双珠楼秘話

平坂 静音

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婿入り前 四

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「その婿というのは、村ではなかなかの秀才だったようだが、呂家に婿入りし、婚家の援助で都へ勉学に出て、それっきり帰って来なかったという。呂家に帰るのが嫌になったのだろう」
「婚礼の日にそんな話をするな」
 父がたしなめたが、その声は弱い。
「まぁ……、都へ出てそのまま帰ってこなくなる男は多いし。それを思えば、英風、おまえもなまじ都へ行かなくて良かったかもしれないわ。そうやって都へ出てもうまく出世できず、故郷にも帰らず、そのままどうなったかわからない人の話は、それこそ腐るほどあるというから……。私はおまえが近くの名家へ婿入りしてくれる方がずっと安心ですよ」
 老い始めた母は、息子には遠い地での立身出世よりも、近在の村での安穏あんのんな暮らしを願うのだろう。そこへ横槍を入れたのはまたも兄だった。
「母上、何を気弱なことを。英風が子どもの頃には、この家から一人は都で官職に就く者を出したいとか言って、よく寺院に願掛けに行っていたではありませんか」
「どこの親でも子が幼い頃は栄華の夢を見るものですよ。親とは愚かなものですからね」
 母は眉の両端を下げて、いかにも人の良さそうな笑みを見せるが、そこには、歳月を経て夢を手放した人間の悲しみのようなものがにじんでいる。意地悪い見方をすれば、情けなさそうにも見える。
(私は……親の期待に応えられなかったのだ……)
 それは決して英風だけのせいではないが、ずしりと胸が重たくなった気がした。
「俺はもともとあまり勉強が好きではなかったから、英風に期待していたんだがなぁ……」
 兄がわざとらしく無念そうに唸る。
「仕方ないだろう。わしがこんな身体になってしまったんだから」
「あなた……」
「いや、俺は、そ、そういうつもりでは」
 雲行きが妖しくなってきたので、英風はあわてて言葉をはさんだ。
「もしかしたら、これからも学問を続けることが出来るかもしれません。その、兄上のおっしゃっていた呂家の先代の婿養子のように、都へ出してもらえるかもしれません」
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