57 / 140
匂い負け 一
しおりを挟む「あら、もうお食事のお世話は終わったの? 若旦那様はまだお部屋にいらっしゃるんじゃないの?」
厨房で皿洗いを手伝っていた輪花に、香玉が話しかけてきた。
「ええ……」
決まり悪げな顔をしていたのかもしれない。香玉は悪戯っぽい笑みをつくった。
「枇嬋さんも外にいたわね。ということは、お二人だけでお楽しみなのね。あら、やだ、あんた赤くなってるわよ」
「からかわないでよ」
「いいじゃない。若夫婦が仲良くして悪いことなんて何ひとつないんだからさ」
粗末な木の椅子に腰かけると、香玉はやはり木の卓上から残りものの料理を皿に取り寄せて、遅い食事をはじめた。たいした物は残っていないが、それでも呂家の豊かな台所事情をかたるように、使用人の食事にしては充分なものだ。
使用人の食事というのは、主に出された食事の残り物である。もともと御前に出される食事の量は膨大で、残った物が使用人の食卓にいく。それも最初は盟宝や枇嬋、桂雲のような上役が取り、次に輪花や桂葉のような側仕えが取り、さらにその残りが下男や下女に与えられるという。
最初にそれを桂葉から教えられたとき輪花はかなり傷ついたが、都の宮殿でも、どこのお屋敷でもそういう仕組みになっているのだと知った。
(あんたが林家にいたときだって、あんたの食べ残しを、その家の使用人が食べていたんじゃないの?)
桂葉にそう指摘されると、確かにそうだったのかもしれないと思った。当時は下女がどんな食事を取っているかなど、気にもかけていなかったが。
(私って、けっこう世間知らずだったのね)
ほろ苦い気持ちを噛みしめながら、輪花は厨房の脇に置いてある水瓶から、粗末な土器に水をくんで、香玉の前に置いてやった。
香玉は平気で、一番最後の残り物となる料理を食べている。輪花が何を感じているか気づいたのか、香玉は箸を止めて笑った。
「私はあんまり贅沢は言わないの。もともと貧乏人だからね」
「でも、香にはいつも気を使っているのね」
思っていることを読みとられてばつが悪く、輪花は話題を変えようとした。
「ええ。これ、新しく作ってみたものなのよ。どう?」
香玉は胸内から桃色の香袋を取り出した。桃色の布地には紅い椿の刺繍がほどこしてあり、香玉の歳を思うと派手過ぎるのではと感じたが、輪花は何も言わず、笑ってみせた。
「いい匂いね」
「中に香餅を入れているのよ」
ちいさな丸形のお香である。
「香料は何なの?」
「麝香よ」
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
君の左目
便葉
ライト文芸
それは、きっと、運命の歯車が狂っただけ。
純粋な子供の頃から惹かれ合っていた二人は、残酷な運命の波にのまれて、離れ離れになってしまう。
それもまた運命の悪戯…
二十五歳の春、 平凡な日々を一生懸命過ごしている私の目の前に、彼は現れた。
私の勤める区役所の大きな古時計の前で、彼は私を見つけた…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる