双珠楼秘話

平坂 静音

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謎追う夜 一

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「英風様は、少し調べものをなさるそうで、お先にお休みくださいとのことです」
 そう輪花が膝をついて、おそるおそる告げると、金媛の白い頬がこわばった。
 薄く化粧をほどこしたその顔が、すこし悲しげに曇って、輪花の胸は小針で刺されたようにちくちくと痛んだ。
 金媛は丹念に身体を洗って、白地に紅い花模様の薄手の寝着に身をつつみ英風を待っていたのだ。湿りを帯びて黒光りする垂らした黒髪から、かすかに香る甘い香料が、いっそう輪花の胸を痛ませる。まだ新婚の新妻に、連れない仕打ちだ。
「まぁ! お嬢さ、いえ金媛様はずっと待っておられたというのに」
 金媛の椅子の側に立っている枇嬋の眉が、さも不快げにゆがむ。
「お勉強でお忙しいようで」
 輪花はそう言うのがせいいっぱいだった。
「一番の仕事はお嬢様のお世話でしょうに!」
 枇嬋は本気で言っているのだろうか。輪花は顔に今の自分の感情を出さないようにつとめたが、相手はお見通しのようだ。
「だって、そうでしょうが。若旦那様の一番のお勤めはお嬢様をお守りして、一日も早く跡継ぎを作ることのはず。呼んでいらっしゃい! 何よ、その顔は」
 輪花は枇嬋のあまりの傲慢な態度にかえす言葉がない。いくら古参の使用人とはいえ、仮にも主となった英風を呼んで来い、とは。とにかく抗弁しようと必死に唇を開けたそのとき、金媛の寝着の袖が揺れた。
 金媛がそっと右手を伸ばし、枇嬋の黒い衣の袖を引いたのだ。もういいのよ……と、いうふうに。
 枇嬋の袖をつかむその指先はひどく上品でいて、子どものようだ。その仕草の愛おしさに輪花は胸がつまった。
 枇嬋の眉が、今度は困惑にゆがむ。痛ましいものでも見るように彼女は金媛を見下ろした。
「ですが、お嬢様、すぐ近くの書斎にいて、婿殿がお嬢様に顔を見せないなんて、そんなことがありますか!」
 枇嬋が愛おしげに金媛の手を取り、いたわるように撫でた。
 輪花は一瞬、目を見張った。
(あら……)
 白い、湯で洗われたばかりでほんのりと温かみが漂ってきそうなその柔らかそうな肌に、赤い痣が見えたのだ。前に見たときより薄くはなっているが。
(やっぱりある!) 
 輪花は咄嗟に、声を出さないように唇を噛んだ。だが、内心は疑問でいっぱいだった。
(これって、どういうこと?)
 消えたと思って不思議に感じていた痣が、やっぱりあったのだ。目の錯覚だろうか?
「……まぁ、いいわ。さっさとお行き」
 枇嬋は面倒くさそうに輪花の顔も見ずそう言うと、金媛の肩に厚手の衣をかけた。
「さぁ、お嬢様、お休みしましょう」
 輪花は足音を立てないようにして室を出た。

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