15 / 140
婿入り前 三
しおりを挟む
「本当に、夢のようね。小さかった英風が結婚するなんて」
「月日がたつのは早いものだなぁ」
向かいの席に座る両親はともに息子の婚礼の席にふさわしく、黒と紅の絹の衣に身を包んでいる。夫婦ともに若い頃に揃いでしつらえたという衣は、襟元におなじ双獣樹下の模様の刺繍が色鮮やかにほどこされているが、英風にはその獅子も樹も衰えしなびたように見えて切なくなった。二人とも老いたのだ。その老いた二親と今日限りで別れることになるのだ。
そんなことを考えている自分を、英風はあわてて諌めた。
(馬鹿な……何も今生の別れというわけじゃない。時々は会えるのだし)
そう慰めてみたものの、家や故郷の町を出るのはなんとも寂しい。
「いやいや、なかなか立派な馬車だ。向こうもかなり気を使ってくれているようだな」
そう言うだけでも父は苦しそうである。頭髪は、病と老いのせいで、めっきり白くなってしまっている。英風は内心の心配をなるべく顔に出さないように努めた。
「だが、婿入りしたからといって小さくなるなよ」
隣にすわる兄の秀風が憮然と口を出す。
英風の細面の顔をもう少し横に広げたような顔が、不快そうにゆがんでいる。
兄は幼いころから書物に親しんだ英風とちがって、武芸を好んだ。長男ということもあって父と同じく村役場で働く官吏の道を選んだが、あまり性に合っているようではないが、それでもそれなりになんとかやりこなしているようだ。
今では止めてしまったが、かつては西破とも同じ道場に通っていて、彼とも気心の知れた関係だ。兄弟仲は良くも悪くもなく、ごくごく普通というところだろうが、かつて「西破のような奴が弟だったらなぁ」と道場でこぼしていたと聞いた。
弟が呂家の婿養子になることに最後まで反対していたのは兄だった。英風は昨夜の兄との会話を思い出した。
「お前みたいなのが婿養子に入ったら、絶対苛められるぞ」
兄が聞いてきた話では、相手の金媛自身は内気な女性かもしれないが、当主が問題なのだというのだ。
「英風、気をつけろよ」
兄はまたも苦い顔をしてその話を蒸し返す。
「相当、気の強い婆様らしいぞ。夫を亡くしてからは女手一つで呂家を切り盛りしてきたという」
しっかりした人なのだな、と両親の手前、感心してみせる英風に、兄は苦く笑って首をふる。
「娘の婿、つまりお前の結婚相手の父親だが、その人は逃げ出したという噂だ」
それは初耳だった。英風が目を丸くすると、兄は少し皮肉気に濃い眉をゆがめた。
「月日がたつのは早いものだなぁ」
向かいの席に座る両親はともに息子の婚礼の席にふさわしく、黒と紅の絹の衣に身を包んでいる。夫婦ともに若い頃に揃いでしつらえたという衣は、襟元におなじ双獣樹下の模様の刺繍が色鮮やかにほどこされているが、英風にはその獅子も樹も衰えしなびたように見えて切なくなった。二人とも老いたのだ。その老いた二親と今日限りで別れることになるのだ。
そんなことを考えている自分を、英風はあわてて諌めた。
(馬鹿な……何も今生の別れというわけじゃない。時々は会えるのだし)
そう慰めてみたものの、家や故郷の町を出るのはなんとも寂しい。
「いやいや、なかなか立派な馬車だ。向こうもかなり気を使ってくれているようだな」
そう言うだけでも父は苦しそうである。頭髪は、病と老いのせいで、めっきり白くなってしまっている。英風は内心の心配をなるべく顔に出さないように努めた。
「だが、婿入りしたからといって小さくなるなよ」
隣にすわる兄の秀風が憮然と口を出す。
英風の細面の顔をもう少し横に広げたような顔が、不快そうにゆがんでいる。
兄は幼いころから書物に親しんだ英風とちがって、武芸を好んだ。長男ということもあって父と同じく村役場で働く官吏の道を選んだが、あまり性に合っているようではないが、それでもそれなりになんとかやりこなしているようだ。
今では止めてしまったが、かつては西破とも同じ道場に通っていて、彼とも気心の知れた関係だ。兄弟仲は良くも悪くもなく、ごくごく普通というところだろうが、かつて「西破のような奴が弟だったらなぁ」と道場でこぼしていたと聞いた。
弟が呂家の婿養子になることに最後まで反対していたのは兄だった。英風は昨夜の兄との会話を思い出した。
「お前みたいなのが婿養子に入ったら、絶対苛められるぞ」
兄が聞いてきた話では、相手の金媛自身は内気な女性かもしれないが、当主が問題なのだというのだ。
「英風、気をつけろよ」
兄はまたも苦い顔をしてその話を蒸し返す。
「相当、気の強い婆様らしいぞ。夫を亡くしてからは女手一つで呂家を切り盛りしてきたという」
しっかりした人なのだな、と両親の手前、感心してみせる英風に、兄は苦く笑って首をふる。
「娘の婿、つまりお前の結婚相手の父親だが、その人は逃げ出したという噂だ」
それは初耳だった。英風が目を丸くすると、兄は少し皮肉気に濃い眉をゆがめた。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
君の左目
便葉
ライト文芸
それは、きっと、運命の歯車が狂っただけ。
純粋な子供の頃から惹かれ合っていた二人は、残酷な運命の波にのまれて、離れ離れになってしまう。
それもまた運命の悪戯…
二十五歳の春、 平凡な日々を一生懸命過ごしている私の目の前に、彼は現れた。
私の勤める区役所の大きな古時計の前で、彼は私を見つけた…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる