双珠楼秘話

平坂 静音

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婿入り前 三

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「本当に、夢のようね。小さかった英風が結婚するなんて」
「月日がたつのは早いものだなぁ」
 向かいの席に座る両親はともに息子の婚礼の席にふさわしく、黒とべにの絹の衣に身を包んでいる。夫婦ともに若い頃にそろいでしつらえたという衣は、襟元におなじ双獣樹下そうじゅうじゅかの模様の刺繍が色鮮やかにほどこされているが、英風にはその獅子も樹も衰えしなびたように見えて切なくなった。二人とも老いたのだ。その老いた二親ふたおやと今日限りで別れることになるのだ。
 そんなことを考えている自分を、英風はあわてて諌めた。
(馬鹿な……何も今生の別れというわけじゃない。時々は会えるのだし)
 そう慰めてみたものの、家や故郷の町を出るのはなんとも寂しい。
「いやいや、なかなか立派な馬車だ。向こうもかなり気を使ってくれているようだな」
 そう言うだけでも父は苦しそうである。頭髪は、病と老いのせいで、めっきり白くなってしまっている。英風は内心の心配をなるべく顔に出さないように努めた。
「だが、婿入りしたからといって小さくなるなよ」
 隣にすわる兄の秀風しゅうふうが憮然と口を出す。
 英風の細面ほそおもての顔をもう少し横に広げたような顔が、不快そうにゆがんでいる。
 兄は幼いころから書物に親しんだ英風とちがって、武芸を好んだ。長男ということもあって父と同じく村役場で働く官吏の道を選んだが、あまり性に合っているようではないが、それでもそれなりになんとかやりこなしているようだ。
 今では止めてしまったが、かつては西破とも同じ道場に通っていて、彼とも気心の知れた関係だ。兄弟仲は良くも悪くもなく、ごくごく普通というところだろうが、かつて「西破のような奴が弟だったらなぁ」と道場でこぼしていたと聞いた。 
 弟が呂家の婿養子になることに最後まで反対していたのは兄だった。英風は昨夜の兄との会話を思い出した。 
「お前みたいなのが婿養子に入ったら、絶対いじめられるぞ」
 兄が聞いてきた話では、相手の金媛自身は内気な女性かもしれないが、当主が問題なのだというのだ。
「英風、気をつけろよ」
 兄はまたも苦い顔をしてその話を蒸し返す。
「相当、気の強い婆様ばあさまらしいぞ。夫を亡くしてからは女手一つで呂家を切り盛りしてきたという」
 しっかりした人なのだな、と両親の手前、感心してみせる英風に、兄は苦く笑って首をふる。
「娘の婿、つまりお前の結婚相手の父親だが、その人は逃げ出したという噂だ」
 それは初耳だった。英風が目を丸くすると、兄は少し皮肉気に濃い眉をゆがめた。
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