双珠楼秘話

平坂 静音

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月の呪い 六

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「しかし義母上ははうえ、香玉が見つかった池は浅いものですよ。いくら酔っ払っていたからといって、そんな簡単に溺死するとは思えません。もしかしたら、」
「とにかく、事故であろうが、自害であろうが、自分で勝手に死んだのだから、しょうがないわ」
 輪花は、玉蓮のその言葉に、首筋にちいさな氷柱つららを突き刺されたような錯覚がした。
 いつもの柔和にゅうわさが嘘のような玉蓮の冷静かつ冷酷な発言に、英風も出鼻をくじかれたような顔をして黙りこんでしまった。
「こんな些細なことでわずらわせないでちょうだい。人死にが出たなんて、また呂家の名誉に傷がつくわ。あなたもご存知でしょう? 我が家がとかく世間からあれこれ言われていることは」
 玉蓮はかたちの良い眉を辛そうにしかめた。
「はい……」  
「しかも婚儀からまだ日もそうたっていないのよ。そんなときに若い娘、いえもうそう若いとも言えないけれど、それでも、まぁ、それなりに見栄みばえのよい娘が妙な死に方をしたなんて村の人に知られたら、どんな噂をたてられるか……。あなただって、変に勘ぐられるかもしれないのよ、婿殿」
 つまり、婿入りしたばかりの若い男である英風と、何か関係があるのではと邪推されるかもしれないということだ。
 英風は無言になった。
「いい、香玉の死に我が家はなんの関係も責任もありませんからね。明日には、簡単におとむらいをして遺体は裏山にでも埋めておいで」
 彼女は階上にいるので、英風や輪花たちは彼女を見上げる形になる。それは、あたかも女王の決断を受ける臣下のようだった。
 輪花ははじめて見る玉蓮の意外な一面におどろきっぱなしだったが、ふと隣の桂葉を見ると、彼女は無表情で、動じてもいない。母親とよく似た薄い唇をひきしめている表情には、どうせこういうふうになるだろう、という思いが読みとられた。
(桂葉は、私よりずっと玉蓮奥様の気性を知っているのだわ。……奥様は、私が思っていたより……冷たい人なのかも)
 この時代の貴人の感覚では、下女の命など庭石ほどかもしれない。庭の景観にあっていれば文句はないが、少しでもおもむきを崩すようなら、さっさと取り払う。その程度のものなのだろう。
 輪花はあらためて人に使われる身の上を嘆きたくなった。池で死んでいたのが自分でも、玉蓮は同じような態度を取っていたろう。
「今夜のことは、金媛の前では話さないでちょうだいね。あの子は神経質だから」
 それだけ言うと、玉蓮は背を向け、奥殿へと向かう。枇嬋と愛莉も付きしたがった。
 しばらく黙りこんでしまった英風が、やがて苦いものを吐き出すように言葉を放った。
「仕方ない……。明日には、私たちで香玉の弔いをしてやろう」
「そうですね」
 答えたのは桂葉だ。
 玻璃灯篭はりとうろうのおかげであまり意識しなかったが、このときにはもう夜はすっかり深まっており、輪花はあわてた。
「英風様、寝室に行かれないと」
「いや、今夜はいい。これから少し調べたいこともあるから、寝るのは遅くなるだろう。今夜は私の書斎で休む。あそこには寝椅子があるから」
 金媛様がお待ちですよ、と言わねばならない立場でありながら、輪花は次の英風の言葉に、何も言えなくなってしまった。
「今夜は、一人で過ごしたい」
 英風はきざはしをのぼりながらぽつりと呟く。
 
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