馴染みの西破のように武芸をたしなんでおけば良かったと後悔もしたが、もともと体力にそれほど自信があるわけではないし、生来、荒っぽいことが苦手という性分だ。仮に剣を習ったとしても、自分でも大成できるとは思えない。
そうなると、困窮する実家の家計を助けるためにゆいいつ出来ることは、金持ちの家に婿入りするぐらいだろう。
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